第10話
紅音は俺と礼奈の仲を羨んでいるのか。それとも訝しんでいるのか。こんなことを言い始めた。
「さっき礼奈と二人で登校してたでしょ? 窓から見えたよ……」
「あぁ、最近はよく一緒に登校してるかも」
「私、浅井君の彼女だよね? 他の女性と二人でいるなんて……」
「うん……? 急にどうした紅音」
何だか紅音の様子がおかしい。
「ごめんね急に」
「いや俺も彼女がいるのに配慮が足りなかったよ……」
「私、自信がないのかも」
「え?」
「礼奈はやっぱり完璧だよ……。礼奈と仲良くなってきて分かったんだ。何でもできて綺麗で……。私とは違う」
紅音は礼奈に対して劣等感を抱いているということか。
「他人と比べる必要はないよ」
「どういうこと?」
「紅音には他の人にはない良いところがいっぱいあるってこと。例えば他人を思いやれる優しいところとか」
「でもそんなの……」
「俺は紅音のそういうところを好きになったんだから」
そう。俺は紅音のそういう性格を好きになったのだ。確かに礼奈はハイスペックで魅力的だと思うが別に他人と比べる必要はない。俺はありのままの紅音が好きだった。
「やっぱり浅井君は優しいね……。そう言ってくれて嬉しいよ」
そう言う彼女の表情はどこか無理をして笑っているように見えた。そしてそんな顔を俺に見せまいと思ったのか彼女はどこかへ行ってしまった。もっと気の利いた言葉を言うべきだったか……。反省しているとそんな俺に妻原が声をかけてきた。
「おい聞いたぜ。浅井、住谷と付き合ったんだって?」
「ああ、耳が早いな」
「そりゃそうだろ。住谷が俺に嬉しそうに報告してきたんだから。相談に乗ってくれてありがとうって大はしゃぎでこっちまで嬉しくなったわ」
そうか。たしか妻原も紅音に何か相談されているって言ってたが恋愛相談をしてたってことか。あの時は俺だけ紅音の悩みを相談されていないことに少し傷ついていたがそれなら合点がいく。だから俺が紅音の悩み事を知っているか訪ねた時に妻原がやけに不機嫌になったわけだ。鈍感な俺に業を煮やして怒ってきたのだろう。
「ところで浅井、礼奈さんどう思う?」
「礼奈……? 礼奈がどうかしたのか?」
「俺の思い過ごしだったら良いんだが最近の彼女何か無理をしているように見えないか?」
妻原は中学の時からの友人だがたまにやけに鋭い時がある。最近の礼奈の変化について勘づいているということか。
「いや何でもないわ。やっぱ、浅井に言う話じゃねえ」
恐らく礼奈と仲の良い俺を心配させまいと思ったのだろう。妻原はそう言って立ち去った。
廊下を見ると礼奈と紅音が何やら楽しそうに談笑している様子だ。最近、この光景をよく見かける。だが、心なしか距離が近づいているように見える。この二人はますます親密になっているようだ。
しかし突然、先程まで楽しそうに話していた紅音の表情が曇っているように見えた。何があったのか気になった俺は二人に近づいて会話の内容をそれとなく聞くことにした。
「私、全然ダメで……」
微かに紅音の声がする。何がダメなのだろう……。内容までは聞き取れない。
廊下側の壁に立ち二人の会話に聞き耳を立てる俺。壁があるため二人からは見えないがクラスメイトからみれば完全に怪しい人間だ。しかし、俺は紅音が何か悩んでいるのなら力になりたいと思い、自分がどう見られているのかなど気にしている余裕がなかった。
紅音が何か自分を卑下しているというのは会話のニュアンスから分かる。
そんな卑屈になっている紅音に礼奈が近づき、唐突に抱きしめた。そして礼奈から紡がれた言葉を俺ははっきり聞き取ることができた。
「私は紅音の味方だから……」
俺はその言葉を聞いて礼奈が紅音を励まそうとしている事実に安堵した。そして同時に嬉しくなった。
励ます姿を見てやはり礼奈は思いやりのある人間なのだと、俺の幼馴染はそういう人間なんだと本来の彼女に戻ってくれたような気がしていた。
だが、俺は見てしまった。彼女の表情を。包み込むように優しく紅音を抱きしめている彼女の表情がほころんでいるところを……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます