十三話

「最初に、私のことを話しておきたい」


 そう言うと老人は机の上で手を組む。


「そうね。行方不明者の中に該当する人物はいなかったようだし、一体どこの誰なのか……あなたの素性も気になっていたわ」


「行方不明者では、おそらく見つからないだろう。私はすでに死んだ人間にされてるはずだ」


「死んだ人間? どういうことなの?」


「私の名は、トルヴァルド・クラーグ……先代の国王陛下、つまりあなたのお父上の時代に、獣人族の調査のために召集された兵士の一人だ」


 調査と聞き、私は思い出す。


「昔、調査隊が送られたという話は聞いたことがあるけれど、獣人に襲われ、帰った者はいないと……」


「そうだ。我々の隊は遭遇した獣人に襲われ、皆命を落とした。私以外は」


 記憶によれば、その調査隊員の死体は発見されているが、全員だったかどうかはわからない。


「あなたは、その生き残りだというの?」


 クラーグはゆっくりと頷く。


「幸か不幸か、そうなってしまった……軍が昔の資料を廃棄してなければ、兵士として私の名が記されてるはずだ」


 かつての調査隊員で、元王国軍兵士だったとは……。


「生きていたのならば、なぜ帰らなかったの? 洞窟内で見たあなたは、自由に歩いていたように思うけれど」


「当時は私も怪我を負わされ、とても動ける状態ではなかった。やって来た獣人にされるがままに連れて行かれるしかなく、帰るに帰れなかったのだ。そこで私はさらなる苦痛と死を覚悟したが、待ってたのは真逆のことだった。獣人は私を治療し始めたのだ」


「他の隊員を殺しておきながら、あなたのことは助けようと?」


「矛盾した行動は私の頭を混乱させ、疑いを抱かせた。何かよからぬことをたくらんでるのではないかと、現れる獣人の一挙一動を毎日見張った。しかし、行われるのは正しい治療だけだった。彼らは、純粋に私を助けようとしてるだけだったのだ」


 純粋に――その言葉は地下牢にいるファウスタを思い出させる。彼女も純粋に人間に憧れ、人間になりたがっていた。


「獣人はなぜそんなことをしたの?」


「後にわかったことだ。獣人族内にも平和主義者がいるのだ。人間との争いを拒み、平和的に暮らしたいと願う者達がいる。その反対に、人間や羽人族を敵視する者達もいる。隊を襲ったのはまさに彼らだ。人間など、単なる害でしかないと考えてる」


 意見の二分――私がまさに見て感じたことは、間違いではなかったようだ。


「平和主義の獣人に助けられ、あなたは回復したのね。けれど王国へ帰ることはなかった……その理由は?」


 少し間を置くと、クラーグは言った。


「拘束されてたわけでもなく、隙を見て逃げ出すことも出来たが……どうもその気が起こらなかったのだ」


「看病してくれた獣人に親しみでも湧いてしまったの?」


 これにクラーグはわずかに苦笑する。


「親しみ……それもあったかもしれない。長い期間、毎日世話をされ、目が合えば笑顔を交わすほどになってた。獣人族は野蛮な種族という思い込みは、このことで粉々に打ち砕かれたのだ。まったく違う光景を目の当たりにして、私は強い興味を抱いた。だからもう少しいたかった――それが、一番の理由だろうか。私に王国で待つ家族や恋人でもいれば、また違った心境になったかもしれないが、当時はそんな存在はおらず、帰ろうという意志は希薄だった」


「調査隊は私が生まれる前の話よ。あなたは何十年留まっているの?」


 クラーグは宙を見つめ考える。


「……かれこれ、四十年ほどは経つと思う」


「その四十年間、一度も帰ろうとは思わなかったの?」


「さすがに一度もということはない。王国の食事や街の風景が恋しくなる時もあった。だが頭に必ずよぎるのだ。隊で自分だけが生き残ってしまったことを。そして、獣人の手で生かされたことを。ふらりと帰ったとしても、私はすでに死んだことにされてるだろうし、事情を聞かれれば獣人の治療を受けてたことも話さなければならない。それによって、先ほど陛下の兵士が言ってたように、私は裏切り者扱いされかねない。そんな目に遭うのならば、恋しさは辛抱してここに留まったほうがいいと思ったのだ」


