実話怪談
佐伯眞依
集団ヒステリー
この話は、私が小学五年生の時の話だ。たしか夏か秋頃の出来事だった(時期があいまいで申し訳ない。はっきりとした時期は覚えていないもので)。短い期間だったが、私の同級生たちの間で「校内で髪の長い女を見た」という目撃情報が急に増えた時期があった。目撃情報によって、赤いワンピースを着た女性だったり、白い着物を着ていた女性だったりしたのだが。とにかく、某有名ホラー映画に出てくる女の幽霊に似た外見の、髪の長い女性の目撃情報が相次いだ。
正直なところ、似たような時期に校内での目撃情報が相次いでいたため、今思うと集団ヒステリーに似た現象が起きていたのだろうと思うのだが。あまりに目撃情報が出てくるため、教員たち(私の担任教師を含む)が困り果てていたのを覚えている。
そんな私はというと、長い髪の女性の目撃情報が増えようが、怖がるどころか自分には関係のない出来事だと、俯瞰したような感覚でいた。なんせ、当時住んでいた一軒家がお化け屋敷だった(事故物件でもなんでもないのにお化け屋敷だった)ため、そういうものに関しては見飽きていたのだ。今はもう、その一軒家から離れている(そもそも成人してから何年も経っている)からか、子どもの頃より心霊現象に出会う機会が減ったのだが、当時は心霊現象に対して「なんか飽きたなぁ」という感覚でいた。
そんな小学生時代だったため、同級生たちの目撃情報を聞くだけで内心「そんなことで騒ぐなよ」と思っていたのだが、私のそういう態度に罰が当たったのだろうか?数秒ほどだが、長い髪の女性を、よりによって学校のトイレで見てしまったのだ。
当時の私は保健委員という役職に就いており(図書委員や生徒会のような『様々ある役職』のひとつに保健委員というものがあった)、その役職の仕事で、職員用トイレ以外のトイレ全部を見回る、という仕事があったのだ。単純にトイレットペーパー等の備品を確認するための見回りで、トイレで使う備品がなくなっていたら補充するのが保健委員の仕事だったのだが。女の幽霊を見たという日も、自分の役職の仕事をするために、
人気がないエリアのトイレというだけあって、備品はほんの少ししか使われておらず、わざわざ新しい備品を補充しなくてもいいという事実に安堵したのだが。ふと個室トイレの壁を見て、なんかおかしいな?と思った。私が通っていた学校のトイレの壁は壁の下三分の一(もしかしたら四分の一)ほどタイルが敷き詰めれられており、しかもそのタイルは表面が少し光沢していてツルツルとした素材のものだったのだが、なんか変なのだ。
ツルツルとした表面のタイルだからか、トイレ内の景色がそのままそのタイルに反射して鏡のように映るのだが、どうも──というかどう見ても私と見知らぬ成人女性が、壁に埋められたタイルに映っているのだ。髪が長く、なんとなく白を思わせる色のワンピースを着ている、見知らぬ成人女性が私と一緒にタイルに映っているのだ。現実では私一人しかいないのに。しかも、そのタイルを見る限り、私の前にその女が仁王立ちしている状態(しかもタイルの方に顔と体を向けている感じ)で映っているのだ。現実の私が動くと、タイルの中の私も動くのだが、タイルに映る女だけは微動だにしなかったのだ。
気味が悪いといえば気味が悪い現象だが、気味の悪さより、呆れたように思った「とうとう自分も見てしまった。見たくなかったなぁ……」という感情の方がとても大きく、さっさとそのトイレを後にしたのだ。ちなみに、その成人女性はタイルに映るだけで声を発するなんてことはなかったし、私もその女に声をかけることは一切なかった。お互いに、ただ無言でタイルに映っていただけで、その日は終わった。
結局のところ、当時、毎日しなくてはいけない宿題として三行日記とやらが出ていたため、その宿題に「今日、私も見てしまった」という趣旨の内容を書いて翌日に提出、その日のうちに担任からこっそり聞き取り調査をされる──という流れで私の目撃談は終わる。周りの目撃情報たちも、私の体験あたりから徐々に減っていき、知らないうちに幽霊騒動は鎮火していた。
今になり、当時のことを改めて考えるとそういう集団ヒステリーとしか言えないのだが。目撃談の原因がなににしろ、気味の悪い出来事が起こってしまったなぁ……と思うのだった。
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