第4話 サキュバス、サウム!
腹から血が止めどなく溢れてくる。
一緒に熱が抜けていくようで、気持ち悪いくらいに悪寒が全身を駆け巡る。
これはマズイ。本当に死んでしまう。
「わたくし、偉そうな男が大嫌いですの」
「ス、スーノ」
唖然としていたスーノはハッとして、杖から光を放った。
回復魔法だ。まるで時間が戻ったかのように、傷が塞がり、痛みも和らいでいった。
すでに失われた生気も回復したようで、俺は咄嗟にサキュバスから距離をとった。
「ありがとスーノ。ウェスタにも!」
「は、はい!」
ウェスタも生気が戻り、同様に後退する。
「あれが噂のエナジードレインってやつなのね。ねえスーノ、魔法であれ防げないの?」
「魔法なら防衛魔法で防げます。でもサキュバスさんのエナジードレインは魔法ではないのです! 悪魔族が各々持っている能力。ヘビが温度を探知できるように、特技なのです。同等以上の悪魔でないと弾くことはできません」
無条件で相手を弱体化するのか。
理屈はどうあれ、エナジードレインとやらを掻い潜る手段を考えないと。
十中八九、目が光るのが発動の合図なのだろうが。
思考を巡らせていると、サキュバスがスーノを睨んだ。
「ヒーラーですのね。面倒ですわ」
サキュバスが一気に距離を縮めてくる。
狙いはスーノだ。まずい、あの子がやられたら勝ち目がなくなってしまう。
「生気、いただきますわ!!」
「ひっ!」
瞬間、サキュバスの目が光る前にウェスタが立ちふさがり、思いっきり蹴り飛ばした。
さすがの反射神経!
「くっ!」
諦めず、サキュバスがまた突っ込んでくる。
またウェスタが対応しようとしたが、
「倒す手段はいくらでもありましてよ!」
サキュバスはそのまま突進し、ウェスタとスーノを吹っ飛ばした。
スーノは壁に打ち付けられ、気を失ってしまったようである。
「スーノ!!」
いよいよ険しいな。
くそっ、やっぱり生き急いでんのかな俺。
謙虚にキノコ狩りでもしてろって?
「安心なさい。わたくし女の子には優しいんですの。命までは奪いませんわ」
ウェスタ共々、サキュバスから離れる。
何か手はないか。
やつの弱点はなんだ? また生気を吸われたら終わりだぞ。
そういえば、こいつはなんでわざわざ突進してきたんだ?
エナジードレインには、有効範囲がある。ということなのか。
何メートルなのだろう。そもそもあの目の光りを目視しなければ大丈夫なのか。
ダメだ、試している余裕はない。確実に判明している、有効範囲があるという事実を上手く利用するしかない。
しかし俺もウェスタも遠距離攻撃なんぞできないぞ。
……まてよ。
「ウェスタ、ちょっと」
小声でウェスタに指示をだす。
「なにそれ、勝率は?」
「三割」
「ぬー、でもやるしかないわね。私、大口叩いてまったく活躍できていないし」
ウェスタの決意が固まると、サキュバスが俺たちを嘲笑した。
「作戦会議は終わりですの? さあなんでもやってごらんなさい。人間風情では高貴なる悪魔に勝てぬこと、身を持って教えてあげますわ」
「その前に一つ、質問がある。どうして人々の生気を吸うんだ?」
「食事の代わりでーー」
言い終わる寸前でウェスタが槍を構えて突進する。
サキュバスは驚きながらも、
「浅はかですわね」
後退するが、ウェスタが追撃を仕掛ける。
さすがはフィジカルに自信があるようで、間一髪攻撃をかわされながらも、素早い槍さばきで次々とかすり傷を与えていく。
サキュバスは防戦一方といった具合で、ロクに反撃ができていない。
なるほど、エナジードレインの発動には僅かながら時間が必要なようだ。いまさら作戦に影響はないが。
このまま長期戦に突入すれば勝てるのかもしれないが、万が一にも隙きを突かれてエナジードレインを発動されたらオシマイである。
ならやはり……。
「ウェスタ!」
合図をすると、ウェスタの動きが止まった。
「いまですわ!」
サキュバスの目が光る。ウェスタの生気が一瞬にして吸われていく。
離れた位置にいた俺は無事だ。
さあ来たぞ。待っていたんだこのときを。
「あぁ、いまだな!!」
目が光っているその刹那、俺は剣と鞘をサキュバスに投げつけた。
遠距離攻撃ができなくとも、投げるものならいくらでもある。
刃が貫通することはなかったが、突然の投擲にサキュバスは怯み、目を閉じる。
その機を逃すまいとサキュバスをタックルする形で押し倒す。
さらに手で目を覆い、懐に忍ばせていたナイフを突きつけた。
「勝負ありだ。下手な真似をすれば即切る」
「……くっ」
