ついにヤンデレモンスターと化した幼馴染

第8話

 水族館内をだいたい見終えた俺たちはそろそろ解散しようという運びになっていた。だが俺は住谷さんの告白の返事をまだしていない。確か住谷さんは帰りに返事をして欲しいと言っていた。俺は二人になるために住谷さんに目配せをしてから礼奈にこう言った。


「礼奈、すまん先に帰っててくれないか?館内で住谷さんと休憩してた時に落とし物をしたらしい……」

「え?それなら私も探すわよ」

「あー、それなら私座席で見たよ。浅井君案内してあげるからついて来て」

「住谷さん助かる!そういうことだから、礼奈は先に帰っててくれ」

「分かったわ……それじゃあね」


目配せをしただけで察してくれたらしい。住谷さんは俺を連れて館内へと入る。礼奈には悪いことをしたな……でも二人にならなければ返事ができなかった。許してくれ……

俺は心の中で礼奈に謝った。そして礼奈が行ったのを確認した後、外にあった海が見えるベンチに二人で座った。


「住谷さん、告白の返事だけど実は俺も……」


俺は正直、住谷さんに惹かれている。こうして今、一緒に過ごせているのも夢のようだ。しかし、一つ気がかりなことがあった。それは礼奈だ。


あの礼奈が言っていた『約束』


俺がまだ子供の時、礼奈におもちゃの指輪をプレゼントした際に言った『結婚してくれ』というのを礼奈は真に受けているような口ぶりだった。


ただ最近の彼女は俺をからかっている節がある。

恐らくあのおもちゃの指輪をみせたのだって質の悪い冗談に決まってる。近頃の彼女はきつい冗談を言って俺の反応を見て楽しんでいるみたいだ。あれもきっとそうだろう。


俺は彼女の言った約束をただの冗談だと思うことにした。これ以上、礼奈に振り回されるわけにはいかない。礼奈に惑わされずちゃんと自分の意思で答えなければ住谷さんに不誠実だ。


自分の中で答えが出た瞬間、俺は無意識のうちに返事していた。


「俺も住谷さんのことが好きです」


「……じゃあ私たち両想いってことだよね?」

「そういうことになるね」

「今日からよろしく?ってことでいいのかな?」

「下の名前、紅音あかねって呼んでいいかな?」

「うん……」

「紅音、これからよろしくね」

「なんか……照れるね……」


お互い見つめ合ってはにかんでいる。この空気感、むず痒いな。でも俺は本当にこれで住谷さん、いや紅音と恋人同士になったんだ。俺はいまだに実感が湧かない。しかし、だんだんと自分の中が幸福で満たされていくのが分かった。


「なんかほてってきちゃった。私、そろそろ帰るね」


彼女はそう言ってベンチから立ち上がると手を振って帰っていった。住谷さんは照れていたのだろう。頬をほんのり赤く染めていた。


俺がしばらく余韻に浸っていると物陰から俺のよく見知った人物が現れた。


「ふふ……二人とも初々しくて可愛かったわ」

「礼奈……? 帰ったんじゃなかったのか?」

「私は紅音を使ってあなたが私との約束をしっかりと守ってくれるのか見定めていたの」

「約束って……あんなの子供の時の話だろ。悪い冗談はよしてくれ」

「……」


冗談という言葉を聞いた彼女は一瞬ムッとしたような表情になった。だがすぐに元の無表情に戻った。もしかしてあの約束って本気だったのか……?


「私、約束を忘れてたあなたに指輪をみせて思い出させてあげたわよね」

「それは……」

「あれが最終警告だったのに……」

「どうした。なんか様子がおかしいぞ?」

「あなたは私を裏切った」

「おい礼奈」

「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


礼奈は俯きながらただ淡々とした口調で俺をまくしたてる。いつもの抑揚のない声色にいつもの無表情なのがより一層、俺の恐怖を引き立てていた。今の礼奈に俺の声は届いていないようだ。しかし、許さないと言われても困る……


「そもそも俺は礼奈が俺のことを好いてくれているなんて思わなかったんだ」


高嶺の花で名家の生まれの彼女が俺のことを好くはずがない。俺は今までそう思っていた。だからこの状況も俺からしたら不可解極まりない、あり得ない状況だった。礼奈は俺の言葉を聞いて我に返ったようにすぐに反応した。


「もしかして私が冗談か何かであなたのことをからかっていると思っているの?」

「そうとしか思えないだろ」


俺がそう言うや否や彼女は俺に近づき、俺の唇に触れる。


ん?突然の出来事だったため、何が触れたのか分からなかった。しかし、このやけに柔らかい感触……これは唇だ。俺の唇に触れていたのは礼奈の唇だった。


礼奈が俺にキスをしたってことか……礼奈の方をみてみると妖艶な笑みを浮かべてこちらを見ている。いつもの無表情でクールな彼女からは想像できない。


「私、これで証明できたかしら? 紅音よりもあなたへの愛が深いってこと……」


高嶺の花でクールだと思っていた幼馴染だが実は俺の認識違いだったみたいだ。今の彼女はもはや俺が知っているこれまでの彼女とは全くの別人だった。


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