第40話 迷宮に備えて
日が天に昇った頃、部屋で資料を漁っていた俺のもとにサウムがやってきた。
「いま、お時間よろしいですの?」
どこか浮かない顔をしていた。
「うん。どうした?」
「……なにをしていましたの?」
「迷宮に関する報告書を読み返してる。まだ言ってなかったけど、明後日には挑戦するから」
ドリングス迷宮に挑んだ冒険者たちは、みんながみんな死んだわけではない。
帰還した者だっているのだ。
そいつらが残した記録を読めば、対策を練れるわけだ。
迷宮の正体は、天まで届く巨大樹だ。
一つの街ぐらい簡単に飲み込める太さがあり、中は迷路のように入り組んでいる。
遥か昔から凶悪で狡猾なモンスターたちが住み着き、数多くの罠が張り巡らされているらしい。
その天辺に、どんな願いも叶えてくれる玉があるわけだ。
「え、メンバーは?」
「ウェスタ以外」
「スーノさんも……」
「あいつは貴重な回復役だ。同行させるに決まってるだろ? あんな風になっちゃったけど、こっちが気にしなければいいだけだ」
スーノが壊れてしまったことは、サウムやウェスタに話している。
おそらくサウムが来たのは、その件で相談したかったのだろう。
サウムのやつ、はじめて会ったときは冷たい印象だったのに、誰よりも仲間思いだったなんてな。
「ウェスタさんと仲直りさせないのですの?」
「無理だろ。戦力は落ちるけど、しょうがない。ウェスタは死んだことにしておく。もちろん、多額の報酬はあとで渡すよ。ここまで一緒にやってきた仲だし」
「セント様がそう仰るのなら、それしか……ないのですわね……」
ったく、辛気臭い空気になっちまったな。
数日前だったら「セント様〜♡」とか抱きついてきていたのに。
とはいえ、迷宮さえクリアしたらこいつらともお別れだ。
実家に帰って牧場経営に勤しむよ。
少し腹になにか入れよう。そう思った矢先、俺が借りている宿のおばちゃんが、扉を叩いてきた。
「セントちゃん、大変よ」
「なんですか? いったい」
「スーノ……ちゃんだっけ? セントちゃんの友達が、酒場で揉め事起こしてるのよ」
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サウムと酒場へ駆けつけてみると、店の外に人混みができていた。
きっとあの中心にスーノがいる。予感のままに人をかき分けてみると、スーノが強面の男に蹴り飛ばされた瞬間を目にした。
「スーノ!!」
立ち上がったスーノの瞳が熱く燃えていた。
飢えた獣のように歪んだ表情が、絶対的な殺意を感じさせる。
スーノが男に杖を向けた。急いでその腕を掴む。
「待て!!」
「離してください!! こいつも、仇なんです!!」
男が鼻で笑った。
「ふん、白い肌をしているが、ダークエルフの生き残りか。復讐なんぞ諦めて慎ましく生きることだな。でなきゃ本当に殺しちまうぞ!!」
「キサマ!!」
そうだ。
そうだった。
何を忘れているんだ俺は。
こいつの復讐は、まだ終わっていない。
ダークエルフ殲滅クエストに参加したのは、ウェスタだけじゃないんだ。
男が背を向けて立ち去っていく。
攻撃魔法を撃とうとしたスーノの前に、俺は立ちふさがった。
「止めないでください!!」
「返り討ちに遭うだけだ」
「それでも殺します」
こんなんじゃ、とても迷宮に参加させられそうにない。
スーノの脳には、差し違えても復讐を成し遂げることでいっぱいなんだ。
男が去る。
そこへ、入れ替わるように、
「スーノ」
ウェスタが来てしまった。
スーノの目が見開く。
彼女よりも先に、俺が言葉で反応してしまった。
「なんでお前が!!」
「だ、だって、ダークエルフが喧嘩してる騒ぎが聞こえて、心配で……」
だからって、よりにもよってお前が来るなよ。
つくづく、先が考えられないやつだ。
スーノじゃないが、怒りがこみ上げてしょうがない。
「だ、大丈夫なの? スーノ」
スーノの顔が冷めた。
地面に落ちていた猫の死骸を広いあげる。
とっくに腐敗して異臭を放つ、可哀想な猫だ。
「ウェスタさん、帰りましょう。疲れているみたいです。幽霊が見えちゃって」
ウェスタが目を伏せる。
サウムが俺の袖を掴んだ。
あー、わかったよ。どうにかするよ。
俺だってこんな状態のままなのは嫌だ。
でも、これが最後だ。
「スーノ、ウェスタは生きてる」
「はい。ここに」
「それは猫だ。お前だってわかってんだろ。本物のウェスタはいま、お前の目の前にいる」
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