第21話 謀

漆黒の真夜中だった。

ロク・ケン・サギ・ジュンコが待っていた。シンは周りを気にしなが

ら駆け込んた。後をつけられてないか焦っていた。今夜は潜入してか

ら10回目の約束の夜だった。

「すいません」

シンは遅くなったことを直ちに詫びた。

「遅いじゃあねえか! ばれたのかと思ったぞ」

ロクは不満顔だ。この男を絶対に怒らせてはいけない。

「すんません。平山と言う女を利用して入ったんですけど。心底惚れ

られちゃって、なかなか外出ができないんですよ」

シンは平山と半洞窟のような場所で暮らしていた。彼等の住処はヨシ

達とも岡田達とも少し離れた場所にあった。

最初は皆と同じ場所に住んでいたのだが、上手に平山を誘導して、少

し奴等から距離をおかせた。少し遠くに住むということは、こうやっ

て夜に抜け出すことが出来るので好都合だった。

しかし、誤算だったのは、平山は想像以上にシンを愛したことだ。

ブスにモテてると報告するのはとても恥ずかしい事なのだが、隠すわ

けにもいかなかった。

「なんだ、のろけかよ」

ケンがさっそくシンを馬鹿にしてきた。瞬間、頭の中に平山のパグの

様につぶれたブスな顔がよぎった。

「利用しているだけなんで、前に顔見たんだろ」

ケンがからかってきたことにイライラした。アホの冷かしに冷静に

対処すればいいだけのだが、なぜかこのことに関して過剰に反応した。

「で、どんな感じなんだ。春からいったいあそこで何が起こってんだ」

ロクはシンをけしかけた。ロクの必死さが心地良かった。

「驚かないでくださいよ」

少し焦らすことによって、命の恩人であるロクが自分を頼ってくれて

いることをケンとサギにも見せつけた。 

「なんだよ。早く言えよ」

案の定サギが嫉妬した。

「んー。 どこから話していいんだか?」

「だから、早く言えよ!」

わざととぼけると、不機嫌になるサギが面白い。 いつも冷静なサギ

が、まるでケンのように切れた。シンはそれに動じず、わざとゆっくりと話し出した。

「そうだな奴らは、鶏の飼育も始めたし」

「鶏の飼育?」

ケンが驚く。

「パソコンも持ってるし」

「パソコン?」

今度はサギ。

「田んぼで苗も育ってるし、畑も持ってる」

「田んぼ?畑?」

今度はジュンコが驚いた。案の定、雑魚達が騒ぎはじめだ。

その中でもロクは黙って聞いていた。この集団の中で、ロクだけは尊敬に値する人物だという思いは変らなかった。同時に、あの弱弱しいヨシのことを思い出した。

ロクはあのひ弱なヨシとは違う。ロクの力による圧倒的な威圧感、自殺者の間抜けなブスの平山にさえ言い返せない腰抜けとは大違いだ。

ロクが今、シンを頼りにしている。。

「もうとにかく何て言ったらいいんだ? 文明が凄いんだ」

シンは、今までが仕入れてきた情報を細かに全員に伝え始めた。

話の途中、興奮して口々にギャーギャー騒ぐケンをロクが一言で黙ら

せた。そしてだいたいの状況の説明を終えた。

ただ、ヨシが思ったよりも腰抜けにだったことは、意図的に報告するのをやめておいた。シンがヨシを倒した時に、その方が、ロクの評価が高くなるからだ。

「で、やっぱりあのビリビリの奴らか? あいつらが特別なのか?」ロクはシンを真っ直ぐに見ていった。

「そうです! あいつら本当は自殺しに来たのではなく、ここに村を

作りに来たんです」

「村をね! で、その村はあと何回寝ればできそうなんだ?」

ロクが再び聞いた。

「今日が9月12日なので、あいつら冬までに—」

「今日は9月12日なの?」

ジュンコが驚き、「奴らはカレンダーも持ってるのか?」とケンが

反応した。

「馬鹿か、さっきシンがパソコン持ってるって言ったじゃねえか!」

サギが、脳ミソ不足のケンを怒鳴った。

「待ってよ、電気はどうなのよ」

今度はジュンコが聞いた。原始的な生活をしている者達には刺激が強

すぎるのだ。

