第39話 深い深い
あれから三日後。
王立病院のとある個室で、ウェスタは横になっていた。
意識はある。先にお見舞いに来ていたサウムをよそに、じっと、外を眺めている。
「よう」
サウムが飛びついてきた。
「セント様!! 今日も来てくださったんですね」
「当たり前だろ。お前こそ今日もご苦労だな」
「そりゃあ……ウェスタさんになにかあったら……」
サウムは椅子に座ると、俺が持ってきたリンゴの皮を剥き始めた。
ウェスタに尽くすことが贖罪であるかのように。
こいつには罪はないってのに。
「まだ痛むか? ウェスタ」
「ううん。傷は塞がってるし、平気」
声に覇気がなかった。
ギルドマスタークラスになれば、無償で王立病院のあらゆる設備、治療が受けられる。
実際、瀕死のウェスタを救ったのは、病院に勤務していたエルフ族の回復魔法だ。
それでも、心の傷は癒えていないらしい。
「なんで助けたのよ」
「は?」
「別に、死んでもよかったのに。姉さんも助けられず、私に残ったのはダークエルフを殲滅した過去だけ」
「親はまだ健在なんだろ? んなこと言うなよ」
「スーノにはなんて説明するのよ」
「さあね。どこにいるかもわからん。ただ……そのうち上手いことやるつもりだけど」
「……あんた、やっぱり優しいのね」
「……」
「ごめん、また感情的になって」
「まったくだ」
せっかくギルドマスターになれたのに、面倒ばかり起こしやがって。
母さんに頼めば、またスーノを力づくで拉致できるだろうが、同じことの繰り返しになるだけだ。
スーノは、ウェスタが死んだと思っているのだろう。ならば、いまのうちに策を練る。
また、みんなでパーティーを続けられるような策。
そうでもしないと母さんまで抜けちゃうからさ。
会話に入るように、サウムが弱々しい口調で声を発した。
「わたくしは、何がなんでもウェスタさんを守りますわ」
「サウム……」
「それが、わたくしができる罪滅ぼし。たとえスーノさんと戦うことになったとしても……」
震える手を、ウェスタが握る。
「もう、気にしなくていいって。サウムは普段通り、セントとイチャイチャしていてよ。そっちの方が気が楽」
「ですが……」
「何度も蒸し返される方が辛い」
まさかサウムにもびっくりするような秘密があったのは意外だったな。
まったく、本当に奇妙なパーティーだよ。
「そうだサウム。お前、長いこと生きてるんだから知ってるんじゃないのか? ダークエルフと人間の確執」
「と、いいますと?」
「お互いがお互いを悪者に見立てている。中立の立場の悪魔としては、どう思うんだ?」
「どう、と言われましても。わたくし、ずっと人間界にいたわけではありませんし」
「前にいた頃は?」
「あの頃は……ダークエルフはとても栄えていましたわ。領土問題で、エルフや人間と長らく戦っていましたけれど」
一般的な部族間闘争はあった、か。
グレーって感じだな。
どうするか、どうすればスーノを説得できる。
ただでさえ信用を失っているなかで、どう説き伏せれば仲間に戻ってもらえる。
とりあえず、会ってみるか。
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スーノが借りている宿に彼女はいなかった。
宿の主人曰く、昨晩はいたとのこと。
勝手に部屋に入れないので荷物の有無は不明だが、たまたま出かけているだけだと願いたい。
ダークエルフの森に帰ったとも考え難いし。
とすれば、スーノはいまどこにいる。
エルフの森にいるママに会いにいったのか?
それとも単に買い物でもしてるだけ?
手当り次第に王都を歩き回ってみる。
休憩がてら酒場に寄ってみると、
「あ、セントさん」
スーノがいた。
「スーノ……」
偶然にも発見できてホッとする反面、俺は素直に彼女に近づくことができなかった。
普段通りだったのだ。まるで時間でも巻き戻ったかのように、何事もない雰囲気で、俺に会釈をしてきたのだ。
自らの手でウェスタを殺したと思い込んでいるはずなのに。
いや、思い込んでいるからこそなのか。
復讐を果たして、己を焚き付けていた負の感情が消滅したからなのか。
「遅いですよ。次のクエストを受けましょう」
よく見れば、スーノは胸に猫を抱えていた。
「どうしたんだ? その猫」
「猫? あぁこれ、ウェスタさんです」
「は?」
スーノが猫を見せつけてきた。
衰弱し、とうに事切れている猫の死体だった。
「さっきまでウェスタさんとお話していたんです」
「……」
「私の復讐も終わって、ギルドマスターになったし、あとはドリングス迷宮だけですねって、二人で盛り上がってました」
何言ってんだこいつ。
なんで、楽しそうに笑っているんだ。
猫に、ウェスタという名前をつけたんじゃない。猫の死体をウェスタだと本気で思い込んでいる。
「……復讐、終わったのか?」
「セントさんも見ていたじゃないですか。私があの女を殺すところ」
「……そこにウェスタはいたか?」
「質問の意味がわかりません」
「ウェスタは、お前にとって……」
「はじめての友達ですよ?」
あぁそうか。
そういうことか。
スーノは記憶を書き換えている。
大好きな親友が一族の仇だった。
殺したくないが、殺すしかない。
そして、殺した。
その事実を受け入れるのを本能が拒絶し、仇とウェスタを切り離したんだ。
ウェスタ=復讐の相手ではない。
スーノの脳内では、ウェスタは生存し、仇は死んだことになっている。
そして本当のウェスタの代わりに、猫の死体をウェスタに見立てているのだ。
「スーノ、今日は母さんやイステが体調を崩しているんだ。お前も休めよ。クエストは、また今度だ」
「……そうですか。回復魔法で治しましょうか?」
「いいよ。大丈夫。さあ、宿に戻るんだ」
スーノとウェスタが仲良くなれば、真実が明るみになっても乗り越えられると信じていた。
絆が確執を解消するのだと。
しかし実際、ウェスタがスーノにとって唯一無二の親友になってしまったからこそ、
「わかりました。行きましょう、ウェスタさん」
スーノは壊れてしまったんだ。
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