 なるほど。特異過ぎる経験の上での判断ということか。


「あなたのことを城の者達は皆、裏切り者と思っているわ。そういう行動を起こしたことは?」


「そういう行動というのは……?」


「たとえば、私をさらうよう助言した、とか」


 そう言って見つめると、クラーグはすぐに気付いた表情を浮かべた。


「ああ、あの時の……あれは、本当に申し訳ないことをしてしまった。私の言い方が悪かったのかもしれない」


「では、やはりあなたが獣人に――」


 クラーグはすぐさま首を横に振った。


「私に責任がないとは言わない。だが、そういった指示を出したことはない」


「指示を出していないのなら、なぜ獣人は私をさらったの?」


「それは……私と親しくする者の一部が、私の言葉で先走ってしまったのだ。決して悪意ある行動を起こしたのではなく、私も背中を押したわけではない」


 これまでの話と、あの時の獣人の対応を思えば、確かに悪意というものはなかったのだろう。しかし、さらわれたことは事実なのだ。


「悪意の有無はいいわ。先走った行動をなぜ獣人はしたのかよ。戦場での今までにない獣人達の動きはあなたの影響と思っていいのかしら?」


 クラーグは目を伏せる。


「否定は、出来ない」


「だからあなたにも責任があるというのね……一体何を話したの?」


「日々思ってることを話しただけだ。どうにか、王国国王に私達の話を聞いてもらうことは出来ないものかと。私は争いは避けたかった。平和的に話す方法はないかと話し合っただけだったのだが……どうやら、それに応えようとしてあんなことをしてしまったらしい」


「ということは、さらった獣人は私が王だと知っていたの?」


「いや、確信はしてなかったはずだ。私も現国王が女王であることすら知らなかった。ただ、建国時からのしきたりで、国王は獣人との戦いに加わらなければならないと教えてたから、その話から陛下を特定したのかもしれない」


 ルギル兵を率いて、周りに指示を出すのを見れば、さすがに獣人でも私が他の兵士とは違うと感じただろう。


「けれど、あなたは私がさらわれて来た時、会いに来てはいないわ」


「その報告は受けてたが、まさか国王陛下とは思わず、一兵士をさらって来たのだと思ったのだ。だから私は間違った行いだと、会うことを拒否してただちに解放するよう言った。しかし話すだけ話してほしいと説得され、仕方なく向かったところで……」


「逃げる私と出会ったのね」


 クラーグは静かに頷く。次第に状況はわかってきた。


「あの時、我々は敵じゃないと言ったのは、思いを伝えるためだったの? それとも戦いを止めるため?」


「そのどちらでもあるが、違う」


 この答えに私は思わず首をかしげた。


「……どういう意味?」


 するとクラーグは力のこもった眼差しを向けて言った。


「これが、本題だ。私が陛下に話し、伝えたいことなのだ」


 一瞬訪れた静寂の間を緩い風が吹き抜けて行く。ランプの灯りの揺らめきが収まると、クラーグはその本題を話し始めた。


「話した通り、私は獣人族と四十年ほど暮らしてる。その間、彼らの生活を観察し、仕事を手伝い、言葉を覚えた。互いの気持ちが通じるようになってからは、より獣人族というものを理解出来るようになった。彼らは野蛮ではない。むしろ人間と変わらない心を持って暮らしてる」


「あなたの言う平和主義の獣人はそうでしょう。けれど人間を襲いに来る獣人達は当てはまらないわ。あれが野蛮でないのなら何だというの?」


「彼らには、彼らなりの理由というものがある」


「ただ目の前にいただけの人間を殺すのに、理由などあってはならないわ」


「だが獣人の多くは日々募る憎しみに囚われてしまってるのだ」


 この言葉に私は唖然とした。


「……憎しみですって?」


「そうだ。家族や友人が人間に殺された者は、心に深い傷を負いながら憎しみを抱えてる。呼び名に獣と付いてても、彼らは獣ではない。私達と同じように大事な人を想い、その心には愛もある。しかしそれを失った者は人間への憎しみ、恨みの感情を持て余し、さらなる戦いを生んでしまってるのだ。私はその連鎖を止めたいと――」


「家族や友人を失っているのはこちらも同じよ。けれど民や兵達は獣人のように無闇に命を奪ったりなどしていない。憎しみに囚われようとも、胸に抑え込んでいるの。まるで人間が憎しみの元凶のように言うけれど、それはこちらの言葉よ。獣人族が襲いに来るから、私達は身を守っているの。憎しみを募らせているのは獣人族自身の行いだとは考えないの?」


