第7話 日常回……であれ。

「いってええ!!」


 街の広場の中心で、ウェスタに蹴り飛ばされた。


「何回おんなじフェイントに引っかかってんの」


「ご、ごめん」


「接近戦こそリラックスしなきゃダメよ。冷静に、かつ大胆に」


 今日は休日、クエストを管理する酒場はお休みである。

 なのでこうして、パーティーの特攻隊長たるウェスタに修行をつけてもらっているのだ。


「もう一回お願いします!!」


「まったく、しょうがないわね。でも少し休憩、頭冷やして筋肉も休めなさい」


「は、はい」


「日が暮れるまで何回でも相手してやるから」


 案外、というか、ウェスタって世話焼きな面がある。

 姉御肌ってやつか。

 こういう頼りがいのある女、割と好きだ。


「ねえセント、迷宮にある願いを叶える玉って、一つしか叶えてくれないのかな」


「さあ? 俺は玉の効力がなくなりさえすればいいから」


 もう願いは叶わない。そうなれば誰も迷宮に挑まなくなるだろう。


「叶えたい願いがあるの?」


「うーん、まあ」


 そりゃ人間、誰だって願いはあるか。

 ウェスタはやや照れ臭そうに、視線を落として続けた。


「姉さんがどこにいるのか知りたいの」


「行方不明なの?」


「盗賊に誘拐されてからね。ずっと捜してる。……もう一度、一緒にご飯が食べたい」


 切なげに、ウェスタは目を細めた。

 盗賊に拐われた、か。

 十中八九売られたか、もう……。


 仮に最悪の結果だったとしても、玉の力があればまた暮らせるようになるだろう。

 協力してやりたい。


「もし、姉さんがもういないのだとしたら、きっと私は、姉さんの喪失に関わったやつを、片っ端から……」


「ネガティブに考えるなよ。なんて名前なの?」


「レイテ」


「なにかわかったらすぐ知らせるよ」


「ありがとう」


「なんのなんの、そのための仲間でしょ?」


 ウェスタはポカンとするなり、クスクスと笑い出した。

 なんだよ、変なこと言ったか?


「あんた、よくそんな恥ずかしい台詞言えるわね」


「え、恥ずかしいか?」


「かなり。でも嬉しい。姉さんが見つかったら、まず最初に紹介するわ。私の頼れる仲間だってね」


 大人びた笑みは妙に眩しく、数秒も直視できなかった。

 この笑顔のためなら、俺はなんでもできるかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※ここからスーノ視点です。



 今日は休日なので、杖を新調するべく街に繰り出すことにしました。

 長年愛用していた杖なのですが、さすがにもうボロボロで、持っているのがちょっぴり恥ずかしくなってきたのです。

 セントさんにはできる限り、オシャレな私でいたいですし。


「あれ?」


 人混みの中で、サウムさんを見かけました。

 辺りをキョロキョロしていて、まるで迷子の子供のようです。


「サウムさん」


「あ、スーノさん」


 知り合いを見つけたからなのでしょうか。嬉しそうに走ってきました。

 近づかれて改めて思うんですけど、サウムさんは本当に美人です。私なんかよりもずっと大人っぽくて、美しい。

 でも女装が趣味の男性らしいんですよね。私、男に負けてる……。


「なにしてたんですか?」


「せっかく召喚されたので、現代の街を散歩していたのですわ。わたくしが前に召喚されていた六〇〇年前とは、だいぶ変わっていますわね。人が多くて、建物もレンガ? というので出来ていて」


「昔は違ったんですか?」


「あの頃は泥を固めた家ばかりでしたの」


「泥で家を? へ〜」


「せっかくですわスーノさん。街を案内してくださる?」


「もちろん、喜んで」


 私は神を信仰しているので、悪魔と仲良くするのはご法度なのでしょうが、サウムさん相手だとついつい心を許してしまいます。

 たぶん、人間じゃないからでしょうかね。人間は信用ならないので、それに比べたら悪魔の方がマシ、みたいな。

 あ、でもセントさんとウェスタさんは別ですけどね。


 それから武器屋で杖を買って、適当に街をぶらぶらしました。

 都会なだけあって、どこも人がいっぱいです。エルフや獣人も紛れていますが、九割人間です。この中に私の家族や仲間を殺した人間がいるのかと思うと、怒りがこみ上げちゃいます。


