第15話 地下城①

 階段を降りた先は長い廊下になっていた。

 壁にかけられた松明に火が灯り、道を照らす。

 なんとまあ親切な魔法なことか。


「みんな、慌てず進もう」


 そう言いながら振り返ると、後ろには誰もいなかった。

 それだけじゃない。階段が消えて、壁になっているのだ。これでは上へ戻れない。


「お、おいみんな!」


 叫んでみても返事はない。

 どうなってるんだ? 十中八九魔法によるものなのだろうが、みんなは無事なのか?


 仲間を分断させる魔法による罠。と推察するのが正しいが、何はともあれ、こうなっては俺一人で進むしかない。


 他にどんな罠が仕掛けられているのだろう。

 不安を胸に一歩一歩踏みしめていく。


「蒸し暑いな」


 歩いているだけなのに汗が止まらない。

 緊張のせいもあるだろう。

 恥ずかしいが、足も震えている。


 ダブの連中と戦った時を思い出す。

 強かった。想像を遥かに超えていた。

 今度戦ったら倒せるだろうか。

 手段を選ばなければあるいは……。


 やはり難しいか、ウェスタのお姉さんについて聞き出さないといけないし、そうなれば戦い方に制約がついてしまう。


「へ、考えるだけなら楽なもんだ」


 それにしても、やっぱり蒸し暑い。

 イライラする。帰りたい。

 だいたい、こんなの本末転倒じゃないか?

 ドリングス迷宮攻略を目指して集めた仲間を助けるために、命をかけて危険なダンジョンを攻略に挑むなんて。

 ウェスタなんか見捨てて他のやつをパーティーに加えればいい。


 だいたい、あいつがダブ相手に突っ走ったから……。


「何考えてんだ、おれ」


 最低だ、こんな不満を抱くなんて。

 くそ、ここにいるとマイナスなことばかり思いつく。

 まさかこれが罠なのか? 物理的ではなく、精神的に追い詰めていく魔法?


 だとしたら相当タチが悪い。


「心を強く持て、俺!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから体感時間で十数分ほど歩くと、別の廊下との合流地点にたどり着いた。

 さらに前方には、腐りかけた木製の扉がある。


「セントさん!!」


 もう一つの廊下から衣服がぼろぼろのスーノとサウムが走ってきた。

 サウムが俺に飛びついてくる。


「無事だったんですわね!!」


「あ、ああ。2人は大丈夫か?」


「もう大変でしたのよ!! 2人だけになったかと思えば、あっちこっちから魔物は出てくるわ槍が飛んでくるわ落とし穴にハマりそうになるわ、壁から刃物が飛び出てミンチにされそうになるわ!! スーノさんがいなければ、死んでましわね」


「そりゃ酷いな……。逆にこっちは精神を惑わせる魔法が仕掛けられていたみたいで、ずっとイライラしてたよ。それよりスーノ、少し休もうか? たくさん回復魔法を使ったのなら、疲れてるだろ」


 スーノの目に力がない。魔力を消費しすぎたのだ。

 イステも無事か気になるが、これ以上スーノを無理させられない。

 すると、スーノはキリッとした目付きになって、


「私なら平気です!! 急いでウェスタさんを助けましょう!!」


 と、拳を握った。


「でも」


「平気です!!」


「……わかったよ」


 こいつ、大人しいくせに頑固だからなあ。

 止めても一人で進んじゃいそうだ。

 それに、スーノは大切な人を失う悲しみを知っている。同じ思いをしたくないというのも、原動力になっているんだろう。


 とりあえず、目の前の扉のドアノブに手をかける。

 鍵はかかっていない。

 そろりと開けてみると、


「お、セントじゃん」


 横たわった巨大な犬の上に、イステが座っていた。

 犬、といってもただデカいだけじゃない。頭が3つある強力な魔物、ケロベロスだ。


「イステ……そいつ……」


「死んでるよ。てか殺した」


 サウムが腰を抜かす。


「ケロベロスは上級悪魔でも油断すれば殺される、最強の魔物ですのに……」


 うーわ、こいつ強すぎるだろ。

 もうこいつ一人に任せてよくね?


 部屋を見渡してみると、あちらこちらに人骨やら鎧、武器が転がっていた。

 かつてこの地下城に入った冒険者たちなのだろう。


 イステがケロベロスから降りてくる。


「気づいたら一人になっててさ、いろんな罠を掻い潜ったら穴があって、落ちてみたらここだったんだ」


 たしかに、天井には穴があった。あそこから落ちてきたのだろう。


「こっからどうしようかなーって悩んでたらぐうぜんセントたちが来たわけ。よかったよ、俺一人って苦手でさ、ほら話し相手がいないわけじゃん? 死んだ犬は喋らないし……あ、この前さ、喋るハトを食ったんだよ!! 友達がさ……」


 イステの長話を聞き流しながら、部屋の奥を見やると、扉があった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 扉の奥には廊下があり、さらにそこから生活感満載の部屋部屋への扉があった。

 洗面所、ダイニング、お風呂場、キッチン。

 どこもかしくも、埃まみれで薄汚い。

 それになにより、罠が一切ないのが逆に不気味だった。


「わー、すごい量の本です」


 そして俺たちは、何万冊もあろうかという本が収められた図書室に足を踏み入れた。

 見上げただけで首を痛めてしまいそうな巨大な本棚が、あちらこちらと設置されており、不思議なことにここだけは埃一つないほど綺麗であった。


 この中に賢者の書があるのだろうか? だとすればあっけなさ過ぎて拍子抜けである。

 とはいえ、この中から探し出さなければいけないとなれば、気が遠くなる。

 いったい何日かかるのだろう。


「スーノ、賢者の書って、どんな装丁?」


「わ、わかりません……」


 残念なことに、本棚はまったく整理されておらず、アルファベット順でもジャンル別でもなく、バラバラに収められていた。

 試しに一冊開いてみる。


「虫と地質の歴史、ね」


 魔法に関係ない本もあるようだ。

 ったく、面倒くさい。


「セントさん、こっちに扉がありますわ」


「まだ部屋があるのか?」


 サウムが指差す扉を開けてみるが、向こう側は暗くてなにも見えなかった。

 危険な罠がありそうだが、賢者の書はこの先にあるのかもしれないという期待もある。


 適当な本を取って投げ込んでみる。すぐに床に落ちた音がしたので、落とし穴の心配はなさそうだ。


「ええい、ままよ!」


 ぴょんっと跳ねるように扉の向こうへジャンプする。

 どうやら廊下に続いていたようで、最初の廊下よろしく、壁にかけられていた松明に火がついた。


「まだ先があるのか……なあ、みんなもこい……よ……」


 瞬間、俺は振り返って見えたものに鳥肌が立ち、全身の血が一気に冷めていくのを感じた。

 壁になっていたのだ。図書室への扉はどこにもない。


「と、閉じ込められた?」


 なんだか無性に怖くなって走り出す。

 見覚えのある扉の前で、別の通路からスーノとサウムがやってきた。


「ふ、二人とも……」


「セントさん! 私たち気づいたら最初のところにいて!」


 廊下の先にあった扉を開けたとき、俺の脳は真っ白に染まって、完全に思考が停止してしまった。

 竜の姿をしたイステが、ケロベロスと戦っていたのだ。

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