第7話

 俺と礼奈そして住谷さんは水族館に来ていた。この水族館は昔、礼奈と一緒に来た記憶があるがそれっきりだった。今日は少し遠出をして3人で一緒に遊ぼうという誘いを受けて集まったのだが、予定は全て住谷さんが事前に決めてくれていたらしい。


「水族館なんていつぶりかな。楽しみだよ」

「浅井君、お魚が好きだって礼奈に聞いたんだ」


えっ呼び捨て!?いつの間にそんなに礼奈と住谷さんは仲良くなってるんだ。俺の知らないところで相当親密になっているようだ。


あと魚が好きってのは8年位前の話だ。親に魚の図鑑を買ってもらってはしゃいでいたのが懐かしい。まあ、俺と礼奈は疎遠になっていたので最近の俺の好みを知らないのは無理もないが……


「式影君はかなり魚の種類に詳しかったよね?私にウキウキしながら説明してくれたこと今でも覚えてるよ」

「恥ずかしいな。忘れてくれよ」

「あっ幼馴染の昔話に花を咲かせるのはずるいよ~」

紅音あかね、ごめんね。ほらこんな端っこにいるから。私の隣じゃなくて式影君の方に行きなよ」


そう言って礼奈は住谷さんを俺のそばへと追いやる。俺が中央に位置する形となり両手に花の状態だ。しかしこの状況はよく考えてみると凄いな……


黒髪ロングの上品なクール系美少女とショートヘアが良く似合う目がくりっとした可愛い系の女子。そんな二人を隣に連れて歩けるなんて俺は前世でどんな徳を積んだっていうんだ。世界でも救ったのか?そうじゃないとこの状況は説明できない。


それはそれとして、館内へと入り3人で一通り見て回った。


礼奈は水族館にある土産物をみてくるとひとり行ってしまった。その間に俺と住谷さんは自販機で飲み物を買って休憩することにした。


「浅井君、本当にお魚のこと詳しいんだね」

「少しだけどね。一度だけ礼奈と来たことがあったからそれで覚えてるのもあったのかも」

「……」

「住谷さん?」

「また幼馴染の話……」

「え?」

「浅井君は前に私に言ったよね?礼奈はただの幼馴染だって。でもいつも二人は一緒にいるし……何かあればすぐに幼馴染の話ばかり……」

「そんなに礼奈の話してたかな……誤解だよ」

「前に妻原君ともしてたじゃない」

「あれは……」


俺は何も言い返せない。確かに俺はこの頃、礼奈のことばかり考えているような気がする。だが、それは最近の礼奈の様子がおかしいことが気がかりだったからだ。しかしそんなことを住谷さんに言う訳にもいかず俺は口をつぐんでいた。


「もう正直に言うね。私ね、礼奈にあなたのことを相談してたの」

「俺のこと?」

「私は……あなたのことが好きなの」


え?唐突に告げられた言葉に俺は頭が真っ白になった。住谷さんが俺を……

これは夢か?俺は今、住谷さんから放たれた言葉の意味を自分の中で何度も嚙み砕いて考えていた。いかん。こんなことをしている場合ではない。早く返事をしなければ……

俺は混乱する頭を何とか整理して返事をすることにした。


「えっと……本当に?」


何だよこの返答は。頭が回らない自分が嫌になる。自分でも気の利かない返事だと気が付いてはいるがどうにもならなかった。


「嘘でこんなこと言わないよ。今日の遊びも礼奈に協力してもらって一緒に計画してたの。でも本当は告白までするつもりはなかったんだけど勢い余ってしちゃった……」

「そうだったんだ」

「それで返事は……」


そうだよな。そろそろ返事をしなければ……俺がそう思い立って満を持して返事をしようとしたその時、礼奈が帰ってきた。


「話してる最中にごめんなさい紅音。二人で何の話をしていたの?」

「あ、ううん……大した話じゃないよ」


住谷さんは礼奈にそう言って笑う。その笑顔はどこかぎこちないように見えた。そして小声で俺に『帰りに返事を聞かせてね』と告げると化粧直しをすると言ってどこかへ行ってしまった。


その場に取り残された俺と礼奈。俺はさっき住谷さんと話していたことを聞かれるかと思い身構えていたが、礼奈は何も聞かなかった。しかし、礼奈は突然みせたいものがあると言って俺を土産物がある場所に連れていく。


「式影君、みてよこれ!」


礼奈らしくないやけにハイテンションな様子で指をさして何かをみせようとする。礼奈が指す方向にあるそれは魚の模様をあしらった指輪のおもちゃだ。


「昔……これを私に渡してくれて、ある約束をしたのよね」


何だかやけに見覚えのある指輪……俺は数秒考えた後、全て思い出した。


礼奈があの日言っていた『約束』

俺は礼奈とこの水族館で遊んだ日にこのおもちゃの指輪を礼奈に渡して結婚してくれとか何とか言ったんだ。礼奈が俺の覚えたての魚の知識を嬉々として聞いてくれるものだから子供ながらにテンションが上がっていたんだろう。俺はお礼としてそれを渡したんだ。完全に忘れていたが……


礼奈が覚えていなくて悲しいと言った『約束』ってまさかこれのことか?ただの子供の頃の他愛のない遊びだと思っていたのだが……


それを思い出させるために礼奈はこの場所を住谷さんに提案したというのか。


「どうしたの式影君、何だか顔色が悪いけど?」


俺を心配そうにそう告げる礼奈の口元はなぜか緩んでいるように見える。笑っているのか?なんで……?


そもそもそんな約束を本気で礼奈が信じているのなら住谷さんの相談に応じる意味が分からない。何か狙いがあるはずだ……


まさか……礼奈は俺の気持ちを住谷さんを使って試しているのか?

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