第24話 平山とシン


今夜も、平山はシンの隣でいろいろな事を考えていた。

ただ、そのほとんどがシンのことで、一日中彼の事を考える事が生き甲斐になっていた。

ただ、最近はシンの事が分からなくなっていた。 出会った頃はとて

も優しかった。いろいろと彼女の話を辛抱強く聞いてくれた。平山のようなどうしようもないブスにも「かわいい」と何回も言ってくれた。   過去の悲惨で自虐的な不細工な話をやさしく笑って聞いてくれた。

その時々のシンの笑顔が大好きだった。 内向的で、みんな

とはほとんど話さないシンが、ただ彼女にだけ心を開いてくれた。

平山は必死でシンが冷たい理由を探っていた。

最近二人の関係が少しギクシャクしているのは、自分がシンの全てを知ろうとしているからに違いない。いろいろなことをシンに聞いたりするのはやめるべきなのは分かっているのだが、どうしても止めらない。そんなことばかり思っていると、寝てるはずのシンが素早く起きあがった。

平山はいつものように目をきつくつぶって寝ているふりをした。

シンが平山を凝視しているのが、目をつぶっているのに気配で分かった。

しばらくして、シンはそっと住処から出ていった。いつもならばそのまま寝たふりをする平山だったが、今日こそは彼女の不安を打ち消したかった。彼女は立ち上がると外にでた。

シンは周りに誰かいないか見回しながら、急ぎ足で藪の中に入って

行こうとした。いそいで走り去ろうとするシンを勇気を出して呼び止めた。何かが起こりそうで胸が張り裂けそうだった。

「今度はどこに行くの」

シンはピクリと立ち止まった。

「は?」

返事こそしたが、シンは背中を見せたまま、振り返って彼女の目を見

ることがなかなかできなかった。彼が無視してるとは思いたくもなかった。しかし、シンはまだこちらを見てくれない。平山はこちらを見ないシンを追い詰め始めた。

「時々深夜に抜け出してるじゃあない」

最近シンが頻繁に夜抜け出している理由を知りたかった。

「抜け出してないよ」

シンは、嘘をつく準備ができたのか、クルリと振り返ると、いつもの

笑顔で返した。いつもはここですぐに引き下がる平山だったが、とに

かく今日ここでいろんなことをはっきりとさせたかった。

シンに嫌われたくない気持ちはとてつもなく大きかったが、なんと

か勇気を振り絞った。

「私何度も見たよ! いったい何してるの?」

すごく激しく口調で聞いた。感情的になってるのが分かった。

「だから抜け出してないって」

シンの口調もきつくなった。いまさらながら、彼が怒っていないか

ドキドキした。もうこれ以上聞くのは辞めたい、と思っていても止められない気持ちのほうが強かった。

「ね? 私のこと好きなんだよね? 」

「好きだよ。じゃあ俺のことも愛してるよね?」

シンは即答し、まっすぐに平山を見つめ返した。

いつもならばすごくうれしいのに、今夜は何かが違った。

シンの返答の早さと優しさの全てが疑わしかった。

「信じてくれない?」

シンはその動揺を癒すように優しく平山を見つめ続けた。

「でも?」

平山は必死でシンの瞳の奥を見つめた。

「多分、俺、夢遊病じゃあないかな?」

シンはいつもよりもっと輝いた笑顔でとぼけた。

「あのね、とにかく私、今あなたが分からないの。一切何も話してくれ

ないじゃない。とにかく全くわからないの? その腕の火傷はどうし

たの? なんで他の人達と話さないの? どこ出身なの? 私全部

話したよね。私のこと! なんで自殺しようと思ったかとか」

さみしくて冷静になれなくて頬から涙がこぼれた。

シンはいつもと違う平山の反応に戸惑った。

「ごめん、何度も言ったけど、俺は早く過去を忘れたいんだ。そして、

俺は他の人達とも仲良くしたくないんだ。 特にあのヨシ達は犯罪者

だよ。犯罪者は結局俺達を利用するだけだ」

シンは初めてヨシ達をはっきりと批判し、さらに言葉を続けた。

「これだけは言っとく、犯罪者には騙されるな」

シンは少し目をそらし遠くを見ながら言った。

「シン」

複雑だった。シンがいくらヨシ達のことを悪く言おうとも、どうして

もヨシ達のことが嫌いにはなれなかった。

「俺はお前と一緒ならそれでいいんだ。頼むから信じてくれないか? 

