第12話 ダブ

「ランク昇格の手続きが終了しました。これよりあなた達は晴れてBランク冒険者となります。おめでとうございます」


 酒場の受付嬢が事務的に頭を下げた。

 いろんなクエストをクリアし、俺はついにBランクへとランクアップしたのだ。

 あとはAランクになり、さらにギルドマスターになれば、ドリングス迷宮に挑めるわけだ。


「ついでで悪いんですが、おすすめのAランククエストはありますか?」


「でしたら本日依頼されたばかりのものが」


 受付嬢が差し出した依頼書を、全員で覗き込む。

 盗賊団『ダブ』の討伐もしくは逮捕。

 瞬間、ウェスタの目が見開いた。


 同時に、サウムが首をかしげる。


「ダブ、どこかで聞いたことがありますわね」


「極悪非道の盗賊団よ、サウム。そして私の姉さんを、攫ったやつら」


「……」


「ずっと捜していた……。まさか、こんな形でその機会が得られるなんて……神は私を見捨てていなかった!!」


 ウェスタの相好が、怒りと笑みの入り混じったおぞましいものへと変貌した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ウェスタの強い勧めでダブ退治の依頼を受けてしまった。

 対人戦闘の実績は皆無だが、このパーティーなら十中八九勝てるだろうし、なによりウェスタのお姉さんを救ってあげたい。


 その後みんなで俺が借りている部屋に集まり、ダブについての情報交換をすることにした。

 といっても、詳しいのは長年追い続けていたウェスタだけなのだが。


「ダブのメンバーは三人。絶対に増えも減りもしない。誰か死ねば即人員を補充するの。有能な人材がいたら、代わりに誰かを脱退させる。だから絶対に三人よ」


「ウェスタ、現在のメンバー構成は?」


「わからない。ただ確かなのは、リーダーだけは結成当初から変わらない。ダークエルフの男よ」


「ダ……」


 ここに来てダークエルフかよ。

 想像通り、スーノが眉をひそめた。

 ウェスタはハッとして、


「ごめん、忘れて」


 端的に話題を変えた。ダークエルフ恐怖症ということにしてあるスーノを慮ってだろう。

 ナイスな判断だ。無駄に誤魔化してボロが出るよりずっとマシだ。

 ダークエルフに関しては俺があとでフォローしておこう。


「戦闘能力は高いわ。それに逃げ足も。プライドよりも命を優先するやつらだから、追い詰めても隙を見せたら逃げられる」


「戦ったことは?」


「ない」


「……依頼書を読む限り、昨夜、富豪の荷馬車を襲って逃走。その際、警備隊との戦闘で負傷し、カリットって街に潜伏しているらしいけど、まだそこにいるかはわからないな」


「だから急ぎましょう」


「そうだな。すぐにでも出発しよう。カリットなら急げば日没までに到着する。各々、準備をしてくれ」


「今度こそ逃さない。姉さんをどうしたのか聞き出してやる!!」


 残りの二人を一瞥すると、サウムが何故か震えていた。

 明らかに動揺し、若干息が荒い。


「どうしたサウム」


「……」


「サウム?」


「へ? あ、いえ、なんでもありませんわ」


「?」


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 出発準備のために女子たちは部屋をあとにしたが、スーノだけは呼び止めた。

 悪いが聞きたいことが山程ある。


「どうしたんですか?」


「知っているか? ダブのリーダーの、ダークエルフ」


「噂だけは。……長老の孫が、故郷の森を追放されならず者になった末、盗賊になったと。おそらくその人でしょう。それ以外のことはなにも。会ったことすらありません」


「そうか」


「知っているのはこれだけですし、ウェスタさんがいたので、言いませんでしたけど」


「ウェスタ?」


「だって、ダークエルフ恐怖症なんですよね? きっとその人にお姉さんを攫われたから恐怖症になったんだと思います。同じダークエルフだとしても、許せません」


「あ、あぁ」


 そうだった、ウェスタもダークエルフ恐怖症ということにしてあるんだった。

 この様子だと、恐怖症の嘘はバレていないようだ。


「私、ダークエルフが近くにいればわかります。ダークエルフは仲間の波長を感じれるので。もしも見つけたら教えます」


「便利だな。頼む。でも……」


 もしウェスタやサウムがそのダークエルフの特徴を知っていたら、スーノがダークエルフだとバレてしまう恐れがある。


「波長を感じたら、『セントさん、頑張りましょう』って言ってくれ。それが合図だ。あとは俺が上手くやる」


「わかりました」


 いつまでダークエルフであることを隠さないといけないのだろう。

 そんな不満がスーノの表情に現れる。


「スーノも準備をしてきてくれ」


 彼女を部屋から出したあと、俺もバッグに必要なアイテムを詰め込んだ。

 ナイフやロープ、食料に水。そして剣に刃こぼれがないか確認していると、


「セント様」


 サウムが入ってきた。


「どうした? もう出発できるのか?」


「悪魔ですもの。準備など入りませんわ。そ、それより……」


 やはり、どうにもおかしい。

 ぎこちないというか、怯えているというか、いつものサウムと明らかに違う。


「心配事でもあるのか?」


「実は……なぜ六〇〇年ぶりに召喚されたわたくしが、ダブなる組織名を知っていたのか、思い出しましたの」


「うん?」


「屋敷の地下のノートに、どこから買ったのか……いえ、なんでもありませんわ。きっと勘違いですわ」


「なんだよここまできて」


「……もし」


 震えた唇で、言葉を続ける。


「大事な人の秘密を抱えていて、その人に話せば嫌われるかも知れないとしたら、どうします? 下手をしたら、他の人たちからも軽蔑されるかも……」


「なんだその質問。俺なら話さない。大事な人、大切な友達。そいつと一緒にいたいからな」


「そ、そうですわよね。もう……ひとりぼっちは嫌ですわ……」


「なにかあったの?」


「忘れてください。そんな偶然、あるはずがないですもの」


「はあ?」


 サウムは会話を終わらせて、出ていってしまった。

 なんだったんだ? ダブのメンバーに、サウムを召喚した悪魔崇拝者がいたとか?

 まあいい、考えている時間はない。


 俺たちは十数分後、馬車に乗り込んでカリットへ急いだ。

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