「奴ら発電機とバッテリーを持っている」

「発電機? 電気が作れるのか?」

ロクが驚いた。シンは手を回しながら説明した。

「今はこういう(手でクルクル回す)奴ですが、そのうち風力発電と

水力発電を作ると言ってます」

「材料は?」

ロクが前のめりだ。

「あいつらヨシ達と組んで潰れた廃屋から色々使えるものを寄せ集め

ています。廃屋の材木を集めて家も建てると言っています」

「ヨシはあいつらを上手く取り込んだ訳か!」

ロクは頷きながら何かを考えている。 

「で? どーすんのよ!ウチらに勝ち目はあるの?」

ジュンコはいつものように、イライラしながら急き立てた。

「よ〜するにビリビリの奴らだけヨシ達から奪えばいいんだろう!」

馬鹿なケンが偉そうだ。

「どうやるんだよ」

「知らねえよ」

サギが突っ込と、何も考えれないケンは面倒くさそうに返した。

「ケンは間抜けね! だってやつらすごいんでしょ!」

ジュンコは呆れた顔をしてため息をついた。

「いや! ケンはそれほど間抜けなことは言ってねえ! 自殺者達だ

け奪い取ればいい。なんてったって俺達にはシンがいる、おいシン!」

シンは待っていましたとばかりロクを見た。

「はい! なんでしょうか?」

「俺達が攻め込んだと同時に内部からヨシを刺せ。お前がヨシをヤレ

ば、あいつらは動揺する」

めったに笑わないロクは、そう言うと微笑みかけた。

「はい。 確かに!」

シンは、役に立てないケンとサギの悔しそうな顔を見ながら、最高の

気分だった。

「決行の日は村の家が完成する日だ! お前は、このまま10日に1

回はこっそり抜けて俺のところに報告に来い! 分かったな! 奴ら

が武器を隠している場所を突きつめろ!」 

「はい! 任せてください」

「あいつらを思い通りに動かせば、家も食べ物も俺らのものか!」

ロクは満足そうにうなずいた。

ロクは部下を競わせることでグループを強固なものにしていった。

そして、間違いなく主役はシンだった。 武党派のケンと智謀派の

サギ。そしてシンはどちらも持ち合わせた男で、ロクの為に刑務所の

楽園を献上するのだ。

「ヨシ達は殺して移住者の命は助けるんですよね?」

シンは無意識にロクに確認した

「そうだ!」

ロクは、念を押すシンを不思議に思ったのか少し首をひねった。

「なんだ? シン、やっぱりお前、自殺者の女に惚れたのか?」

ロクは有り得ないと言う感じでシンを冷やかしたが、今回はボスが

相手なので、今度はすぐに言い返すことができなかった。他のメンバー達はここぞとばかり大笑いした。

「まさか、確認しただけですよ。ありえないよ。あんなブス」

シンは冷たく言い放った後、一瞬だが、平山に申し訳無いと感じてし

まった自分が不快に思えた。ガリ勉で純粋だったあの頃に気持ちが

戻ってしまうのが恐かった。あの時のような優しい心だと、この地獄

では生きていけない。

秘密の会合は、ヨシ達に見つからないように早めに終った。シンは急

いで荒れた夜道を転がるように走った。


平山との住処の近くに来ると、服についた草や汚れを落としながら、

急いで呼吸を整えた。

住処に入ると足音をさせないで静かに平山に近づいた。

ブスのイビキは五月蠅くてグウグウと大きな音を立てていた。

シンはニコリと微笑み、ほっぺに優しくキスをした。ただ、シンの目

は野望に燃えてギラギラした目だった。

彼女は優しいキスが効いたのか? イビキが寝息に変わった。

シンは隣に寝そべって背中を平山に向けると、すぐに眠りに落ちた。

やがて、シンの呼吸がイビキに変った時、隣に寝ていたはずの平山の

目が開きポツポツと音がし始めた。

涙だった。平山の大きな身体が悲しみでかすかに震えていた。平山は

声を立てずに静かに泣いていた。

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