第28話 乾杯


シンの殺意が彼に向いていることにも気付かず、ヨシは人生最高の時を過ごしていた。

目の前には想像もしなかった世界が広がっている。 犯罪を犯して

死んで償わなければいけないはずが生き残り、そして今、岡田達と新築のパーティをしている。彼らのような勇敢な移住者達に出会わなければ、現在も命の箱目当てに殺し合っていた。ヨージ・ゴー・クミ、そしてメイまでも笑顔が絶えなくなった。

「おーい! つぎ終わったぞ!」

ヨージが元気に叫んだ。みんなの不揃いの器がお酒で満たされた。

「よーし! じゃあ乾杯よ博士!」

鹿島が勢いよく博士に乾杯を促した。勢いよく立ち上がった。しかし、

岡田は頭をボリボリと掻き始めた。

「いや、やっぱヨシさんだろ!」

「そーね。やっぱヨシさんじゃあない」

上崎も「うんうん」と頷いた。

「親分、どーぞ」

岡田は深くおじぎしたが、突然の申し出に反応に困った。

「何言ってんだ。どう考えても博士がやるべきだろ」

ここからヨシと岡田の熾烈な挨拶の譲り合いが始まった。

「いや、駄目です」

「俺だって駄目だ」

「頼みますよ」

「いや、こういうことはちゃんとせんとな? 駄目だ」

「お願いしますって!」

周りが白け始めたので東野が口を挟んだ。 

「あの〜会社員じゃあないんですからね。やらないんなら僕がやりま

すよ」

東野は立ち上がると、頼まれてもいない乾杯の挨拶を強行し始めると、

すさまじいブーイングが起こった。

「ふざけるな!」「駄目だよー」「大体おまえには人望がないよ」と

口々にそれぞれが毒を吐いた。東野は傷ついた顔で鹿島に助けを求め

ると、彼女は大きくうなずくと立ち上がり、「確かにうちのには人望

がないね」と言い放つと、うつむいているシン以外は全て大爆笑した。

笑いが途切れたとこを見計らって、岡田が絶妙なタイミングでヨシの

肩を叩いた。

「さあ、親分!」

「あんた折角だからやりなよ」

それにメイも続いた。ヨシは観念し立ち上がった。

「わかった。こいつ(東野)にやられるくらいなら。俺が乾杯の前に

一言」と咳払いした。

「ここで、犯罪者の俺達が、こうやって自殺箱の捕りあいから逃れて、

幸せに生きれるのは、ここにいる博士達のおかげだ。 俺達のグループ

はいろんな言い訳があるにせよ。重大な犯罪を犯してここに来た。

しかし、俺達はここで死なずに生き延びている。ここで俺がみんなの前

で誓いたいのは。 俺達犯罪者は! もし何かがみんなに起こった時、

せめてもの罪の償いとして命を賭けてみんなを守りたい。以上だ。

乾杯!」

心を込めた乾杯の挨拶だった。犯罪者組も移住者組も大喜びで叫びな

がら踊るように乾杯をしてまわった。



「やっぱ親分はかっこいいわ」

鹿島は惚れ惚れとヨシを見つめた後、ようやく隣で焼きもちを焼いて

拗ねている東野と乾杯した。

パーティはどんどん盛り上がっていった。久しぶりの酒でみんなの顔は真っ赤に染まった。

彼女は、今日はシコタマ飲んでやるぞと意気込んだ。

「えー、では今から! ここにいる5組のカップルの結婚の宴を行い

たいと思います」

里中が空になった器をカンカン鳴らした後に楽しそうにアナウンス

して順番にみんなを紹介し始めた。鹿島は自分達が呼ばれる恥ずかしさを想像して少し緊張した。

「では、先ず最初に、ヨシ親分とメイさん」

里中が紹介するたびに拍手と歓声が起こった。

「岡田博士と上崎さん」

「こら、部下と不倫しやがって!うらやましぞー」

拍手の中、やめとけばいいのにアホな彼氏の東野が野次った。

自分の彼氏なのだが、みんなの反応と人気の無さを考えると、「彼女」としては辛いものがあった。案の定、東野は「みんなの笑い」を期待していろいろと茶々を入れていたのだが、小学生レベルのツッコミは全く受けなかった。

「あの東野君、ちときつい、それにうるさい」

里中が東野を注意した。やや落ち込む彼を置き去りにして、里中は次

の紹介に移った。

「東野君と鹿島さん」

「よっ! インチキ新聞記者!」

拍手の中、今度は吉岡が野次るとみんなが大笑いした。彼には悪いと

思ったが鹿島もつい笑ってしまった。

「注意無しか? この野次には注意なしか!」

東野は強く抗議したが、里中は笑ってごまかしてそのまま進めていく。

「細田君とヨージさん」

ヨージは顔を真っ赤にして照れながら立ち上がると、細田も照れくさ

そうに立ち上がった。

「何照れてんだよ。やることやってんだろ!」

ゴーが悔しそうに野次った。

「最後に平山さんとシンさん」

里中が平山とシンを紹介した。うれしくて飛び上がるように立ち上が

った平山と対照的に、シンはゆっくりと立ち上がった。

いつもしゃべらないシンは、鹿島と同じで照れくさいのだろう。

でも心なしか悲しい顔をしているように見えた。そう思っていると

シンは珍しくニコリと微笑んだ。彼が微笑んだことにより周りは一層

盛り上がった。

「え〜、みなさん! このカップル達には結婚のお祝いとして! 

新居の個室が一つずつ与えられます」と里中は誇らしげに発表した。

「おー」

もちろん全員が部屋が与えられる事は分かっているのだが、楽しくて

仕方ないので全員が盛り上げる。

「みんなありがとうございます!」

岡田が律儀に礼を述べた。結婚の宴とは言うものの、既に一緒に暮ら

しているもの達ばかりである。大きくて新しい家で生活するということ意外は何も変わらないのだが、みんなこの上なく幸せだった。

この後、独り者の里中・クミ・吉岡・ゴーが一緒に大部屋に住むか

住まないかで、しばらくもめたりしたが、宴会は楽しく過ぎていった。

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