家族ではない者

 二〇〇九年二月某日。平日だったことは確実に覚えている。当時、私は中学二年生(同年四月から三年生になる学年)だったが、不登校だった関係で、平日だろうが、平気で家にいたからだ。その日も、家族はおろか、巷ちまたですら仕事や学校がある日だったのをすごく覚えているのだが。

 その日の朝──本当は朝じゃなかったかもしれないのだが(時計をちゃんと見ていなかった)、感覚的に「まだ午前中だろうな」と思った。理由は私にも分からないが、家の中から人の気配が感じられず、家族みんな外出した感じがあったのだが、なんとなく、まだ午前中なのだろうと思った(ちゃんと時計を見ておけよ、という話なのだが。雪が降る地域に住んでいるゆえ、二月とはいえ『まだ雪が降る時期』なのだ。とても寒く、寒すぎるあまりに目が覚めて早々、布団の中にもぐってしまったのだ)。

 寒いなぁ……と思いつつ、さすがに、目が覚めた以上は体を起こさなくてはいけないことは、十分に分かっていた。当たり前だ。いくら不登校で学校に行っていないとはいえ、不登校なりに目が覚めたら完全に起きた方がいいのだ。寒くて布団から出たくないという気持ちと、早く起きた方がいいという気持ちがせめぎ合っていた時、寝室の出入り口から、寝室に入ってくる足音が聞こえてきたのだ。

 なにを思ったのか、(本当は屋内に人気がなかったのに)なぜか母親が入ってきたものだと思い込んでしまった私は、「母親に起こされてしまう」と思ってしまったのだ。今思うと、なぜそう思い込んでしまったのかは分からないのだが、とにかく、母親が私を起こしにきたのだと思い込んでしまったのだ。それぐらい、足音は現実味のある、リアルな音だったことは今でもはっきり覚えている。


 私が勝手に母親だと認識していた人物が、寝室の出入り口から、真っ先に私の布団の真横にきて足を止めた時、「あーあ。ついに掛布団をはがされてしまう」と思ってしまった。傍から見たら「誰かがくる前に自分で起きろよ」とツッコみたくなる話だが。母親らしき人間が、私の布団の真横にきた以上、大人しく掛布団をはがされようと思い、身構えた時だった。母親らしき人物が、両手っぽいものを掛布団に置き、掛布団をはがすのかと思いきや、両手っぽいものを掛布団に置いたまま、両手(?)の間に顔のようなものを埋めてきたのだ。

 私は布団の中に包まっている状態のため、どうしても「両手のようなもの」と「顔のようなもの」としか書き記すことができないのだが。感覚的に両手と顔である以上、たぶん、実際に両手と顔なのだろう。とても驚き、驚きすぎて身動きが取れなくなった。まだ声をかけてきてくれたらよかったのだが、実は、母親だと思っていた人物は、寝室の出入り口から入ってきた時から終始「無言」なのだ。ずっと無言で、一言どころか一文字も言葉を発することなく私に近づき、両手を掛布団に置き、顔を埋めてきたのだ。驚くし、怖すぎる挙動なのだ。

 実際の母親は、普段このような不気味な挙動をする人間ではない。母親はおろか、私以外の家族全員が、このようなことはしないのだ。唯一、私だけが「いたずら」としてやりかねない行動だった。そんな挙動不審なことをする人物が、私以外の家族には存在しないため、つい心の中で「うわー、誰やねんこいつ」とツッコんでしまったのだが、相手の不審な行動はまだ続く。

 相手が、両手の間から顔を埋めた格好で大人しくいるだけでも気味が悪いが、そのままの格好で(無言のまま)私の足元へスライドしたり、私の頭の方へスライドしたり、とにかく掛布団の上をすべるように動き出したのだ。そうなると、もう「いくらなんでも無言でやらないでくれ」としか思えなくなっていた。もし生きている人間(不審者や強盗など)による行動だったとしても、あんまりに意味不明な行動である。むしろ幽霊だった方がありがたいレベルで、意味の分からない行動である。不気味すぎるのだ。いい加減にしてほしかった。


 結局のところ、挙動不審な人物がどうなったのかというと、私には分からないのだ。ただの夢オチ(『実は夢でした~』という結末)だったらまだマシだが、なんせいきなり記憶が途切れているため、夢だったのかも不明なのである。

 その人物による行動で私がおろおろしているうちに、急に記憶が飛び、気づいたらその人物はいなくなっていた。私はただただ布団の中で包まっている状態となっており、さっきのは一体なんだったの?という雰囲気に包まれていた。

 個人的には「夢であってほしい話」ではあるが、夢にしては現実味があり、しかも、あの人物による感触が残っているため、はっきり夢だと断言できない話なのだ。私には、一応ほんの少しだけ霊感があるのだが、さすがにこんな理解不能な出来事には巻き込まれたくないと、いまだに思っている。

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