 クラーグは冷静な表情でこちらを見ている。


「獣人族には頑丈な体や腕力という武器があるように、人間にはそれに対抗出来るルギルという武器がある。しかしその数は限られてる。だが、もし全兵士に行き渡るほどの数が揃ってたらどうだ。陛下はただちに獣人族を打ちのめそうと動くのでは?」


「当然よ。あり得ない話ではあるけれど」


「つまり王国の人間は憎しみを抑え込んでるわけではないのだ。それを吐き出す手段が今はないだけのことだ。獣人族だろうと人間だろうと大きな違いはない。心理も、戦いで傷付いた心も、よく見れば同じものなのだ」


 それには一理ある。現に私は殲滅作戦の実行を探っているし、そのための戦力不足も自覚している。仮に全兵士がルギルを手に出来る状況になったとすれば、私は迷わず出陣するだろう。だがそんな状況はまずない。羽人族の長は再三頼んでも一本すら譲ってくれないのだ。こちらには獣人族に対抗し得る力がわずかしかなく、手段がないと言われればその通りではある。人間と獣人族の力が入れ替わることがあるのなら、その時は私達が勇んで攻め込み、復讐心をぶつける立場になるのだろう。結局、互いの心理は同じもの……その考えは理解出来る。だが、人間と獣人族に違いはないというのは、また別の話だ。


「いいえ。同じとは思ってほしくないわ。私達は私欲で他種族を襲おうとしたことは一度もないのだから。戦いはあくまで防衛のため。そうさせる発端は獣人族にあると知らないわけではないのでしょう? 私達人間がこの大陸に渡って来たばかりの頃、羽人族は獣人族の襲撃に悩まされていた。だから私達は国作りに協力してもらう代わりに彼らを守り、獣人族を撃退する約束を――」


「それこそが間違いの始まりだ」


 鋭い眼差しが言葉をさえぎり、こちらを見た。


「……間違い? 何が違うというの? これは子供も知る常識よ」


「王国に限ってはそうだ。だが、獣人族に言わせれば違う。獣人は羽人族を襲ってなどない。抵抗してただけなのだ」


「何に抵抗していたというの?」


「もちろん、羽人族にだ」


 あまりに突拍子もない話に、私は驚いてすぐに言葉が出なかった。


「……何を、言って……」


「人間の常識とは逆なのだ。襲いに来てたのは羽人族のほうだった――それが、獣人族での常識だ」


「……そんな話、自分達に都合よく作り変えたことよ」


「私も知った時はそんなふうに思った。だが彼らを深く知ると、本当ではないかと思うようになった。なぜなら、獣人族が羽人族を襲う理由というものがないからだ」


「そんなもの、いくらだって――」


「いや、ないのだ。獣人族は森に生る果実や植物、そしてそこに住む野生動物を食料としてる。言ってしまえば森を出る必要がない生活を送ってるのだ。対して羽人族の住み処は切り立った崖が多くある渓谷だ。川の水や石材などは豊富だろうが、遠目から眺めても緑には乏しい地で、森の食資源にはとても及ばない。そんな場所に住む羽人族を妬むような獣人は一人もいない」


「何も領地だけが理由とは言えないわ。同じ大陸にいるのだから、些細な衝突があったのかもしれないし」


「言ったように、獣人族は森の中だけでも暮らしていける。わざわざ外へ出向く必要も、そこに求めるものもなく、行動範囲は限られてる。彼らは警戒心が強い。自分達の領域から出て羽人族にちょっかいを出そうと考える者はいない。わかってることだろうが、羽人族と獣人族の住む場所はそれなりに距離がある。羽人を捜すだけでも一苦労だろう。そんなことに労力を使う理由はない」


「でも、獣人族は森を出て私達を襲いに来るわ」


「それは憎しみに駆られてるからだ。抱えたものを晴らしたい一心なのだ」


「けれど、あなたの話では最初に襲って来たのは羽人族なのでしょう? その憎しみがなぜ人間に向けられるの?」


 クラーグは深刻な表情を浮かべた。


「真の悪は羽人族と多くの者はわかってる。だが実際に家族や友人を手にかけたのは人間だ。すぐにはたどり着けない羽人を捜すよりも、近場にいる人間に復讐するしかないのだろう。王国は長い時間、あまりに多くの獣人の命を奪ってしまった。彼らの考え方はそう簡単に変えられないかもしれない」


