第35話 エルフの森

 休日、ふと酒場によってみると、ウェスタがいた。

 依頼書が貼られた掲示板を睨んでいるようだった。


「なにしてんの?」


「あぁ、セント。なんか、手がかりとかないかなーって」


「なんの?」


「ダブ」


 世界で暗躍している強盗団。

 そして、ウェスタの姉を誘拐した連中だ。


「それについてだけど、実は俺もいろいろ動いてる」


「うそ? なにを?」


「冒険者って、クエストのために世界各地に散らばるだろ? だからいろんな冒険者に金を出して、情報収集してもらってる。ダブのことと、ウェスタの姉さんのこと」


「そ、そんなことしてたの!?」


「つっても、『何かわかったら教えてくれ』としか頼んでないから、まだ成果はないけど」


「そうなんだ……。ありがとう、セント。大事なお金を使ってまで……」


「いいさ。ダブ討伐は俺にも得がある。多額の報酬で元は取れるし、功績によって一気にギルドマスターになれるからな」


「……それが目的で、私や姉さんのことは二の次。むしろどうでもいい、とか?」


「少しは気にしてるさ。失礼なやつだな」


「ふふ、ごめんごめん。ホント、頼りになるわ」


 ま、こいつの言っていることも間違っちゃないけど。

 とにかく、ダブの情報はまだ得られていない。ここでいくら推理したって、居場所などわからないだろう。

 ならば、いまやるべきことは。


「さて、せっかくだ。次のクエストでも決めるか」


「じゃあ、これとかいいんじゃない?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なんでわたくしは不参加なんですのー!!」


「しょうがないだろサウム。お前は悪魔なんだから」


「ですけど〜」


 俺たちが受けたクエストは『お使いクエスト』。

 荷物を指定の場所に届ける、Bランククエストだ。

 なぜこんな低ランククエストを受けるのかって? 高ランククエストは他の冒険者が受けちゃったからだよ。


 して、いったい俺たちはどこへ向かうのかだが、


「ひょんな帰省になったわね、スーノ」


「ウェスタさん……」


「嬉しくないの?」


「い、いえ、べつに……」


 なんだ。スーノの母がいるエルフの森に行くとなれば、喜ぶと思ったんだが。

 純血のエルフではないからか?


