第21話 奔走

※サウム視点です。




 セント様に脅された日の深夜、わたくしは居ても立っても居られず、スーノさんが泊まっている宿へ向かいました。


 セント様はこの時間寝ているはずです。恋人として常に観察していたわたくしだからわかります。

 記憶を失い性格が変わっても、生活習慣は変わらないはずですもの。


 たしかいつも二階の部屋にいたはず。

 窓から侵入し、眠っているスーノさんを起こします。

 それにしても、可愛い寝顔です。本当に男性なのでしょうか。


「スーノさん」


「んー、え! サウムさん!? どうしてここに」


「そんなことより、相談があるのですわ」


 セント様がウェスタさんを殺したがっていることは、さすがに言えません。

 おそらくスーノさんは動揺しすぎて、わたくしが裏切ったことがセント様にバレてしまいそうですから。

 いまのセント様は、本当に何をするかわからない。下手をしたら、真実を知ったスーノさんまで……。


「セント様の記憶を戻したいのですわ。賢者の書を消滅させれば、戻りますの?」


「私もそれを考えました。でも、確証がありません。それに、賢者の書に書かれた魔法は、あらゆる呪いを打ち消してくれる。もし、記憶が戻らなかったら、大きな損失が出てしまうだけです」


「呪文は暗記できないのですの? 他の本に書き写すとか」


「時、場合、対象によって呪文が変わるので、易々と暗記なんてできません。複写しても、文字が消えてしまいます。きっと、書き写さないように魔法がかけられているのです。賢者の書には」


 さすが入手難易度が高い上、大きな代償を払わないと手に入らない本ですわ。


「魔法でどうにかならないか、私もいろいろ考えましたけど、セントさんの記憶は完全に消えてますから、難しいです。忘れているだけなら、思い出させる手段がありそうなんですけど」


「そうですの……」


「なにか、あったんですか?」


「え!?」


 なんと答えれば良いのでしょう。

 もっともらしい理由を挙げるなら……。


「た、ただ記憶がないのは可哀想だなと」


「そうですよね。ウェスタさんも言ってましたけど、いまのセントさんからしたら、私たちは出会ったばかりの人たちですもんね。頑張って明るく接してくれていますけど、若干距離を感じます」


「スーノさんもですの……」


 わたくしがセント様の立場でも、いきなり知らない連中と仲良くしなくちゃいけないのは大変だと思うでしょう。

 そういう煩わしさが、ウェスタさん殺害へと思考を傾かせたのでしょうか。


「そうですわ!! ならもう一度仲良くなればいいんですのよ!!」


「へ?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「というわけで、パーティーですわ!!」


 わたくしの部屋に皆さまを集めて、お食事会をすることにしました。

 テーブルには既に、ステーキやパスタ、サラダと、ご馳走が並んでいます。


 この食事会でセント様とウェスタさんを仲良くさせるのが作戦ですわ。

 案の定、セント様はご馳走を目にして驚いています。


「ウェスタさん復帰パーティーですわ!! さあさあお食べになってくださいですわ!!」


「私の復帰って……。なにもここまでしなくても」


「いいんですのいいんですの」


「ありがと、サウム」


 セント様が質問してきました。


「こんな量、どうしたんだ?」


「宿のご主人にお金を払って、用意してもらいましたわ。もちろん、わたくしも手伝いましたのよ」


「おぉ〜」


 皆さま席に座り、ナイフとフォークを手に取りました。

 意外でしたけど、スーノさんの食いっぷりが半端ないです。

 一週間ぶりの食事なのかなってぐらいです。


「ん、このパン美味いな」


「あらセント様、それはウェスタさんのお家のパンですわ」


「ウェスタの家、パン屋だったんだ」


 ウェスタさんが照れくさそうに頬をかきます。


「まあね。私もちょっとは調理してるのよ」


「ふーん。いやいや、本当に美味しいよ。ふわふわしてるし、味もしっかりしてる」


「ふふん、でしょ?」


 いいですね。いいです!

 この調子でもっと仲良くなってください!!


「セントさ、記憶なくなったこと、親に言ってもいないの?」


「うん」


「……仲悪いの?」


 おーい!!

 そういう角が立ちそうなこと聞かないでください!!


「別に。親とは仲いいよ。産んでくれて感謝してるし。だからこそ、言わない。心配かけたくないし」


 セント様が親を大事にしているのは間違いないです。

 お父様が亡くなったから、敵討ちのようにドリングス迷宮に挑もうと決心したわけですし。

 本当は優しい人なのです。なのに、どうして……。


「でも、親のこと忘れたままなんでしょ?」


「そのうち会うよ」


「そのうちって?」


「そのうち」


 う、うーん。若干微妙な空気です。

 唯一にこにこ笑顔なのは……。


「サウムさん! ステーキってこんなに柔らかいんですね!!」


 スーノさん……たくさん食べてくださいね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 食事会が終わり、ウェスタさんとスーノさんが帰っていきました。

 食器をかたしていると、セントさんが壁に寄りかかりながら鼻で笑いました。


「サウム、俺がウェスタのこと嫌いだから、殺したがっていると思っているのか?」


「え……」


「違うよ。嫌いじゃない。同時に好きでもない」


「あの、わたくし!」


「余計な真似はするなと言ったよな?」


「……」


「次はないと思え」


「あぅ……」


「あと、俺はパンに拘りなんかない。どうせたっぷりジャムを塗るからな」


 セントさんはそう冷たく吐き捨てて、自身の部屋に帰っていきました。

 あぁ、セント様は本気なんですね。

 本気で、利のためにウェスタさんを殺そうとしている。


 ならば、わたくしだって覚悟を決めるしかありません。

 断定できませんが、わたくしはウェスタさんに大きな恩があるのですから。

 わたくしがいま、ここにいられるのは、ウェスタさんのお姉さんを犠牲にしたから。


 絶対に言えない秘密。

 だからこそわたくしは、命にかえても、ウェスタさんを守るのです。

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