「エルフ、なんでしたわね?」


「あ、はい」


 本当はダークエルフですけど、セントさんにエルフと偽っておくようお願いされたので、渋々エルフを名乗っています。

 ちなみにエルフ族は、古くから人間と密接な関係にあるため、ダークエルフのように迫害はされていません。

 エルフとダークエルフの違いですが、肌の色だけでなく、好戦的か否か、肉食を好むか否か、夜行性か否か、などなどいろいろあります。

 私は混血なので、互いの特徴を持っていますけど。


「出身はどちら?」


「えーっと、森、です」


「エルフ族の森ですの? まだあそこにエルフがいたのですわね。もうみんな人間と共存しているとばかり」


「ま、まあ」


 ダークエルフの森、とは言えません。

 それにしてもサウムさん、ほんのり良い匂いがします。それにスタイルもよくて……あれ? 胸の膨らみはなんなのでしょう? 男性なら胸は大きくならないはずなのに。

 詰め物ですかね。

 サウムさん、心は女性みたいですし、あんまりこういう質問とかするのは失礼なのでしょうか。

 ……そもそも、サキュバスは女性しかいないはずじゃ?


 難しいこと考えるのはやめましょう。セントさんが男だって言うのなら、男のはずですから。


「サウムさんは魔界出身なんですよね? どんなところなんですか?」


「魔界……。寂しいところですわ」


「なにもないんですか?」


「あるにはありますわ。自然も、温泉も、城も。……でも、ほとんど同族がいないのですわ。たくさん飛び回って、ようやく見つかるぐらい。話があう悪魔なんてほぼいませんわ。悪魔は、数が少ないですから」


 寂しいって、仲間がいなくて寂しいってことだったんですね。

 最低でも六〇〇年はひとりぼっちだったなんて、可哀想です。


「だから、セント様たちに会えて毎日が楽しいですわ」


 私も、その気持ちわかります。

 同族が皆殺しにされ、孤独だった私を、セントさんが拾ってくれたわけですから。

 いつかみんなを蘇らせて、紹介するんです。私の、この世で最も大好きな人たちですって。


「そういえばまだちゃんと言えていませんでしたわね。はじめて会ったときは、乱暴してごめんなさいですわ」


「い、いえ、そんな。……サウムさんの他に、悪魔は召喚されたんですか? 悪魔崇拝者たちに召喚されたんですよね?」


「召喚されたのはわたくしだけですわ。サキュバスなら飼いならせると高をくくったのでしょう。苛ついたのでつい、殺っちゃいましたけど」


 じゃあ屋敷の腐乱臭はやっぱり……。


「そもそも、あそこに住んでいた連中は金も力もなかったみたいで、贄を一人しか用意できなかったようですわ」


「贄って、悪魔の召喚に必要な?」


 どんな悪魔でも、召喚するのは生贄が必要なのです。

 多くの場合、若く生命力のある人間が選ばれます。

 つまりサウムさんは、人の命を犠牲に召喚されたわけなのです。

 なんだか物哀しいですが、サウムさんだって好きで召喚されたわけじゃないでしょうし、彼女を責めてもしょうがありません。


「どんな人が……」


「わたくしも知りませんわ。ただ、地下にあった悪魔崇拝者たちのノートによれば、盗賊から買った女性らしいですわ」


「盗賊から?」


「おそらく、もともと攫われた人間だったのでしょう。可哀想ですが、わたくしにはどうすることもできませんわ」


 もしそうなら、とことん不憫です。

 盗賊に攫われて、悪魔崇拝者に買われて、悪魔召喚の生贄にされたなんて。

 名前だけでもわかったなら、お墓参りができるのに。


「きっとその人の家族、いまでも帰ってくるのを待っているんでしょうね。……あ! すみません、こんな話」


「構いませんわ。さあ、次はどこにいきますの?」


 それから日が暮れるまで、私はサウムさんとお散歩しました。

 男の人とふたりきりだなんてはじめてで、ちょっぴり意識しちゃったのは秘密です。

 セントさん、いまごろどうしてるかな……。

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