第37話 なにもかも

 男たちが襲いかかってくる。


「サウム」


「了解ですわっ!」


 雑魚どもはサウムのエナジードレインで片がつく。

 問題は、エナジードレインが効かない敵側の悪魔。

 予想通り、サウムを阻止しようと大柄の男がフードを脱いだ。


「ふん、下等な悪魔が」


 こいつの相手は……。


「母さん!!」


「はーい」


 母さんが体術で悪魔を止める。


「悪魔と戦うの、はじめて」


「なんだ、この年増」


「ふふ、殺ちゅ♡」


 悪魔は謎の衝撃波で反撃するも、母さんの見事な身のこなしを前にかすりもしない。

 しかし母さんは、どうして即死の術を使わないのか。

 悪魔に即死は通用しないのか、一度使うと戦闘不能になるリスクを恐れてか。


 なんであれ、足止めしてくれるならありがたい。


 ダブのリーダーが舌打ちする。


「知らねえやつらがいるな、めんどくせえ。……おい」


 残りの一人もフードを脱いだ。

 若く、気の弱そうな少女であった。

 とはいえ、あの非常なリーダーが選んだ仲間だ。ただのお飾りなわけがない。


 注意深く観察していると、少女の体がみるみる大きくなり、肌が鱗状へと変化していった。


「竜人!?」


 隠し玉は竜人族だったのか。

 だが、これくらいで動揺などしていられない。

 こいつらはここで倒す。敵が何者だろうが関係ない。


「イステ、ほら水!!」


 俺の水筒を投げると、イステは喉を潤し、


「ぷはー、おーし!! ちょっと頑張る」


 竜態となって敵の竜人と組み合った。

 これで残すはリーダーのみ。

 俺とウェスタ、スーノの三人で倒してやる。


「スーノ、魔法で牽制するんだ。ウェスタは常に間合いを測れ。また呪いをかけられても、助けらんねえぞ」


「はい!!」


「わかった」


 スーノの魔法攻撃を、リーダーは剣で弾いていく。

 相当な身体能力だが、やはり俺とウェスタが攻め時を見計らっているからか、中々攻めあぐねているようだ。

 長期戦になるだろう。サウムはもうすぐ雑魚どもを全滅させるし、こちらが優勢になる。


 やっぱり、フルメンバーならどんな困難だって乗り越えられる。

 この戦い、勝てる!!


