第31話 ゆう子


サギは、さっさと「仕事」をしないシンにイライラしていた。そして

その原因を作っている「うるさいモノ」に対して容赦しなかった。

「まったく、うるさいねーちゃんだな」

サギは面倒くさそうに平山を刺した。 

人間を! 一瞬の迷いもなく簡単に刺した!

ナイフ捌きが早く一瞬の出来事だった。

しばらくして、わき腹から勢いよく血が吹き出したのを見て、そこで気づいた者も多かった。

背中から平山がゆっくりと倒れた。そして強烈に痛がりうごめいた。

そして口から血を吐いた。

「おい! ゆう子!」

シンは急いでしゃがむと平山を抱きかかえた。サギはそれを冷酷な

目で見おろした。

「こいつは殺さないって言ったじゃあないか!」

シンは狂ったように絶叫した。

「別にどうでもいいだろ、そんなこと、お前がうるさくて気の毒だと

思ってさ! それにどうせ嫌われるぜ。お前! こいつからよ! 

まあこいつはもう死ぬけどな」

サギは鼻で笑った。シンはショックで放心して、ただ前を見つめた。

「シン! 何やってんだ、俺達の目的を忘れたのか」

ケンは監視の目をゴーとヨージに向けながら激しく怒鳴った。

だがシンの手はナイフに行こうとはしなかった。

「こいつは俺に惚れてくれた唯一の女なんだ。おい。ゆう子大丈夫か?」

シンは泣きながら叫んだ。平山の傷を押さえようとするが、血がどく

どく流れて止まらなかった。 シンの手がすぐに血で真っ赤に染まった。

平山の体温がすこしづつ下がっていくのが分かった。

「ゆう子って初めて呼んでくれたね」

平山は目の前がよく見えないようだ。そして、息づかいが苦しくなり

ながら言葉を発した。

「ああ、すまない。お前がこういうことになって」

震える声で平山に答えた。涙が彼女の上に洪水のように降り注いだ。

平山はうれしそうに微笑むと冷たくなっていく手を差し出した。

シンはその手をしっかりと握ると自分の方に引き寄せた。

「いいもん。シンが私の名前呼んでくれたから」

平山の手の力がだんだん無くなっていくのが分かった。

「途中から凄くつらかったんだ」

シンは正直に気持ちを打ち明けた。もう何も隠す必要が無かった。

「うん。分かってる」平山は優しく頷いた。

「すまん どうしようもなかったんだ。俺はお前に惚れてしまうなん

て、失敗したんだ」

平山は優しく微笑んだ。

「おい! シン! そいつはもう死ぬんだ。都合のいい事言ってねえ

で、早くこいつらやっちまうぞ!」

無情にもロクはシンの悪の部分を引き戻しにかかった。

「お願いだから、ちょっと待ってくれよ!」

シンは頭が爆発しそうだった。頭の中には平山しかなかった。

平山の息がだんだんと弱くなっていく。

「シン! 信・じ・て・る。 みんなを…助け・て・あ・げ・て! 

私も、愛してる。さ・よなら」とつぶやくと、平山は眠るように静か

に息耐えた。

とても綺麗な死に顔だった。


自殺志願者として入所した平山ゆう子は愛するシンに抱かれて息絶えた。


「ゆう子。ゆう子」

シンは狂ったように叫び、泣きじゃくった。

「シン! そんだけ演技すりゃ。こいつには恨まれることはないだ

ろ!」

サギは何事もなかったように冷静に言った。そしてサギは包丁の先を

シンに向けた。そして、シンを刺すべきかどうかロクの目を確認した。

しかしロクは首を横に振った。 

「おい!はやくヨシ達を始末するぞ。もう恋人も死んだんだ。 おい!

急ぐぞ! シン!」


ロクはさっさとヨシを始末したかったのだろうが、シンを殺してヨシ

達の団結力を高めるのを避けたかった。ロク達にはあきらかに想定外

な状況だった。この乙女のように情けないシンの戦力でさえ必要だった。シンを利用するしかなかった。

ケンもそれを察して懐柔を試みた。


「こいつらには裏切り者でしかないだろうが、お前は俺達にとって

全ての情報をくれたヒーローだ。お前のナイフさばきを見せてやれ

よ!」

ケンの言葉にシンは駄々っ子のように泣きじゃくり反論した。

「いやだ!(ナイフを地面に突き刺して!)俺はだれも殺らねえ! 

誰かおれを殺してくれ! 俺はゆう子を愛してたんだ。ゆう子は俺なん

かに惚れてくれた。惚れてくれた最初の女だったんだ。もう俺に生きて

る意味はない」

もはやロクがシンをコントロールすることは不可能だった。

ジュンコが火のように怒った。

「何言ってんだよ。あんたそれでも犯罪者か? あんたの命を助けたの

は私らだよ! 恩知らずもいいとこだね! あんた!」


どんな悪の誘いも通じなかった。

シンはただ泣きながら平山を大事に抱えていた。

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