何が起こっても最終的には俺はお前と一緒なんだ!」

シンは平山を抱きしめた。

ヨシ達のことを何か言い返したかったが、優しくされるともう何も

言えなかった。

「あなたは、本当に自殺者でここに来たのね? その火傷の場所も偶

然なのね?」

ずっと聞けなかった右腕の傷のことに触れた。傷の位置が犯罪者の

番号の位置と同じなのがずっと気がかりだった。

「ああ、お前が信じてくれないなら、今から向こうの山で死んでくる」

シンの目は真剣だった。そして彼の頬からも涙がこぼれた。

「え?」

今、自分の為にシンが泣いている。そんな男が今まで存在していたの

だろうか? ずっとシンを疑っていたことが恥ずかしくなった。

「お前に分かってもらえないなら死んだほうがましだ」

シンの汚れのないピュアな視線が平山に突き刺さった。

「ごめんシン、なんかさみしくて、ごめん」

平山はシンの胸に顔をうずめ、シンはやさしく受け入れた。

シンは山道を転がるように駆けおりた。

ロク達との待ち合わせの時間に大幅に遅れた分だけ、作戦会議も長引

いた。そしてようやく、平山のところに大急ぎで帰るところだった。平山に見つかったせいでロク達との会議に遅刻してしまったのだ。

ロクは、最初の方は不機嫌だったが、計画の話がどんどん進んでいくに連れて上機嫌になっていった。

「略奪の日」は新しい家の新築パーティの日に決まった。ロクには、

家の回りや攻め入る場所の詳細を描いた地図を渡した。

その情報には、移住組が持ってきた武器置場の場所も含まれる。

武器をロク達に渡して戦闘を有利に進める手筈(てはず)だ。 計画は綿密に

シンが立てぬかりは無かった。パーティには岡田達が作った酒が振舞われる予定で、うかれて祝いの酒を飲みつくしたところで、一気にロク達が侵入する。混乱のドサクサ時にヨシの隣に移動して、ナイフで一撃で刺し殺す、という計画だ。

平山が神経質になり怪しんでいるので、今回が最後の報告になり、

今後の報告はできなくなった。パーティの前日には、ロク達の隠れ家とヨシ達との中間地点の目印の木の枝を、4本切り折り落とし木の幹に刺すことに決めた。それが略奪決行の合図だった。

走りながらシンは自身に酔っていた。既にロクをはじめケン・サギ・

ジュンコまでもが接し方を変えてきた。この計画を練り実行しようとしているシンに尊敬の念を感じ始めているのだ。

俺は完璧で間違えない男なのだ。今夜の平山への対応も、まさに天才詐欺師そのものだった。平山はシンの涙をすっかり信じこんで深い眠りについた。あの女はまだ寝ているに違いなかった。

馬鹿で愚かな女だ。ブスの上に騙されやすい。だから自殺志願者なの

だ。

シンは心の中で平山を嘲笑し続けた。 平山は、忠実な子犬の様に、

彼の言うことを聞いた。意図的にヨシや岡田達と話さないシンを、嫌われないようにいろいろと気を使い代弁した。


なんて便利な女なんだ。

ロクは「移住者達は殺さない」と言った、ということは、今後もあの

女を自由に使用することができるのだ。

ヨシ達を始末しても、間違いなくあの女は自分についてくる。本当に

かわいい女だ。そうだ今日はあいつを抱いてやろう。

最初は使命感だけで抱いてあげていたが、今夜は自分から抱いてあげ

よう。恋をすれば綺麗になるというが、平山もだんだんと痩せていっ

た。ある意味綺麗になったと言える。そんなに我慢もしなくていい!

シンは生まれて以来、普通の出会いで女の子を抱いたことはなかった。 今まで抱いた女は全て風俗の女であり愛情はなかった。今までまともな恋というものはしたことがなかった。


真っ暗な夜道はシンの思考を活性化させる。

また外出が見つかってしまった時のことが蘇ってきた。

俺のあの涙は本当に演技だったのだろうか?

この冷酷な自分が、嘘の演技で涙が流せるのだろうか? 余計なこと

を考え始めているのは分かっていたが、もう一人の自分というものが

考えることを止めさせてくれなかった。

そして、考えだしたらとまらなくなってしまった。

「これだけは言っとく犯罪者には騙されるな」とあのときの言葉が

妙に自身に引っかかるのだ。

「犯罪者」とは誰のことだなのだろうか? もしかしてそれは自分

そのものを言っているのではないだろうか? 

そして、確かにこうも言った。

「俺はお前と一緒ならそれでいいんだ。頼むから信じてくれないか?

何が起こっても最終的には俺はお前と一緒なんだ!」

実は、この言葉が自分の本心ではないのだろうか?

そんなことを考えていると、今度は弱気になった。

自分がヨシを刺し殺したら平山は本当について来てくれるのだろう

か? 銀行強盗をしたが人は殺していない。

まだ人を殺していない自分は、本当はヨシ達に発見されるべき犯罪者

だったのではないだろうか?

駄目だ!

余計な考えが頭によぎるのを止めるために、一層足を早く動かした。

けた。そしてその弱虫な考えを急いでリセットしようとした。

俺はロクに助けられた。ロクがいなければ死んでいた。この命はロク

の物だ!

シンは裏切り者の考えを正す為に暗闇に向かってつぶやいた。

俺は臆病なだけなのだ。だから自分はビビっている。

平山のようなドブスに惚れる人間はいない

なぜ自分を美化しようとしているのか? 犯罪者なのに

シンは自分の気持が一瞬でも揺るいだことが許せなかった。 偶然,

足元に転がっていた誰のか分からない「しゃれこうべ」をヤケクソで蹴り上げた。「しゃれこうべ」は二つに割れて闇の中に飛んでいった。蹴った後、その亡霊が微笑みながら彼を見つめている気がした。

シンはまた犯罪者に戻れたような気がした。本来の邪悪な姿を取り戻

そうと必死だった。

俺 は犯罪者だ。ヨシを殺す。平山は一生奴隷としてこき使う。

さらに何回も何回も、己に言い聞かせた。思いきり走って息が苦しくなるのが心地よかった。

シンはやがて平山との住処に着いた。シンは急いで平山が起きていな

いか注意深く確認した。彼女は予想通りに幸せそうに眠っていた。

寝顔に顔を近づけると寝息を確認した。平山を見つめるシンの目は、すっかり犯罪者の鋭い目つきに戻っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る