第31話 闇の樹海、またの名を

 結局、母さんを含めた俺たち五人は、バリツヨオークの群れを討伐するクエストを受けた。

 なんでも、もともとバリツヨオークは別大陸に生息していたのだが、数名の個体が海を渡り、闇の樹海で繁殖したらしい。

 森の動物を片っ端から狩ったり、在来種のオークやゴブリンを襲って縄張りを広げたりと、好き勝手やっているのだとか。


 樹海に足を踏み入れ、傾斜のない平坦な地帯を歩いていく。

 事前の情報によれば、バリツヨオークは森の中心地にいるとのこと。


「闇の樹海、入るのは初めてだな。生息している動物も、生えている植物も、他の森と対して差はないけど、なにがどう闇なんだ?」


 スーノが答えてくれた。

 緊張しているのだろうか、表情がやや暗い。


「昔から、素人が入ると必ず遭難するって言い伝えがあるんですよ。気候の関係なのか、地形の問題なのか、詳しくはわかりませんけど」


「ふーん。だからって、闇ってなあ」


 と、母さんが抱きついてきやがった。


「セーント♡」


「鬱陶しいな、子離れしろよ」


「いいじゃない。親子水入らず、ベタベタしてもー」


 いいから離れろ、と言いかけたとき、母さんは突然真面目な顔になった。

 この顔をするときは、本当にマズイことが起きている現れ。

 なんだ? すでにバリツヨオークの縄張りに入っているとか?


 耳打ちで、母さんが話しかけてくる。


「気をつけて」


「なにを?」


「この先にあるわよ」


「なにが?」


「闇の樹海にはもう一つの呼び名があるの」


「まどろっこしい言い方するな。だからなにがあるんだよ」


 先頭を歩いていたウェスタが足を止める。

 森の中に、質素な木製の家屋が、いくつも建ち並んでいた。


「闇の樹海、別名……ダークエルフの森」


 ここは、スーノの故郷だったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 家屋には誰一人としていなかった。

 そりゃそうだろう。ダークエルフはスーノを除いて全滅したのだから。

 ただただ、風化して腐り、穴の空いたボロ屋がまばらに建っているだけだ。


 というか、マズイな。こんなとこにいたら、いつスーノとウェスタが正体を喋り出すか。


「すみませんセントさん、少し一人になってもいいですか?」


「え? あ、うん。あまり遠くに行くなよ、スーノ」


 ペコリとお辞儀をして、スーノは家を一軒一軒見て回った。

 ウェスタが膝で突いてくる。


「平気なの? ダークエルフ恐怖症なんでしょ?」


「誰もいないし、大丈夫だろ」


「ふーん」


 久方ぶりの里帰りだ、邪魔をするのも悪い。

 よし、せっかくだ。


「少しここで休憩しよう」


 そう言って、俺はウェスタを連れ出した。

 この機会に、聞いておきたいことがある。


「ウェスタは、ダークエルフのことどこまで知ってるんだ」


「悪虐非道」


「でも俺が聞いたところによると、ダークエルフは人を襲ったことがないらしいぞ。噂に尾ヒレがついて、どんどん話が盛られたって。人里に降りて食い物を盗んではいたが、元を正せば昔、人がダークエルフを森に追いやったからだって」


「ヤケにダークエルフの肩を持つのね。どこ情報?」


「本で読んだ。てか、肩を持ってるわけじゃない」


 万が一秘密がバレたとき、スーノとすぐに仲直りできるようにしておきたいのだ。

 そのためには先ず、ダークエルフへの印象を変える必要がある。


「その情報が確かだって確証はあるの?」


「本に書いてあるんだし」


 本当はスーノからの受け売りだけど。


「私も教科書から習ってるわよ、ダークエルフは野蛮だって。そもそも、人がダークエルフを追いやらざるを得ない状況になったのは、ダークエルフ側が悪いからじゃないの?」


 この物言い、そうとう嫌ってるみたいだな、ダークエルフのこと。

 まあ、姉を誘拐したダブのリーダーがダークエルフなんだ。無理もない。


「そりゃ、根本的な原因はわからねえよ。昔すぎで歴史が改竄されてる可能性だってあるし。でも、なにも全滅させなくったってさ」


「セント、ダークエルフ問題には無関心だと思ってた。本当は冷たいやつだし」


 お前らのせいで関心持たなくちゃいけなくなったんだよ。


「なんにせよ、ダークエルフは倒さなくちゃいけなかった」


「なんで?」


「テロの準備をしてたんだもの」


「……は?」


「ダブのリーダー、あいつは森から追放されたことになってるけど、違う。盗んだ武器を売りつけてたのよ。この森の長に。あいつは長老と繋がってる。だから、長老しか使えなかった呪術系の魔法が使えたの。あの魔法を食らって、ピンときたわ」


「証拠は?」


「あいつが長老の孫だってこと。そして、あそこ」


 ウェスタが一軒のボロ屋を指さした。


「あそこの地下、隠し倉庫になってるの。そこに保管されていたわ、大量の武器と、暗号化された計画書をね。……まあ、とっくに回収されてるけど」


「本当に?」


「嘘だと思うなら他のクエスト参加者に聞いてみたら」


 知らなかった。

 というか、スーノは知っていたのか?

 いや、とても嘘なんかつける子じゃない。

 知らなかった、と見ていい。


「こうなった以上、もはや武力で制圧するしかない。そして一人でも生き残れば、そいつが復讐で人間を殺すかもしれない。だから王都はギルドの冒険者たちを募って、一人残らず始末するよう、殲滅クエストを依頼したのよ」


「そう、だったのか」


 実際、生き残りのスーノは復讐する気でいるしな。


「そりゃ、私だって皆殺しなんかしたくなかったわよ。でも、私はダブの情報が欲しかった。姉さんを攫ったあいつらの。……ダークエルフは普段、人間を拒んでいるし、彼らに接触するためには、クエストに参加するしかなった。そして戦闘になった以上、殺すつもりじゃなきゃ殺される。一人でも残せば、誰かが死ぬ。だから……」


 戦えないようなヤツもいただろ。

 テロをやるなんて知らなかったヤツも。

 そう言いそうになったが、やめた。


「成果はあったの?」


「長老から、ダブが三人組だって情報と、日光が苦手だってことをね」


 虐殺に参加したにしては、軽すぎる報酬だ。

 しかし、ウェスタの話が本当ならば、殲滅クエストによってテロを未然に防いだことになる。


 ダークエルフは、人間に迫害されていた。その恨みを返すとなっては、きっと甚大な被害をもたらしていただろう。


 なら、ウェスタたちがしたことは正しかったのか。


 ……これ以上考えるのはやめておこう。

 ウェスタのダークエルフへの印象を変えるどころか、俺が抱いているウェスタの印象が変わってしまいそうだ。


「どう思われてもいい。私は絶対、姉さんを見つけ出す」

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