第25話 番組 最後の楽園から

石川は、刑務所の休憩室で一人テレビを見ていた。

彼女にとって、同僚のいない休憩時間が一番安心できる時間だ。

休憩室のテレビは国民的人気番組の「最終刑務所、最後の楽園から」

を放送していた。内容はこの最高刑務所に移住した岡田達のドキュメ

ンタリーである。

番組の中で、移住組と刑務所組が力を合わせて、家の土台から棟上を

行うという感動的なシーンだった。クレーンも何も無いところで、必死に智恵をしぼりながら柱を上にあげていく。

ドキュメンタリーなのだが、素敵なナレーションやBGMが挿入してあり感動を煽る。 もっと驚くべきは画像の美しさだろう。これは、移住者が入所する前に行った刑務所内のハイビジョンカメラの増設が大々的に行われたおかげだ。小さな音声さえも高性能マイクが拾い、本物のドラマ以上のクオリティで視聴者に届けられる。ちなみに、カメラと高性能マイクにはプラスチック爆弾が付けてあるので、誰も触る事が出来なかった。

この国が贅沢な予算をかけた番組は、「普通の人間達が絶対に体験出

来ない日常を描いた奇跡のノンフィクションドラマ」と、世界のメディアがこぞって賞賛した。

番組内で紹介される東野が書く現地レポートも大好評だった。国民の熱狂ぶりは異常なほどで、恋人がいないゴーに関してはファンクラブ

までも結成されていた。ただこれらの情報は、本人達が意識しない

ように、かなり限定されて刑務所内には伝えられた。

例えば、岡田博士の家族や里中の妻や娘の所には何回もワイドショー

のレポーター達が押しかけ感想を聞いた。そして、その事実は、岡田や里中が知ることはなかった。取材される移住者の家族達は、いろいろな嘘の報道がされて、可哀想としか言いようがなかった。

マスコミの報道被害が特に大きかったのは上崎の家族だった。 彼女の母が報道を苦にして自殺をしてしまったからである。


テレビ局は視聴率が取れるので何回も再放送を行い、ネットも有料

配信を行った。放送権は国が持ち海外にも放送権を販売した。

コンテンツは世界的に大きな売上を計上し、特にアメリカ・イギリス・カナダ・フランス・ブラジル・台湾等で人気だった。日々、新しい人間ドラマがありコンテンツが充実していった。

その順調の裏で、困った事も起こっていた。内容に規制がかからない

ようにする為に、番組は凶悪なグループは極力フィーチャーしないようにしていた。今回のロク達の襲撃計画を放送することになれば、番組のテイストが変わってしまい子供達など一般視聴者を失う事になる。

今、政府は「番組の方向性を意図的に変えてしまうべきか?」という

話し合いをしていた。

話は少し変わるが、実際、現状を事細かに放送していないおかげで、福岡の最高刑務所には、一緒に生活したいという自殺希望者達が殺到した。このままだと社会問題に発展しそうだったので、それを理由に、福岡刑務所の犯罪者と自殺志願者の入所をテレビ放送の数日後、即座に停止した。皮肉なことにその結果、ロク達が「命の箱」を手に入れることを出来なくなったのも抗争の原因と言えた。


石川は一般視聴者と同様、この番組が大好きだった。副所長である

自分がこの話に関わっているという自負もあった。内部事情を知って

いることが誇らしくもあった。彼女の退屈な人生より、岡田と上崎の

ような劇的な人生に憧れるところもあった。

特に石川は上崎のファンだった。 上崎のルックスだけでなく、一途

なところがたまらないのである。

「おい、こんなもん、ここで見てるのか」

急に、一番話したくない人物の声を聞いた。わざわざ来れそうじゃな

い時間を選んで休憩しているのに、と思うとイライラした。

顔も見たくない男、轟は、そんなこと一切気にせず勝手に横に座ると

タバコに火をつけた。大嫌いなタバコの香りが、体内に入って来た。

片桐のタバコも嫌いだったが、轟のタバコの匂いは特に独特で嫌だっ

た。

「あいつら古民家の廃材で家つくるんだとよ」

見れば分かるのに馴れ馴れしく尋ねてくる。

「もうそんなとこまで、きてるんですね」

わざと興味が無いフリをしたが、轟は全ての監視カメラで刑務所の

内外を監視している。特に刑務官の監視には抜かりが無かった。石川

がいつも休憩時間にこの放送を見ていることは確認済みなのだろう。

「そんなとこまでじゃあねえよ。だいたい、お前何喜んでるんだ?」

轟が不機嫌そうな顔で仕掛けてきた。石川はこの男に「興味ない」と、

とぼけても無理なことを悟った。

「だって、視聴率60%超える人気番組がうちの刑務所から放送され

てるんですよ。うちの監視カメラも使ってるんだし、いいじゃあない

ですか」と緩やかに反論した。

「俺はな、刑務所がこういう形で脚光を浴びるのは大間違いだと思う」

この男が、またいつもと同じことを説教するのか、とうんざりした。 

「所長、人間狩りが放送のせいで出来ないのはストレスがたまります

か?」

さらに我慢することなく考えを述べた。 半年前に監視塔で銃を突き

つけられたのは忘れもしないが、このままこの男の偉そうな説教を聞き続けるのは嫌だった。

「溜まるね。あいつらは元々犯罪者と自殺者。それに加わったのが

世捨て人だ。すぐに殺しあうと思ったのに、仲良く生きやがって!」

轟は舌打ちした。

「あなたは自分がここを支配してないことが嫌なんですね」

石川は露骨に轟を哀れむような顔をしたが、轟はさほど気にせず偉そうに続けた。

「俺は生まれつきゴミ処理が好きなんだ。そして俺はこのゴミ処理場

での神なんだ。ここの全てのゴミが俺のシナリオどおりで処理されな

ければいけないんだ。わかるか?」

「そうですか」

上司の言葉に仕方なく相槌をうった。その仕方がむかついたのか?

轟は昔の恋人である法務大臣の悪口をいい始めた。

「あの後輩の馬鹿大臣め! 世の中も腐ってるよ。囚人達がニュース

の中心だなんて! あいつらにここを支配されてるのを喜んでるだけ

じゃあねえか」

「でも規制はかかってますし! コントロールしてるのは私達ですわ」

石川は対抗心を抑えて話していたつもりが、すこしづつ感情的になっ

ていくのを止められずにいた。

「お前はこの国の馬鹿な国民と同じ考えなんだな、そんなに昔の恋人

を助けたいのか?」

あえて、何も言わないことを選んだ。石川が沈黙すると、轟は満足そ

うに微笑んで、最近東京へ行った話をし始めた。

「あいつは今、秘書とできてるぞ! 本当に節操の無い奴だ。むかつ

くだろう。だが安心しろ! いつか俺がこの馬鹿げたお祭り騒ぎを

終わらせてやる。 俺の最初のシナリオどおりにね。あいつはそのう

ち失脚させる」

轟はそういうと、大きな声で笑いながら休憩室を去っていった。

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