思ったとおり、目を閉じてしまえばエナジードレインは使えないようだ。
生気を吸われ、ぐったりとしているウェスタが、ちょっぴり笑う。
「や、やったわね」
興奮と歓喜が押し寄せる。
勝ったのだ。Bランククエストの悪魔に。ひよっこの俺が。
それもこれも、ウェスタとスーノがいてくれたからこそ。パーティーを組んで大正解だ。
「人間ごときに、負けるだなんて」
「エナジードレインに頼りすぎたな」
「ふっ、命乞いはしませんわ。好きになさい」
「そうか。なら俺のパーティーに加わってくれ」
「……は?」
これからどんどん難しいクエストに挑むつもりなのだ。
強制的に弱体化させる力は、ぜひとも欲しい。
「仲間になれと?」
「そういうこと」
ウェスタが弱りきった声を絞り出す。
「あんた、なに考えてんの。こいつは悪魔よ。裏切るに決まってる」
「裏切らないさ。高貴な悪魔様は助かりたいがために人間如きに嘘はつかない。だろ?」
サキュバスが鼻で笑った。
「煽りますのね。しかしわかっていますの? 悪魔を仲間をするということは……」
「なんだろうと構わない。俺はさっさとドリングス迷宮を攻略したいんだ」
「なぜそこまで……」
「どんな願いでも叶える玉。そんなものがあるからいろんな冒険者たちが挑んで、死ぬ。俺の父さんのように。だから消してやるのさ、その玉を。もう、誰も迷宮に挑まないようにするために」
ウェスタたちには黙っていた本音だったが、勝利の高揚感に酔うあまり、つい口にしてしまった。
これを聞いたウェスタはどんな反応をしているだろうか。気になって一瞥したが、それどころじゃないかのように酷くやつれていて、感情が読めなかった。
サキュバスが頷いた。
「いいでしょう、仲間になって差し上げます。どのみち、負けてしまった以上、わたくしに決定権はありませんし。それに」
「それに?」
「わたくしは自分より強い殿方が大好きですの♡ 一生お仕えしますわ♡」
「そ、そりゃよかった」
目を覆っていた手を離し、剣を収める。
サキュバスのつぶらな瞳が、俺をじっと見つめた。
「悪魔に仲間になれというのなら、契約を果たさねばなりませんわね」
「契約?」
途端、サキュバスはぐっと顔を近づけ、俺と唇を重ねやがった。
「!?」
「仕える代わりに、あなたはわたくしと運命共同体になる。それが契約ですわ」
「……」
うわーびっくりした。
サキュバスにファーストキス奪われちまった。
運命共同体ってなにを勝手に抜かしているんだこいつは。俺がなってほしいのはただのパーティーメンバー。下僕がほしいわけでも恋人になってほしいわけでもない。
とはいえ、ここで拒絶してはメンバーになってくれないだろうな。
うーん、まあいいか。仲間になってくれるならそれで。
よく見ると美人だし。美人に好かれるのは気分が良いし。
「契約を交わしたことにより、わたくしはあなた様が生きている限り、無制限にこの世界に留まれますわ。わざわざ人間の生気を吸う必要がなくなりましたの」
なるほど、街で悪さをしていたのは、この世界に留まりたいからだったのか。
悪魔は普段、魔界にいると聞いたことがある。どんな世界かは知らないが、こっちの世界の方が過ごしやすいのだろう。
「そりゃ、よかった。俺はセント、これからよろしく」
「サウムですわ。ところで、他の女性たちはあなた様のなんですの?」
「パーティーメンバーだけど?」
「それはよかったですわ。もしあなた様の女だったとしたら、いくら女の子でも嫉妬で殺していましたから」
「え」
こいつヤンデレ属性だったのかよ。
ていうか負けた途端に態度変わりすぎだろ。
さっきまで男を見下す生意気な女だったのに、チョロすぎんだろ。
「サキュバスは一度仕えると決めた相手には、とことん尽くすのですわ。他の虫が寄り付かないように」
「あ〜、わ、わかった」
「はぁ、わたくしより強い男。かっこよくて素敵ですわ♡」
サウムがもう一度俺にキスをしてくる。
柔らかい唇と良い匂いちょっと興奮してしまう。
呆れ気味に、ウェスタがため息を付いた。
「人がふらふらなのに、なにイチャついてんのよ」
「あ、ごめん」
そうだ。スーノも起こさないと。
そういえばスーノ、俺のこと好意的に見ているけど、サウムの嫉妬心を刺激したりしないよな?
別にスーノが俺を恋愛的な意味で好きになったわけじゃないんだし、大丈夫か。
こうして、サキュバスのサウムがパーティーに加わった。
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