第5話 劈頭(へきとう)
風と恋は防衛省庁舎内の会議室に通された。
「羽葉、美空特尉、よく集まってくれた。早速だが君たちに任務を付与させてもらう」
セーター姿に海将補の階級章の小柄な女性がいて、会議室のスクリーンに表示が行われる。
「現在のこの大規模情報災害を情報部門が調査したところ、東京湾に親善イベントで入港中の西ロシア共和国のフリゲート艦〈アドミラル・アメリコ〉からの不審なパケット送信をキャッチした。
入港中の他国艦艇には国際海洋法条約による旗国の同意が必要だし、艦内には旗国の管轄権があるために通常は捜査が困難だ。
しかしパケットは現在の情報災害において、我が方の対応が漏れているフシがあり、その敵の動きにそのフリゲートの存在が関与している公算が大きい。
だが……海上保安庁も警視庁も旗国同意の壁で動けない」
海将補はそこで言葉を切った。
「名乗るのがあとになってすまない。私は大澄美鶴(おおすみ・みつる)海将補。この仮設防衛協力飛行隊の隊司令。といっても着任したのは50分前なんだが」
風も恋も顔を見合わせた。
「君たちの聡明さは噂に聞いている。だが自衛隊内でもこの協力飛行隊の存在には異論がある。
私も正直、民間人をこういう任務につけることには疑問だし、率直に言えば反対だ。君たちをこういう形で急遽任用しても君たちになにかあった場合への対応の検討は不十分なままだ。
だが、今はそれを言っていられないほど追い詰められている」
スクリーンが変わった。
「これは現在の福島県女川核融合発電所の状態だ。
強烈なクラックをうけていて、ほとんどの通信ポートを遮断しているのだが、東電本店と首相官邸とのホットラインだけにできればいいとはいえ、実際は周囲への影響を監視するモニタリングポストに各周辺自治体へのホットラインなど遮断できないポートが多く、その中には管理が甘いところもある。
現在ファイアーウォールを展開しているが敵がそれに向かって何度もインジェクションアタックを実施していて、突破される可能性が拡大している。
ここがもし敵に破られたら、核融合炉の運転がストップし大規模停電が発生するのは必至。
また核融合炉は過去の分裂炉に比べて出力が大きく燃料も入手しやすい本邦の夢の動力源であったが事故の危険性はあり、それも発生すれば被害が想定される。
プラズマ制御の失敗による炉の損傷、冷却材漏洩でのろの制御不能、さらには燃料である水素の火災や爆発もありえる。
それらは絶対に回避せねばならないが、現在そのアタックの経路の一つがそのフリゲートである可能性がある。
それを阻止するためにも、君たちにフリゲートの近辺を飛行して『調査』をしてほしい」
恋は答えた。
「つまり翻訳すると、核融合炉のリモート攻撃を防ぐために海保や自衛隊・警察では調査できないから民間にこっそり調査名目でそのフリゲートに突入してもらいたい、ってことですよね」
「恋ちゃん!」
思わず風は恋のコスチュームの袖を引っ張って止めようとした。
「話が早いのは助かる。本音ではそういうことだ」
将補は頷いた。しかし顔は少しも笑っていない。
「ええっ、将補もそんなんでいいんですか!?」
風は呆れる。
「今余裕がなさすぎてね。警戒にあたっていた各地の正規の各航空隊も発進できず、いつ大規模領空侵犯があってもおかしくない危機的状態だ。
都内では警察パトエアバイク隊も行動に困難がありほとんど警戒飛行できない。地上経由でフリゲートの確認に行こうにも、その経路の道路鉄道すら運転休止となってる。
だが、港の防犯カメラがたまたま生き残っていて」
スクリーンにその画像が写った。
「うっ、なんですかこれ」
小型ドローンが次々とフリゲート艦から発進しようとしている。
「東京港内での無許可ドローンの飛行は厳禁では?」
「本当はそうだが、それを通告する人員が行けない」
「蹂躙されるがままですね……」
「だから君たちにお願いする。正直、法的にも制度的にも対策未整備な事態だが」
将補は言った。
「こういう事態においては独断専行が許容されるものだ。ぶっちゃけて言う。私が責任を取る。何としてもフリゲート艦を制圧してほしい」
「そんなぶっちゃけていいんですか」
「ああ。こういうときに首を差し出すために、私は自衛隊人生を選んだんだ」
風と恋は目を見合わせて感心した。
「すでに大勢の犠牲者がでてる。そのなかに私一人が加わるだけのことだ。些細なことだ。それよりこれ以上の犠牲を防ぎたい」
「承知しました!」
将補は頷いたが、続けた。
「あと、特尉の殉職についての規定がまだない。二階級特進にしようにも特尉の2階級上ってなんだ? って状態だ。ゆえ、殉職は避けてほしい」
「要するに『いのちをだいじに』ですね」
「そういうことだ。君たちの機体への補給はもうすぐ完了する。その後ただちに出発してくれ」
「はい!」
揃って答えたそのとき、係がおむすびの食事を持ってきた。
「食べてからでも間に合う。食べていってくれ。では」
将補はそう言うと去っていった。
会議室に残った風と恋は、おにぎりを頬張った。久々の食事はやたら美味しかった。塩おにぎりがこんな美味しかったとは。
「さあて」
「やっと面白くなってくるわね!」
二人はおにぎり片手に笑った。
正直、怖くもあった。これからのことは競技ではなく戦争で、失敗したら失格ではなく、本当に命を失う。
でも、だから二人は笑った。空元気だが、空元気の効用を彼女たちは知っているのだ。
春へのプロンプト 米田淳一 @yoneden
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