第2話
桜は物件で悩んでいた。
20分くらいなら、自転車で漕げるわ。
ほんとうはこんなお嬢様口調ではない。じっとりと呟くように父や家庭の不満を口にする暗い子だった。家賃一万八千円。
〈敷金礼金の意味とか、調べられる事はしらべてね。お母さんも、あまり、本当に詳しくないのよ〉
共用費。管理費。更新費。プロパン。都市ガス。家具家電付きは高いけれどすぐ入れる。転勤の多いサラリーマンの方がよく使われます、と内見、というものでアドバイザーのような、お母さん、と呼びたくなるような親身な店員さんが言う。
不動産、というところにも初めて入った。マップで星が多くて評価の良いところにしよう、と思ったが。
スマホを長時間懸命に触る姿だけで父の機嫌が悪くなり、たくあんをつまみにまた一杯飲み出した。
部屋で調べよう。二月。持っている服は全部薄地で寒く。お気に入りのピンクのゆったりしたカーディガンを羽織って自室で調べ物。
聞きに行った方が早い。でも、怒りを露わにする父からちょっと逃げただけでダサい服に道で笑われ、栄養失調と貧血で車に轢かれそうになり、それは自分がひよこの鳴き声の音だけで赤信号と青信号を間違えたせいだったし。
生理の時はナプキンが買ってもらえず、なんとかトイレットペーパーを何重にも巻いて代わりにし。
卵かけご飯。そうめん。それで人生を乗り切り、給食は美味しいご馳走だった。
やがてそれも貧血による吐き気で食べられなくなる。母はもっと大変だった。この世には、共働きでも絶対的に苦しい家庭がある。その点、妹は賢かった。
学資というものがあり、専門学校に行くし、高校卒業まではガストみたいなステーキ屋の賄いのある飲食店で、なんとかお肉を食べるんだ!と。
一方私が満足にアルバイトを始められたのは妹よりずっと後。しかし、不登校で、ふらふらのまま使えるんだか使えないんだかよくわからない学生アルバイトだった。
アルバイト先は時給がいいからとスーパーのレジ。果たして人手不足だったのか、面接落ちまくりだった私はただ立って。ひたすらに商品のバーコードをスキャンし続けて、立ち続けて、大型スーパーのレジをこなした。
余裕ができてくると自分で食料や趣味の手芸用品を安いところで買ったりしたが好きこそものの上手なれ、とはいかず、売れるようなものでなし。ハンドメイド作家にもなれそうにない。
家族よりだいぶ遅れてスマホを手に入れた。一番遅かったのは父だったがそれだって会社携帯だったし、何よりその会社からのパワーハラスメントで苦しんでいたと、のちに知る。それよりも、今はまず物件だ。二千円以上の買い物をしただけで不安で気持ち悪く、時には吐き気がするのに、3.2とか5.4とかの家賃の相場の数字を見て。私の将来は進学とかそういうものじゃない、今直面している最優先事項は、一人暮らしの覚悟とプランと、母の協力。
私は家から出た方がいい。らしい。
保証人は、ごめんなさい、お母さん。払えなかったら、迷惑がかかるの?
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