第11話

「礼奈、ちょっといいか? 話があるんだけど」


 放課後、いつも通り自宅までの道を歩いていると帰宅途中の礼奈を見かけた。今日の紅音とのやり取りも気になった俺は声をかけることにした。


「式影君? そんなに神妙な顔をしてどうしたの?」

「実は紅音と礼奈が話してるところを少し聞いてしまって……」

「盗み聞きなんて感心しないわね」

「それはそうけど、ただ紅音が心配で……。でも結局、内容までは聞こえていないんだ」

「私と紅音が何を話していたのか知りたいってこと?」

「ああ、できれば……」

「それはダメね。前にも言ったけれど他人と話した内容をむやみやたらに口外するわけにはいかないわ。私の信用にかかわるもの」


正論だ。確かに礼奈の言うことはもっともなのだけど……。俺は紅音が単純に心配だった。紅音は俺に遠慮してあんまり悩みとか話してくれないから。


それに紅音を抱擁していた時の礼奈の意味深な表情も引っかかる。あの微笑はどういう意味なんだ?しかし、それを今ここで尋ねたところで本心を話してはくれないだろう。


俺は別の気になっていたことを問うことにした。


「えっと……。どう言ったらいいのか分からないんだけど……。その礼奈は……」

「煮え切らない言い方ね。はっきりどうぞ」

「分かった。はっきり言うぞ。礼奈は紅音と俺の関係をどう思っているんだ?」


現在、自分が一番気になることを彼女に問いかけた。彼女は水族館で俺が紅音と恋仲になったことを『裏切った』と言っていたがその割にはちょっとスキンシップが過激になった程度で怒りをぶつけるようなことは何もしてこない。


その妙な静けさが逆に怖かった。


「私が怖いの?」


唐突に彼女がそう言った。エスパーか?俺の心が読めるのか?礼奈は昔から俺の心情を簡単に言い当てて見せることがあった。何でこんなに俺のことが分かるんだよ。


「え、何で? 怖いわけないだろ」


咄嗟に誤魔化すが絶対彼女には見抜かれていることだろう。俺の恐怖心を。


「安心して。確かに私はあなたと紅音の関係を良く思っていない。でも……」

「でも?」

「幼馴染がこんなに幸せそうな顔をしてるんだもの。それを祝福しないわけにはいかないでしょう?」

「礼奈……」

「それに……、私には分かるから」

「……何が?」

「あなたと紅音が長く続くことはないってことが」


ん?一瞬、礼奈の言葉に感動しかけていたが最後の発言で全て台無しだ。何で紅音と長く続かないとか礼奈に言われなければならないんだ。ちょっとムッときた俺は考える間もなく感情的に言葉を吐き捨てた。


「は? 突然何を言い出すんだ? いくら礼奈でもそれは許せない言葉だ。やめてくれ」

「不快にさせてしまったならごめんなさい。でもそうなるってもう決まってしまっているから変えられないの」

「いい加減にしろ。礼奈は神なのか? そんなに偉いのか? 勝手に決めるな。なんで礼奈に俺の未来のことまで予言されなきゃならないんだ」


俺は相当頭にきていたらしい。言葉を吟味することなく頭に浮かんだものをそのまま礼奈に投げかけた。彼女はそんな俺をただ見つめているだけだ。俺の怒りに対して何の反応も示さない。ただ観察するかのような目で俺を見るだけだ。


そんな礼奈の目を見てうすら寒さを感じた。そして怒りがクールダウンする。再び湧き上がる恐怖心。何なんだ?礼奈は一体、何を考えているんだ?


そして彼女はたった一言だけ俺にこう告げる。


「だって約束したじゃない……」


俺は潜在的に彼女に恐れを抱いているのだろう。彼女の考えていることが声からも表情からもどこからも読み取る材料がない。行動も言葉も全てでたらめにしか思えない。


「礼奈、もう元に戻ってくれ。頼む。最近の礼奈はちょっとおかしいぞ」


俺はもうこんな礼奈は見ていられなかった。とにかく前の礼奈に戻って欲しい。クールではあるがどこか温かみを感じる彼女に。


「私がこうなったのはあなたのせいよ。信じていた人に裏切られるのがこんなにも苦しいなんてね……。でもいいわ。いずれ紅音とは別れることになる。だって紅音はあなたのことをいつも私に相談してくるんだもの。彼女は不安を抱えている。いずれそれに耐えられなくなる日が来る。いいえ、来なきゃいけない!」


彼女はそう言って高らかに笑う。それは歓喜のものではなくただ哀しい乾いた笑いのように聞こえるのはきっと気のせいではない。


 俺は一体、今まで幼馴染の何を見てきたのだろう。俺が知っている彼女は高嶺の花でクールではあるが心優しい人間だったはずだ。そんな彼女がこんなにも壊れてしまったのは俺の責任なのか?紅音が絡んでからの礼奈はもう俺が知っている礼奈ではなかった。


このままでは紅音と礼奈どちらも傷つけることになる。それだけは避けなければならない。俺はこの状況を改善すべくある決心をした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る