 悪は羽人族――その言葉にぴんとこないまま、私は聞いた。


「そもそも、羽人族はなぜ獣人族を襲ったというの? 何か理由や証拠があるの?」


「証拠はない。理由も、不明だ」


 私は拍子抜けしてクラーグを見た。


「ふっ、やはり都合で作り変えた話のようね」


「この話は数百年も前の話だ。何もわからないのは当然のこと……」


 するとクラーグは私をじっと見据えた。


「逆に言えば、羽人族が獣人族に襲われてたというのも、作り変えられた話であると言えるはずだ」


「羽人族が私達に嘘をつく理由などない」


「獣人族は疑いながら、なぜ羽人族だけは信じられるというのか。同じ人間ではないのに」


「獣人族は人間を襲うわ。そんな者を信じられるわけが――」


「羽人族は協力すると言いながら、人間を自分達の剣と盾として使い続けてる。命を落とすのは獣人と人間だけ。そして彼らはその様子を安全な場所から傍観してる……この状況、何かおかしさを感じたことは?」


 聞いてくる視線に私は思わず黙り込んだ。胸の奥を掘れば、正直そんな疑問ばかりが埋もれている。


「……どうやらあるようで。さすが王国国王だ。羽人族の外面ばかりに気を取られてはなかったか」


「どういう意味?」


 するとクラーグは机に両肘を立て、手を組んだ。


「私は獣人族から様々な話を聞いてから、漠然と思うことがあるのだ。それは、私達が戦うことに、羽人族の意思が強く働いてるのではないかと」


「それはそうでしょう。人間は羽人族を守ると約束して――」


「そういうことではない。約束うんぬんではなく、また別の戦わせる意思だ」


「別……?」


 首をかしげる私にクラーグは小さく頷く。


「王国の状況を考えると、そこへ行き付いた。人間がルギルを渡されてから数百年……陛下、現在も王国にあるルギルは十本だけなのだろう?」


「だとしたら、何だというの?」


「そんな長い時間があれば、ルギルをさらに作り出そうと考えるのが普通だ。武器が多ければそれだけ獣人族の撃退数は増え、身の安全も増すからだ。しかし羽人族はその数を未だに増やしてない。王国が発展し、領地も広げ、守るべきものと範囲が多くなったというのに、十という数は頑なに守られ続けてる。おかしな話だ。まるで人間の犠牲になど無関心のようにも思える。さらに言えば、獣人族を討ち果たす意欲も感じられない。本気でそう考えるのならば、ルギルは数十本、数百本なければいけないはずだ」


 クラーグも私と同じような疑問を抱いている。なぜ新たなルギルを譲ってくれないのか、なぜ獣人族殲滅に消極的なのか……。


「羽人族の態度は、人間が戦ってくれればそれでいいと言ってるかのようだ。戦いさえすれば、他のことはどうでもいいと……いや、むしろ戦い続けさせてると言える。犠牲や被害が増えようとも、彼らはルギルという助けを一切差し出さない。それは人間と獣人族との戦いを傍観し続けたいという意思とも感じられないか?」


 私には判断が付かない。確かに多くの疑いはあるが、羽人族が戦いを続けたい意思を持っているかなど、ここではわかりようがない。


「ルギルの数が増えないことを理由に、そこまで飛躍した話になるのはどうかしら。彼らには彼らなりの理由があるのかもしれないわ」


「ふむ、たとえば?」


「何かの理由で、ルギルを作れない状況にあるのかも……」


 これにクラーグは怪訝な目を向けてくる。


「本当にそう思うのか? 数百年間、一本も作れない理由とは何だ。技術が消失でもしなければそんな状況にはならないだろう。たとえそうだったとしても、羽人族はなぜ正直にそう言わない? 人間に技術を失ったことを隠して、一体何の得がある?」


 反論を聞きながら私は閉口した。これはあくまで可能性であり、本気でそう考えているわけではない。むしろルギルを作れない状況ではないとも思っている。イーロはこれまでに何度か修理のためと言ってルギルを持ち帰っている。その技術があるのならば新たに作れないことはないはずだ。羽人族の長は意図的にルギルを譲らないでいる。それだけは確信出来ているが――