「俺たちを甘くみたな」


「……ちっ、ボケが」


 リーダーが動いた。挑発に乗って俺を殺すつもりだ。

 振り上げられた剣が俺に向けられる。

 そこへ、


「私を忘れるんじゃないわよ!!」


 ウェスタが飛び出し、剣を防いだ。


「けっ、しつこい女だ」


「さあ、姉さんはどこ!? 答えなさい!!」


「……お前よお、あそこの小娘がダークエルフだって、知らなかったろ」


 なんだこいつ。

 揺さぶりか? このごにおよんで。


「んなこと、いまはどうでもいいのよ」


 ウェスタがスーノをチラリと見やった。


「なにか秘密があるのはわかってた。正直いろいろ混乱してるけど、いま、私の胸にあるのは一つ。……あんたを倒して姉さんを見つけ出す。それだけよ!!」


 スーノが嬉しそうに微笑む。

 ずっと隠していた正体が明るみになっても、自分たちの友情は変わらないのだという安堵。

 それはもちろん、俺にだってある。

 この二人の絆は、俺が想像以上に強固なのだ。


 母さんが、敵の悪魔を倒した。


「くっ……人間ごときに」


 満身創痍といった具合に、地に伏している。


 さらにサウムが最後の雑魚の生気を吸い尽くす。

 イステももうじき決着がつくだろう。


 追い詰めた。

 俺たちの勝ちだ。

 こいつを捕獲し、ウェスタの姉さんについて知ってることを吐かせ、ギルドに差し出す。

 その功績で、俺たちはついにギルドマスタークラスになるのだ。


 一瞬、リーダーと目があった。


「くく、くくく」


「なにがおかしい」


「おかしいさ。お前らはおかしいよ。お前らを獲物にすると決まったとき、一応いろいろ調べたんだぜ。新入りのお二人さんはともかく、前回からいたお前らのことは、とくに」


「……」


「そんときから引っかかってた違和感。その正体がようやくわかった。……小娘がダークエルフであること。取るに足りない事実を、どうして隠していたのか。……答えがでた」


 こいつ、まさか……。


「だが先ずは、俺の悪魔が語った事実から……。おい赤髪、教えてやるぜ。俺が奴隷商人に以外に女を売ったとしたらそれは、悪魔崇拝者どもだ」


「え?」


 なんだ、なにを言い出すんだこいつ。

 負けを認めて情報を吐いた。にしては不気味な余裕がある。

 なにを考えている。


「山岳地帯の館に住むやつら。もっとも、とっくに悪魔召喚の生贄になっているだろうがな」


「山……岳……」


 俺もウェスタもハッとサウムの方を向いた。

 俺たちが最初に受けたクエストは、山に住む悪魔崇拝者たちが召喚した、悪魔の撃退であった。


 サウムは、視線を落として表情を隠していた。

 その反応に、リーダーは仲間の悪魔に笑みを見せた。


「ハハハ、お前の言う通り、あそこで召喚された悪魔だったようだぜ。おいおいおい、お前ら本当に歪んでんなあ」


 ウェスタの瞳がサウムを捕らえて離さない。


「サウム、あんた……」


「わ……わたくし……」


 サウム、もしかしてお前、ウェスタの姉さんを犠牲に……。

 それを、お前自身も知っていたのか。


「まだだ!!」


 ダブのリーダーが俺を指差す。


「どうせ俺は終わりだ。だがな、道連れにしてやる、お前ら全員。完膚なきまでに」


 その指が、今度はスーノに差された。


「お前、どうして自分がダークエルフだってこと内緒にしているのか、考えたことあるか?」


「え、ウェスタさんが、ダークエルフ恐怖症だから……」


「そんな人間いるわけねえだろ!! 俺と対峙し、戦えている時点で、恐怖症なわけがねえ。……じゃあどうして、お前らの仲間はお前がダークエルフであることを黙っていたのか。くくく……お前らにデマ情報を流したやつ、あいつから聞いてた通りなんだろうな」


 デマ情報を流したやつ。

 おそらく、ダブの居場所を教えておいてこいつらと組んでいた、あの冒険者のこと。

 待てよ、確かあいつは、ウェスタの知り合いでもあった。

 なぜなら……。


「赤髪はなあ、参加していたんだよ」


 まずい。これ以上はまずい。


「イステ、こいつを殺せ!!」


 イステが口元にエネルギーを溜め込む。


「ダークエルフ殲滅クエストに、こいつはいたんだああああ!!!!」


 イステが発射したビームが、リーダーを消し炭にした。

 それと同時、彼と契約していた悪魔も消える。

 そんなことより、それよりも重要なのは……。


「ウェスタ……さん……」


 二人の視線が重なる。

 だが、ウェスタはすぐにサウムへ詰め寄った。


「本当なの、サウム」


「あの……わたくしは……」


「どうして黙っていたの!!」


「ご、ごめんなさい……」


「じゃあ、じゃあ姉さんは、もう……」


 絶望のままに、ウェスタが膝をつく。


「あんたが、あんたが召喚されなければ、姉さんは……」


 ウェスタが強く槍を握る。

 その背後を、スーノが魔法で攻撃した。


「くっ、なにすんのスーノ!!」


「私の質問に答えてください!! ウェスタさん、あなたは……」


 ダメだダメだダメだ。

 俺が黙らせる。


「スーノ落ち着け、あいつの虚言だ。根拠なんかない」


「セントさんは黙っていてください!! あなたも私に嘘をついていたじゃないですか、ダークエルフ恐怖症だなんて」


「なっ、違う!!」


 いいえ、とウェスタが反論した。


「セント、あんた知ってたんでしょ。姉さんのことも」


「なんでそうなる。知らない。俺は本当に知らない」


「信用できないわよ!! スーノがダークエルフだって黙ってた。私がダークエルフ恐怖症だって嘘をついていた。……あんたは、目的のために平気で嘘をつける、そういう男。私がサウムを殺さないよう、黙ってたんだ」


「違う!! お前も落ち着け!!」


 スーノがもう一度魔法でウェスタを襲う。

 しかし今度は、ウェスタの槍で弾かれてしまった。


「ウェスタさん答えて!!」


「いまはそれどころじゃないのよスーノ」


「どういう意味ですかそれ」


 やめろ、感情のままに喋るな。

 冷静になれ。

 自分の発言の先を考えろ。


「……えぇそうよ。私は、殲滅クエストに参加していた。それもこれも、全部姉さんの居場所を知るために」


「そんな……」


「でも全部無意味だった。なにもかも意味がなかった。だって姉さんは、姉さんはもう……。姉さんはこの悪魔のために殺されたんだ!!」


 ビクッとサウムがたじろぐ。

 あぁくそ。このままじゃここで殺し合いになっちまう。

 助けを求めるよう母さんを見やる。

 母さんはため息をつくと、


「みんな、一旦冷静になりましょう」


 と間に入ったのだが。


「私はとっくに冷静です!! セントさんに嘘をつかれて、ウェスタさんが仇だってわかっても冷静です!! だから、ここで殺すんです、ウェスタ!! 死ねええええ!!!!」


 さらに攻撃魔法を連発したが、すべてウェスタに避けられてしまう。

 かわされた攻撃はそのままサウムに直撃し、気絶させてしまった。


「あんたじゃ私は殺せない」


「くっ!!」


 ウェスタは気を失ったサウムを馬の尻に乗せると、


「この悪魔は、私が処分する」


「待てウェスタ」


「待たない」


 怒り心頭のまま馬に跨がり、王都に戻ってしまった。

 そしてスーノも、


「よくも……よくもよくも……」


「スーノ……」


「よくも私を騙したな!!!! 許さない、絶対に許さない!!」


「違うんだ。これにはわけがあるんだ」


「もう嘘なんか聞きたくない。ここからは一人で行動します。もっと強くなって、必ず、あいつを殺すために」


 自分の馬で、カリットの方面へ走り去ってしまったのだ。


 ダブのリーダー。

 やつは己の敗北を悟り、俺のパーティーに大打撃を与えた。

 このパーティーが歪なバランスで成り立っていることを察して、推測で導き出された答えで、的確に急所を突いたのだ。


 こうして、俺のパーティーは壊滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る