第23話 犯罪者と世捨て人

八幡神社があった小高い丘から、岡田とヨシはクミ達を見ていた。

岡田は里中の状況も分からず、微笑ながらヨシに話しかけた。

「楽しそうですね。みんな」  

「そうだな」

ヒヨコを触っている時とは違いヨシはクールに答えた。

全てが岡田の思い通りに進んでいた。予定とは違って最高刑務所に

は犯罪人達が存在し恐い思いもしたので「思い通り」には語弊がある

のだが、結果的にヨシ達と出会えたことは幸運としかいいようがなか

った。いろいろな偶然が岡田達を生き延びさせた。移住組だけではここでは生き延びれなかった。

自然の洞窟や水場の場所、危険な地域、頭でっかちで不器用な岡田達は教えてもらうことばかりだった。岡田は食べてはいけないきのこを鍋に入れ、出来たばかりを、鍋ごとヨシに引っくり返されたことを思い出した。薬草・食用キノコの本を持ってきていても、情けないことに都会育ちの岡田には何も判別ができなかった。力仕事はもちろんのこと、ロク達が攻めて来ないのも、ヨシ達の存在があるからに違いなかった。彼は常に尊敬の眼差しをヨシ達に向けてきた。

彼等無しの生活なんて考えられないようになっていた。

「家ができたら今度は何をしますか? 酒でも作りますか? まあ、

クミさんは化粧品とか洋服を作れってうるさいんですけどね」

「まあ、クミらしいな!」

ヨシは淡々と言葉を返した。

「いやーもう少しで卵も手に入りますし! 野菜は豊作だし! 米だ

ってできるし! なんかわくわくしますね!」

「そーだね」

ヨシはノってこない。

「あれ? どうかしたんですか?」

鈍感な岡田はようやくヨシの様子がいつもと違うことに気付いた。

ヨシは深刻な顔を岡田に向け、そして切り出した。

「いや、博士、俺達本当に一緒に住んでいいのかな?」

「は?」

あまりにも今更な質問に岡田は呆気にとられた。

「だから、俺達? 同じ家に住んでいいのか?」

「当たり前じゃあないですか?」

「よく考えてみろよ。俺達懲役10年以上の犯罪者だよ? 俺たちの

本質をよく知らないだろ、別々に住んでるから今まではよかった。で

も今からは同じ家ーーー」

ヨシは真面目に聞けといわんばかりに説得しようとしたが、岡田は

最後まで聞こうとしなかった。

「何言ってるんですか? 我々こんなに仲がいいじゃあないですか?」 

「今はな! でもやっぱり危ないだろ! 俺達が急に豹変したらどう

する。あんた達がなんでもかんでも作った後で!」

「そういう人達ではないです! 半年以上一緒にいるんで分かってま

すから」

「いや俺が言いたいのは、犯罪者って! 自分がよく分かってないんだ。

生まれつきのゴミなんだ。犯罪者なんだよ! わかるだろ? おれ達

は! 平気で—」

「犯罪者、犯罪者って!じゃあ、おれ達は自殺者だ!」

岡田は説得するというより怒鳴った。そして目に涙が浮かんできた。

「あんた達は自殺者じゃあない」

「じゃあ世捨て人だ。ゴミなのには変わらない。おれは、助教授と不倫

するためにここに来た。 里中さんは借金の形(かた)で来た。俺も含めてみん

なイッパシの理由を言うが、結局はゴミなんだ。世間から逃げたゴミな

んだ]

とても悲しかった。ボロボロと涙を流し鼻水まみれの顔で訴えた。

ヨシは沈黙した。いや沈黙せざるを得なかった。ヨシは犯罪者だから幸せになるべきではない、という自論を伝えようとしていだが、岡田の涙と深い愛情はそれを許さなかった。岡田は勢いよく鼻をすする

と、沈黙しているヨシに言った。

「この世界でゴミ同士差別するのはやめましょうよ。ヨージ君と細田

さん。悲しみますよ」

「うん」

「知ってるでしょ! 二人が愛し合ってること!」

「ああ!」

「でしょう! すごく幸せそうじゃあないですか」

岡田は涙をぬぐったずぶ濡れの手をヨシの肩にあてた。感情的になり

すぎて声がかすれるのが分かった。

「そうだな! 俺が悪かったよ! 俺だって今まで通り平和で暮らし

たいんだ。けど、変な夢ばっかり見るんだ」

急にヨシの頬に熱い涙が流れ始めた。その時、岡田はヨシが入所して

10年間一度も泣いたことが無いと言っていたのを思い出した。


ヨシが最後に人前で泣いたのは最終刑務所に入所する前だった。 元々背が低く、息子の事件で更に背を丸めこみ小さくなった母親が、最後の面会の時に体を震わせ泣きじゃくった。それを見て自分が情けなくて泣いたのだ。しばらく二人が泣いた後、岡田が再度きりだした。

「ここで殺し合いなんてありえませんよ。とにかく、あと少しで家は

できるんですから!」

「そうだな。家ができたらみんなの結婚の宴でもするか」

ヨシはようやく笑顔を見せた。

移住組とヨシ達は彼らの過去を乗り越え、大きな一つの家族になろう

としていた。

ただ、そこにシンという裏切り者が紛れ込んでいることは。まだ誰も気づいていなかった。


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