「……では、羽人族はなぜ私達を戦わせ続けたいというの?」


「それがわかれば、私もはっきりと言えて楽なのだが、今はそう感じられると、あやふやな言い方しか出来ない。だが……」


 クラーグはこちらを真っすぐ見据えた。


「陛下は気付いてるだろうか。ルギルの刀身の根元にある丸い石が光ることに」


「ええ。知っているわ」


「それがなぜ光るか、ということは?」


 聞かれ、私は考える。以前イーロにたずねたことはあるが、その理由はいつも教えてはくれず、仕組みはまったくわかっていない。


「戦闘後に光るのは知っているけれど、詳しいことまでは……」


「あの石は、獣人の血を吸い、光るのだ」


「え……?」


 思わず聞き返した。確かに、光るのは戦闘後のみ。けれど血を吸う石なんて……。


「実際に血を吸収するわけではないが、同じことだ。あの石は獣人を切ると光り始めるのだ」


「なぜそんなことを知っているの?」


「こちらには逃げ戻って来た多くの目撃者がいる。剣に埋め込まれたあの石は、自分達が切られるたびに光を強くしてくと。それはまるで血を浴びて喜んでるかのようだとも……獣人族では昔から知られてることだ」


 それを聞いてふと思い出した。私がさらわれた時、奪われたルギルの石は粉々に壊されていた。あれは、獣人族の中にこういう話があったから、腹いせにやったことなのだろうか。


「断言するわけではない。だが私は、あの光る石が何かしらに関係してるのではないかと思うのだ」


「けれど、あれは単なる飾りだと聞いているわ」


「ほほう、ならばなおさら疑わしい。光る装飾など戦いでは何の意味もないものだ。夜の灯り代わりにするにしても、獣人を切らねば光り出さない。そんなもの、なくても問題はないはずだ。しかし羽人はあの石をわざわざ埋め込んだ。獣人を切ると光り始める石を……」


 私もあの石の存在には疑問があった。けれど羽人族の美意識として深くは考えてこなかったが……改めて考えると、クラーグの言う通り疑念が湧く。戦闘中はルギルを振ることに集中して気付かなかったが、あの光は獣人を切ると放つものなのか。一体なぜそんな仕掛けの石を埋め込む必要が……。


「陛下に問いたい。王国にはルギルを管理する羽人が常駐してると思うが、その者を含め、羽人族の言動に何か違和感を覚えたことなはないだろうか」


「違和感……」


 広く考えればあり過ぎる。ルギルのこともそうだし、非協力的な態度……イーロに限って言えば、殲滅作戦の否定、それを長へ伝えるのを渋ったこともあった。私のルギルの石が壊されているのを見て、珍しく声を荒らげてもいた。それと、捕らえたファウスタとクラーグに接触することへの強い警戒……クラーグについては裏切り者だと強く主張し、危険だから会うべきではないと念を押してきた。あんなことは初めてだった。ここへ来る直前もそうだ。イーロは私が獣人族側の者と話をすることに敏感に反応していた。普段の獣人との戦いには口を出さないのに、話が目的の接触には危険だ何だと引き止めてくる。その態度の差は一体どこから来るのか――言葉? ファウスタもクラーグも、人間と獣人両方の言葉を理解し話せる。だが襲いに来る獣人はそうではない。言葉を交わそうにも互いにその意味がわからず、戦うことしか出来ない。もしそうだとしたら、なぜ私と話をさせたくないのか。敵だから? スパイかもしれないから? そういう単純な理由もあるけれど、本当にそうなのだろうか。まだ信じたわけではないが、クラーグは戦いの発端は羽人族が襲ったからだと、人間側の常識を否定した。イーロはそれを知っていたということはないか? 言葉の通じる者と話すことで、これまでの常識を覆す話が伝わるのを恐れていたから、だから接触するのを引き止めようとしていた……?


『――王国から離れた人間なんて信用するな』


『――さっさと始末するべきだ。王国のためにも』


 以前イーロが言っていた言葉がよみがえる。ファウスタとクラーグ、この二人のことは徹底的に拒否するばかりだった。悪さや裏切った証拠は何もない状況で、イーロははなからそうだと決め付け、嫌悪を見せていた。これも、違和感と言われれば違和感になるのだろうが……。


 クラーグは机に載せた腕を下ろすと、小さく息を吐いてから口を開いた。


「あるのならば、一度問い詰めてみるのもいい。まあ、素直に白状するという保証はないが。……私が伝えたかったことは以上だ。羽人族は、獣人族と人間を騙し、何かしら利を得てるに違いない。これをどう思うかは、陛下、あなた次第だ。忘れないでほしいのだが、私はこの無益な戦いを早く終わらせたいと願い、この場に臨んだ。伝えたことに嘘はない」


 真剣な眼差しが私を見つめる――羽人族との長い絆を思えば彼らを信じたい。けれど、私の胸には疑いが生まれている。今までのようにすべてを信じることが出来なくなっている。羽人族は……イーロは、私達を騙し続けていたの? 聞いてはっきりさせなければ。真実を探し出さなければ……。

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