第3話 初クエスト!!

 なけなしの財産で馬車を借り、二つ隣の街へ向かう。

 そこから山の中腹へ徒歩で目指している最中、ウェスタが大仰にため息をついた。


「遠いわね〜。本当にこの先に悪魔崇拝者の屋敷があるの?」


「ギルドの情報に嘘はない。傾斜がキツイけど、がんばろう」


「にしてもあんたも懲りないわね。Cランクのゴブリン退治すらままならなかったのに、まさかBランクのサキュバス退治を受注するなんて。受付も苦笑いしてたわよ」


「昨日キノコ狩りしているとき思ったんだ。ぬるいクエストより、常に困難なクエストに挑んだほうが、得られるものが多いって」


「生き急いでるだけでしょ。案外せっかちなのね。まあ、私がいればどうにかなるだろうけど」


 せっかちなのは認める。

 ギルドマスタークエスト以外なら、低ランクでも受注できる。

 本当ならAランククエストを受けようと思ったのだが、さすがに怖かったのでやめた。


「悪魔だろうがなんだろうが、ぶっ倒してやるわよ」


「頼もしいね」


 秘密裏に活動していた悪魔崇拝者たち、そいつらが上級悪魔のサキュバスを召喚したらしい。

 なんでも、そのサキュバスとやらは毎晩街へ繰り出し、人の生気を吸っているのだとか。

 で、そいつを退治せよ、という依頼である。


「セントさん、ウェスタさん、疲れているなら任せてください」


 スーノが杖をかざすと、先端から緑色の光が放たれた。

 足に蓄積した疲労感がどんどん解消されていく。

 なるほど、これが回復魔法か。


「助かるよ、ありがとうスーノ」


「えへへ。セントさんのためですから」


 なんだか随分好かれてしまったな。

 おそらく、これまで俺以外の人間と親しくしたことがなかったのだろう。

 ダークエルフという身分を隠し、一人でゴブリン退治をしていたのが根拠。


「あれかな?」


 大きな屋敷が見えてきた。

 白い外壁、赤い屋根。至って平凡な屋敷。

 とはいえ、こんな山の中腹にある時点で、ものすごく不自然なのだが。


「油断せずに行こう」


 玄関扉に鍵はかけていなかった。

 中は薄暗く、陽の光が差し込む窓は汚れている。

 天井の隅には蜘蛛の巣があり、階段の手すりはホコリまみれ。

 ということは、


「いないんじゃないのか? 悪魔崇拝者たち」


 スーノがクンクンと鼻をならす。


「血の匂い……いやこれは……腐敗の」


 不快そうに、スーノは手で鼻を塞いだ。

 怪しいな。サキュバスは人を攫ってはいない。悪魔崇拝者たちの死体でもあるのか?


「スーノ、あんた鼻がいいのね」


「はい。ダーク……じゃなかった。エルフなので」


「ほーん。鼻がいいといえば私が倒したダー」


「ぬわあああ!! ウェスタ、スーノ、薄暗いから足元に気をつけろよ!!」


 なに考えてんだウェスタのやつ。

 スーノもだ。言いかけてただろ自分の正体。

 ただでさえ不気味な屋敷にいるんだからヒヤヒヤするような発言すなよ。

 スーノに聞こえないよう、こっそりウェスタを叱ってやる。


「お前な……」


「ごめんごめん、ダークエルフ恐怖症なの忘れてた」


 ごめんで済むか!

 知らないだろうけど、お前はスーノの仲間の仇なんだぞ!!


「気をつけてくれよ」


 まったくもう……。

 にしても怖いくらいに静かだな。サキュバスはいったいどこにいるんだ?

 相手の実力が不明な以上、手分けして捜すわけにもいくまい。

 

 しらみつぶしに扉を開けていき、一番大きな寝室に入る。

 大きなベッドの上で、美しい女の子が眠っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「この人が……サキュバスさんなのでしょうか?」


「さあ?」


 昼間だというのに、少女はスヤスヤと眠っていて、無防備そのものであった。

 こんな屋敷で熟睡している以上、ただの人間ではないのは明らかだが、どうしたものか。


「セント、いまのうちにサクッとやっちゃう?」


「うーん、さすがにそれは気が引ける」


「甘いわね」


 とりあえずゆさゆさと体を揺さぶってみる。


「あのー」


「んー、なんですの」


 上半身を起こし、目にかかった長い白髪をかきあげる。

 少女はじとーっと俺たちを睨むと、はぁ、と深々にため息をついた。


「人間ごときがわたくしを起こすとは、無礼きわまりないですわね。万死に値しますわ」


「そりゃご挨拶だな。お前が悪さしているサキュバスか?」


「だったらなんですの?」


「どうして夜な夜な、人間の生気を吸っているんだ」


「答える必要がありまして?」


「……なら、お前に選ばれた道は二つ。この土地から出ていくか、ギルドへ連行されるか」


「あなたに選ばれた道は一つ。ここで死ぬ、ですわ」


 途端、ウェスタが槍を構えて突っ込んだ。


「先手必勝!」


 サキュバスが驚異的な反応速度で回避する。

 ウェスタがさらなる追撃を仕掛けようとしたとき、サキュバスの目が紫色に光り、


「!?」


 ふらりと、ウェスタは急に座り込んでしまった。

 ウェスタだけじゃない。俺もだ。全身から力が抜けて、情けなく尻もちをついてしまった。


「なんなのよ、これ」


「ふふふ、生気、ごちそうさまですわ」


 サキュバスは生気を吸い取るとは知っていたが、もう吸われてしまったのか?

 目が光っただけだろ?

 なにか策を練らないと……。

 くそっ、ぼーっとして頭が上手く働かない。


「さあ、死になさい!」


 サキュバスの鋭く長い爪が、俺の腹を貫いた。

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