「なんでエルフの森は悪魔立ち入り禁止なんですのよーっ!! スーノさん!! どうにかしてください!!」


「わ、私に言われても……。そういう決まりですから……」


「うぅ〜。セント様と離れ離れになるなんて、絶望ですわ。もう死ぬしかありませんわ〜」


 死ぬならドリングス迷宮を攻略してからにしてくれ。

 ちなみに、送り届ける荷物はとある貴族の手紙だ。エルフが得意とする偉大な回復魔法を頼りたい、といった旨の。


「んじゃ、しゅっぱ〜つ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 エルフの森。

 名前こそ神秘的だが、実際は緑に囲まれた高級住宅街である。

 国のはずれの樹海のなかにあり、家はすべて、レンガや木製ではなく、コンクリートとかいう最先端素材。

 ガラス製の窓もついていて、近未来的建築技法って感じである。


 ダークエルフの森とは正反対だ。

 圧巻の景観に、ウェスタはアホっぽく口を開けた。


「ほえ〜。すんごいのね、エルフの森って」


「エルフは回復魔法の他に、占いも得意なんだ。そのおかげで王族貴族とも太いコネがあるのさ」


 王国の役人はエルフばっかりだ。


「え? じゃあスーノも占いできるの?」


「私は……苦手です」


 混血なので、とは口にしなかったが、そう考えたような気がした。


「さて、え〜っと、宛先は……ティタン? 誰だろ」


「え!?」


「なにスーノ。知ってるの?」


「……いえ」


 あ、わざとらしく顔を背けた。

 じーっと睨んでみると。スーノはバツが悪そうに、渋々話しだした。


「母です」


「お! なんつー偶然」


「うぅ〜」


「なに? 会いたくないの? 母親に」


「い、いえ。母のことは大好きです。大好きなんですけど……」


 そのとき、


「ス、スーノ?」


 声の方を振り向いてみると、悲しそうな顔をした女性が立っていた。

 スーノと同じ、色白の肌。尖った耳。もしや……。


「ママ!?」


「スーノ……久しぶりね……。うぅ〜」


 娘との感動の再会か、スーノママ、もといティタンさんは泣き出してしまった。


「うええええええええん!! スーノ〜〜〜〜。立派になってええ!!」


 えらく大号泣してしまった。


「マ、ママ!! 人前ですよ!!」


「だって、だってえ〜。ひっ! 隣に変な男が!!」


 俺のことかよ。


「もしかして……スーノの旦那さん?」


「ち、違いますよ!!」


「違うの!? そ、そんな……まだ結婚できていないなんて〜。うええええん!!」


 なんだこいつ。


「じゃ、じゃあ隣の女の子は……彼女?」


「か、彼女じゃないです!! 友達です!!」


「彼女すらできないの!? なんて情けないのウチのスーノは……ぴえぴえええん!!」


 はぁ、とスーノがため息をついた。

 若干苛立ちが含まれていた気がする。


「この通り、母と会話するのは大変なんです」


 ウェスタが苦笑した。


「セントママもそうだけど、スーノママも強烈ね」


 スーノママが愛娘に抱きついた。


「なにはともあれ、元気そうでよかったわ……」


「ママ……」


 やば、空気に流されて忘れてたけど、俺たちはお使いで来ていたんだった。

 手紙が閉まってある懐に手を入れる。


「ひっ!! なに!? なにを出すのよ!! まさか、暗殺!?」


「違いますよ。とある貴族からーー」


「ひぃぃ!! なんか喋った!!」


 ……本当に殺すぞ。


「お便りです」


 スーノママは手紙を受け取り、読んだ。


「無理よ!! 無理無理!! 私には無理!!」


「でもママ、ママの回復魔法はエルフ族でも随一じゃないですか」


「だって森の外は……怖いわ……。ひぐっ、ひぐっ、うええええええん!!」


「困っている人がいるんですよ!!」


「ひっ! 怒らないでスーノ!! なんでも、なんでもするから許してええ!!」


「じゃあこの依頼、受けてくれるんですか?」


「やだあああああ!! えええええん!! 娘が反抗期になっちゃったわああああ!!」


 だ〜る。

 だる。こいつ。こいつだる。


 てか、俺達への依頼は手紙の配達なんだから、もう任務達成じゃん。

 帰ろう。帰って寝よ。


 俺のやる気の無さが顔にでていたのか、スーノがウェスタの方を見て、


「ど、どうしましょう」


 助けを求めた。


「う、う〜ん。そういえばスーノ、依頼主の貴族さんは、なんの病気なの? 怪我? めちゃくちゃ重い病気なの?」


「あ、手紙には、痔だと」


「……」


「……」


 スーノママに別れを告げて、俺たちはエルフの森をあとにした。

 さらば、スーノママ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 酒場に帰ってクエスト達成の報告をする。

 その背後で、ウェスタがスーノの顔をまじまじと見つめていた。


「な、なんですか、ウェスタさん」


「あぁごめん。スーノ、お母さん似なのね」


「そ、そうですか?」


「お父さん見たことないけど、スーノママに似てる。2人とも可愛いもの」


「か、可愛い!?」


 スーノ、顔を真っ赤にしちゃってまあ。


「ウェスタさんにそういってもらえて……嬉しいです」


 付き合いたてカップルかよ。


「お父さんはどんな人なの?」


 おーいおい、そりゃ禁句だウェスタ。

 お前が殺してるかもしれないのに。


「お父さんは……えっと……」


 スーノが言葉を濁していると、知り合いの冒険者がこちらに近づいてきた。


「よおセント」


「あ、久しぶり」


 ウェスタも彼と軽く挨拶する。それとスーノもだ。

 スーノは、この男と一度会っている。

 まだパーティー結成したてのころ、酒場で話しかけてきた男だ。


 つまり、ウェスタと同じダークエルフ殲滅クエストの参加者。

 スーノには秘密だが。


「手に入ったぜ」


「なにが?」


「ダブの情報」

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