第3話 テーマ「ブーツ」

 俺はそれを、歩くものと呼んでいる。

 毎朝六時丁度に、歩くものは俺の家の前を通っていく。

 現れるようになったのは、ほんの一週間前。なんとなく早く目を覚ました俺がカーテンを開けた瞬間、歩くものの姿が目に入った。

 俺が目にしたのがたまたま一週間前だったというだけで、本当はもっと以前から歩くものは、ここを通っていたのかもしれない。今となっては確かめようがないのだが。

 歩くものの姿は、いたってシンプルなものだ。

 ブーツ、である。

 足首丈の黒い革のブーツ。おそらく女ものだろう。くるぶしの位置に金色の留め具のついた、少々しわの寄っているそれは、履いている足がないのにも関わらず道を歩く。

 履いている人間がいないという点――どうしても無視できないその点――を除けば、歩くものの姿は冬の道には至極似つかわしい。

 なぜ歩くものが、その道を歩くのか。

 恐怖の感情が過ぎ去った俺は、好奇心を抱いた。危険と不安の入り混じったその好奇心は、俺を駆り立てる。そして今日、俺は歩くものの後をつけることにしたのだ。

 歩くものは、まったく他の生物に無関心だった。黒いダウンを着た俺は、白い息を吐きながら、歩くものを追う。

 静かな住宅街に漂う、かすかな緊張感。歩くものの歩く速度は、小柄な女のものと全く同じだった。

 歩くものは、段々と人気のない住宅街のはずれに向かっていく。

 すっかり家が無くなり、目の前に広がるのは街の東側に存在する雑木林。

 歩くものは、まっすぐに雑木林の中に入っていく。

 雑木林の中は朝日があるにもかかわらず薄暗い。湿った空気に顔をしかめながらも、俺は慎重にその後を追った。

 どれくらい追ったのか。歩くものはぴたりと止まり、そして、その姿を消した。

 ああ、と俺は呟く。

 歩くものの止まった地面を手で少し掘ると、白い女の肌がのぞいた。

 歩くものは、俺をここに誘いたかったのだ。

 俺はしばらく、その場から動けなかった。

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