百合に挟まる男VS男子校
折原ひつじ
第1話 ヤンキーくんと真面目くん
冬の透けるようなものとも夏の輝くようなものとも違う、滲むような陽の光が電車に揺られる人々を照らす。乗客の一人である少年はレンズ越しの日光に眩しそうに目を細めた後、ちらりと目の前の連れ合いへと視線を寄越した。
「なんかこうやってアンタと登校してると、中学と大して変わんないような気もするな」
身につけた真新しいブレザーとは裏腹に黒髪の少年の声色は慣れた気安さに満ちている。対する少年……髪の毛を明るい茶色に染めた彼は「心外だ」と言わんばかりに眉を顰めた。
「全然違うじゃん! オレ、春休みの間に随分変わったと思うんだけど?」
「見た目だけだろ。確かに最初は違和感あったけど、話したら
友人の指摘に四藤と呼ばれた彼はいささか不満げにしながらセットした髪の毛をいじる。ある程度見た目についての校則の自由度が高いおかげか生来の器用さのおかげか、高校生活一日目にして彼はすっかり垢抜けていた。
「お前がどう思おうとオレは夢の為に生まれ変わったんだよ! バカ
「へぇ、夢?」
中学時代は二人して漫画やゲームに明け暮れていた四藤に何の夢が出来たのか、と訝しげな百舌木に対し、彼は夢見る瞳で自身の目標を高らかに宣言したのだった。
「オレはこの高校で過ごす三年間、百合に挟まる男になる!」
「……は?」
百合に挟まる男。あまり百合に興味がなかった百舌木だが熱心な四藤から聞かされまくって知識はある程度あった。「百合に挟まる男」というのは女性同士の恋愛やら友情やらの感情を内包した関係性である「百合」に横槍を入れる男のことを指す単語だ。
百合だけの世界を好む人間にとっては邪魔者な一方でハーレムものを好む人間などからは根強い人気を誇る立ち位置でもある複雑な存在のことである。
そして中学の三年間を百合を愛でることに費やした四藤は遂に「百合に挟まりたい」という願望を叶えるべく、春休みを駆使して自らを「ちょっとチャラ目な高校生」の見た目に仕立て上げたのだった。
「アンタ、それは無理だろ」
「……っ、確かにオレなんかが百合カプの両方に好かれることは無理かもしれないけど片方だけなら……なんなら付き合えなくてもちょっと当て馬くらいでもいいから……」
無慈悲な友人の指摘に言葉を詰まらせつつも四藤は自らを奮い立たせる。許されざる願いであるとは分かっているがそれでも禁断の花園に焦がれる気持ちは抑えきれないのだ。
せめて一度でいいから……と切なる決意を固めようとする四藤に対し、百舌木はわずかな沈黙の後確認するように口を開いたのだった。
「……僕の勘違いだったら悪いけど、アンタは男でも百合だと思うタイプなのか?」
「は? んなわけないじゃん!」
親友の素っ頓狂な問いかけに四藤も負けず劣らず間の抜けた声をあげる。確かに最近は女装男子と女子の百合に見せかけた男女CPなどもあるが、それは百合とはまた別のジャンルであって混同するのはお互いのためにも良くないだろう。
だからきちんと線引きをするためにはっきりと言い切れば、百舌木はただでさえ白い肌をますます青ざめさせながらおずおずと真実を口にしたのだった。
「……………あのな、うちの高校は……男子校だ」
「オレは、何のために高校に……!」
「百合に挟まるためじゃないだろ」
そこからはもう散々だった。
ショックで魂が抜けた友人の手を引いて高校に連れていきどうにか入学式を終えたまでは良かった。
けれど帰る時間になってようやく我に返った四藤は駅のベンチで項垂れたまますっかり動かなくなってしまったのだった。
「だって……百合学院高等学校って書いてあったじゃん……」
「
というかそもそもパンフレットとかに女子の姿がないことに疑問とか覚えなかったのだろうか。いくら推薦入試だったとは言え男子の受験生ばかりなのをおかしいとか思わなかったんだろうか。
指摘しかけたものの四藤の思い込みの激しさは中学の頃に散々見てきたし、これ以上傷口に塩を塗るような真似をするのも可哀想だろう。
「……まぁ、百合に挟まる以外にも高校には楽しみがあるだろ。見方とか変えてみろよ」
本人からすれば不幸な事故かもしれないが、そもそも百合学院は中高一貫校であり校内設備だって充実しているのだ。部活だって多種多様なものが取り揃っているし、カフェテリアだって評判も良い。通っていれば他の目標だってきっとすぐ見つかるだろう。
「他の……見方…………?」
