第16話 地下城②

「イステ……」


 竜となったイステが放ったビームが、ケロベロスの頭部を消し飛ばした。

 元の人間態に戻るなり、俺たちに気づいて嬉しそうに笑う。


「おう君たち〜、いつの間にか最初の地点にいてさー、殺したはずのこいつが生き返っててさー」


 三人を連れて先へ急ぐ。

 見覚えのあるキッチン、見覚えのある浴室、見覚えのある、図書室。


 同じ構造の別のフロアかもしれなかったが、違う。ちらっとしか確認しなかったが、本棚の本がさっきと同じだ。


 そしてやはり、図書室の奥には、扉がある。


「なんだか妙ですわね」


 サウムがドアノブに手をかける。


「あ! 待てサウム!!」


 彼女が扉を開けて踏み出した瞬間、俺は最初の廊下に立っていた。


「ループしている」


 最後まで進むとスタート地点に戻され、トラップやボスであるケロベロスも復活する。

 ならどうすればいい。あの図書室でひたすら賢者の書を探し続けろと?

 仮に発見したとして、どう帰ればいいんだ。

 いっそイステに城を吹き飛ばしてもらうか。

 いや、ここは地下だ。危険過ぎる。


「これが、地下城最大の罠。入った時点で俺たちは罠にハマっていたんだ」


 落ち着け、考えろ。

 必ず攻略手段があるはずだ。

 偉大な魔導師が残した地下城。ならば魔法を駆使しなければならないのか。

 いつ、どこで、どんな?


 くそっ、見落としていることはないのか。入ってない部屋はないか?

 図書室にヒントがあるのか?

 たとえばそう、隠し扉とか……。


 その先の行動を説明するなら、なんとなく、という他なかった。

 なんとなく、俺は振り返って、最初の廊下の後ろの壁を見やった。

 毎回俺はここに立って、無意識に前だけを向いて歩いていた。

 スタート地点の後ろまでちゃんと調べるのは、ダンジョン攻略の基本じゃないか。


 壁に触れてみる。手がすり抜けた。

 勇気を出して踏み込んでみれば、壁の向こうは寝室になっていた。


「隠し部屋」


 姿見が淡く光り出す。

 腰の剣に手を添えて臨戦態勢に入る。俺一人だが、ここまで来たら死物狂いで戦ってやる。

 来るならこい!!


「緊張するな、坊や」


 姿見に老人の顔が浮かんできた。


「だ、誰だあんた」


「この城の主さ。魂だけの存在だがな」


「魔導師さんってわけか。最後にあんたと戦えばいいのかよ」


「まさか。ここへたどり着いたのなら試練は終わりだ。おめでとう」


 ホッと安堵が口から漏れる。

 どうにかダンジョンをクリアできたようだ。

 これでウェスタが助けられる。


「この城に出口はない。だがワシならば、お主らを望む場所へ転移させてやれる」


「ならカリットという街の病院に。そこに大事な仲間がいる」


「よかろう。して褒美だが、図書室にあった本を人数分くれてやろう」


「賢者の書が欲しい。そこに書かれている回復魔法が必要なんだ」


 魔導師が黙り込んだ。

 なんだよ、まさかここまできてダメとか言うんじゃなかろうな。

 それとも、もう存在しないとか?


 ドキドキしながら返答を待っていると、魔導師が鼻で笑った。


「ふっ、いいだろう。あれはワシの生涯の集大成なのだが、魔法は人の役に立ってこそ価値がある」


「じゃ、じゃあ!」


「しかし、条件がある」


「条件?」


「あれを実体化するには強大な魔力が必要になるからな。お前の大事なものを貰い、それを魔力に変換しなくてはならない」


「大事なものって?」


 魔導師が条件を提示した。

 なるほど、確かに『大事なもの』だ。

 じっくり考えたいところだが、もうそんな余裕はないだろう。


 それに、ウェスタを救えるのなら……。


 コクリと頷くと、姿見から眩い光が発せられた。

 あまりの眩しさに目を閉じてしまう。


「そのまま病院へ転移してやろう。そして、お主に一つ教えておいてやる」


 光がどんどん強くなる。


「お主がはじめに進んだ廊下。あそこは『当たり』だ。罠のない安全な道。あそこで思い、感じたことはすべて、お主の内側から滲み出たものだ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ハッと目を開けると、病室の中に立っていた。

 ベッドには赤い髪の少女が眠っていて、側には青い髪のエルフと、白い髪の少女、陽気な青年がいた。

 エルフと白髪が涙目で近づいてくる。


「セント様!!」


「無事だったんですね!! 私たち、急に目の前が眩しくなって、そしたらここにいて……」


 エルフが俺の手を一瞥し、驚愕に目を見開いた。


「そ、それ!!」


 このとき俺もようやく気づいたのだが、やや分厚い一冊の本が握られていた。

 これが賢者の書なのだろう。


「賢者の書ですね!! セントさんが手に入れたから、私たち外に出れたんだ!!」


「さすがですわあなた様!! スーノさん、さっそくウェスタさんを助けましょう」


「は、はい! セントさん、本当にありがとうございます!! これで、ウェスタさんを救えます!!」


「やっぱりあなた様は、わたくしの運命の人ですわ♡」


 白髪が抱きついてくる。

 さっきから馴れ馴れしいな、こいつら。


「なあ、お前ら誰?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る