重力の赴くままに涙をホームに散らしていた四藤がようやくゆっくりと顔を上げる。そのまま気晴らしにファミレスにでも連れて行こうと百舌木は手を伸ばした。
「あー、もう相変わらずうるせえな! 着いてくんな!」
瞬間、不機嫌を溢れるほど詰め込んだような低い声が二人の鼓膜を震わせる。動きを止めて声の主の方に視線をやれば、四藤たちと同じ制服に身を包んだ男子二人がぎゃんぎゃんと言い争いをしている様が視界に飛び込んだ。
「君がいけないんだろう。入学式だと言うのに早速着崩して……お陰で周りの生徒が遠巻きにしていたじゃないか。和を乱して恥ずかしいとか思わないのか? そもそも生徒はみんな最寄駅は一緒なのだから着いてきたわけじゃなくて……」
「あー言えばこー言う!」
声を荒げている方の生徒は少々着崩しているし体格もいいが、制服の新品さ加減から察するにおそらく彼も新入生なのだろう。対するいかにも真面目そうな少年は中学からの知り合いらしく、自分より頭ひとつ分背の高い相手にも物おじすることなく言いたい放題言葉を連ねていた。
「というか入学早々、そんなに派手に染めて……他にそんなに髪色の人はいなかったよ!」
「それは……あ!」
ヤンキーらしき男の方はすっかり辟易して肩をすくめていたが、不意にこちらに気づくとパッと表情を輝かせる。逃げる暇もなく、彼はあっという間に距離を詰めるとぐわしと遠慮なしに四藤の肩を組んだのだった。
「ほら見ろよ、笹。俺以外にも染めてる奴いるじゃねえか!」
おそらく派手な髪染めをしているのは自分だけじゃない、と言いたかったのだろう。突如巻き込まれて目を白黒させている四藤に気づくと彼は「ああ」と声を上げてパッと腕の力を緩めた。
「悪ィ、驚かせて。俺は
「えと、よ、四藤。その、よろし、く……?」
いくら高校デビューを果たしたとは言え、ギャルや陽キャと呼ばれる人種と関わってきた経験など四藤にはほとんどない。それでも春休み中に鍛えた爽やかスマイルを頬をひくつかせながら披露すれば、透野も白い歯を見せつけるように笑った。
「おう、よろしく! そっちの眼鏡も!」
「百舌木な、よろしく」
あっという間に挨拶を終えた三人とは裏腹に、混ざるタイミングを見失った笹はぽつんと取り残される。彼は唇を噛み締めたまましばらく逡巡していたものの、不意に踵を返すとそのまま反対方向のホームへと続く階段に向かったのだった。
「おっ、じゃあまたな!」
見かねた四藤が腰を浮かせるよりも早く、透野は彼らに別れの挨拶を済ませると何故か笹の背中を追うようにして階段を駆け上がってゆく。
後に残された四藤と百舌木は、嵐のような交流にぽかんと呆気に取られることしかできなかったのだった。
「……なぁ、百舌木。オレ今まであんまああいう感じの奴と交流なかったから知らなかったけど、もしかしてさ……」
沈黙を先に破ったのは四藤の方だった。春風にゆらめく亜麻色の髪が赤らんだ頬の輪郭を撫でる。彼の言わんとしていることを察し、百舌木は人知れず引き結んだ口の端を緩めたのだった。
確かに自分も四藤も中学時代はああいうタイプの人間とはあまり関わりがなかった。けど、新しい環境でなら新たな関係を築くのも──
「あの二人、百合なのでは?」
「………………は?」
良い感じに締めようとしていたのも束の間、想像もしなかった台詞に百舌木の口からは朝と同じような訝しげな声がこぼれる。彼の動揺もなんのその、四藤はつらつらと自らの百合へと熱い想いを口にし始めたのだった。
「オレはさ、百合が好きなんだ。恋愛も友情も片想いも憎悪もどんな二人でも全部百合としての良さを見出してきたんだ。それなら男子校でも諦めなければ百合を見出せるんじゃないか?!」
「一番大事な
百舌木のツッコミも虚しく、ガンギマリの目をした四藤は見る見るうちに瞳を輝かせて「王道のヤンキーと委員長タイプってことかぁ」なんて呪文を唱え始める。
百舌木は知っている。四藤は思い込みが激しく、そして一度こうと決めたら頑として曲げない頑固な性格であること。そしてその性格はいつもここぞという面倒なタイミングで発揮されることを……
「よし、やっぱりオレの夢は変わらない! 高校三年間で百合の間に挟まるぞ!」
無くした元気を取り戻してくれたのはありがたいが、それ以上に何か大切なものを無くした友人を見ながら百舌木は深いため息を吐いたのだった。
百合に挟まる男VS男子校 折原ひつじ @sanonotigami
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