第19話 侵入者


  ヨシがひよこと戯れてる頃、鹿島と東野は小高くなった丘の上に仲

良く2人座っていた。

東野は、場に合わないノートパソコンで軽やかに文字を入力している。その横では鹿島がものすごい形相で、手漕ぎハンドルを回している。その器具は小型発電機で、パソコンに電気を供給している。その為にクルクル回しているのだが、彼女にとって東野が見向きもしてくれないないのが非常に不愉快だった。恋人にねぎらいの言葉もかけれない男なのか? そうならば最低の男だと思った。恋する乙女のようにチラチラと彼を確かめるが全く気付いてくれない。

一方の東野はすごく集中していた。集中していると全く他が見えない

のは、この男の悪い癖である。鹿島はしびれを切らし声をかけた。

「ねえ! 疲れたー」

可能な限り甘い声で、しかし東野は動かない。柄でもないのは分かっ

ているのだが、今度は袖を甘く引っ張ってみた。

恋とは不思議なものだ、男らしく横暴だった鹿島がしおらしくなっていた。

「いや、まだまだいっぱい充電しときたいからさ、頼むよ」

これだけやっても目線さえくれない。

「もー、私文明社会の物なんて使いたくないって言ってたじゃない」

今度は大声をだすと、東野はようやく画面から目を離して、うるさい

カマってちゃんを見つめた。

「分かってるけどさ。今俺のブログすごいんだよ。日本中、いや世界

中で話題沸騰みたいなんだよ。俺達5人と3人の移住者、そして5人

の受刑者、計13人が自分の村社会を作って行く、というドキュメン

タリーなんだよ。これを、俺、東野広一が書いてる、俺がだよ!」

東野が書く記事は、ネットで配信されている。ここまでは東野の知るところだ。それに加えて、毎週日曜日のゴールデンタイムにテレビ放送が行われているのは知らされてない。

東野のパソコンには、もう一つUSBコードがあり、その先には特殊な通信機器が接続してあり、それで東野はデータをライオン出版に送った。

「まー 私はあんたが喜ぶのならどーでもいいんだけど、でも疲れた」

「頼むよ、力仕事はやはり君でないと」

「あとでチューしてね」、

「肉食な」鹿島の提案に真面目な東野が眉をひそめた。

「君がそんなことばかり言うから、平山さんどこか行っちゃったじゃ

ないか」

なんて女心が分からない男なのだろう。 怒りがこみ上げてきた鹿島

は後ろから東野を羽交い絞めにした。

「じゃあ今しようか? チュー、というかやれよ! おまえ!」

彼女は豹変した挙句、貧弱な東野を攻め立て始めた。

「カンベンしてよ。 今忙しいんだから」

しばらく二人は子供のようにじゃれあった。 東野はやっとの思いで

鹿島の関節技から逃げだすと、はーっと溜息をつき寝転んだ。

「あーつまんない、えっと? ライオン出版の誰だっけ? 米沢さん?

さぞかし喜んでるでしょーね」

鹿島は東野の記事を心待ちにしているライオン出版の米沢を冗談っ

ぽく愚痴った。

「あー、「週間真実」の発行部数が50倍になったらしいよ。他にも

テレビの放映権とかもろもろ! 俺の記事がテレビでも放送されるん

だって」

「テレビの放映権? 記事がテレビになるの? ぼろ儲けだな! 

なんか差し入れしてもらいな」

「無理だよ。ココは特殊刑務所なんだから!」

東野は「差し入れ」のところを真面目に切り取った。

「まあね」

鹿島にとってお金やモノを得ることはどうでも良い事で、ひ弱で優し

い東野と暮らしているだけで充分楽しかった。彼がここでの生活を、

世間に発信していることは正直嫌だったが、彼の生きがいになってい

るので止めようとは思わなかった。恋に落ちれば落ちるほど、鹿島は

遠慮をしてしまうタイプなのだ。

「それに儲けは、うちの母さんの病気の治療費に使ってくれてるんだ、

東野の母が、ガンで何度か手術をしているとは聞いていた。彼は何も

言わないが、本当は医療費の為にここに来たんだと確信した。

そして最近、彼がブログを書くことに文句を言っていなかったことを

思い出し誇りに思った。

「あんた。想像以上にいい奴だな! だから私に惚れたの?」

「え? 告白したの鹿島さんじゃあなかったっけ?」

「何言ってんの! 告白したのはお前だよ! ブログに変なこと書く

なよな!」

「書かないよ! しかし、なんか変なんだよな」

ブログに書くと聞いて、急に東野が怪訝(けげん)な顔をした。

「何が?」

「俺の書いた記事が全部載ってないんだ。たぶん、いつも都合よく

編集されてるみたいなんだ。アップされた内容は教えてくれないし、

確認もできないし」

「都合よく?」

「そう、なんか大衆受けというか? 無難にね、ブログもツィッターも

多分全ておかしいんだ。米沢さんはそのことについて何も言わないし」。

東野はジャーナリストを目指してる割には「ウブ」なところがあった。

刑務所に入っている輩の生活のレポートなんて規制されるに決まっている。米沢さんからメールが来るだけでも驚きなのに、と鹿島は思ったが、何も言わないでおこうと思った。


そんな雰囲気の中、平山が見たことも無い男と腕を組んで現れた。

「誰? 何?」

臆病な東野がいち早く過剰に反応した。

「シンさんって言うの」

平山は得意顔でシンの腕に抱きついた。(シンと言えば、あのヨシ達

のグループから来た刺客がついに現れたのだ。)

「シンさん?」

出会って数時間のはずなのに、平山は長年の知り合いの様に紹介した。

「あんた達があんまりいちゃつくからムカつくんで! その辺歩いて

たところ! シン君を発見したの!」

平山は「運命の出会い」に興奮しているのか、デレデレ喋った。

「はじめまして!」

シンは無口な感じで挨拶だけした。

「自殺希望者ですか?」

少し性格が暗そうなシンに東野は聞いた。と同時に平山が箱を持ち上

げた。

「はいこれ! 彼の命の箱、あ、この人、東野さんで元々記者さんね、

でこっちがその彼女になった鹿島さん」

平山は、テンポよく二人をシンに紹介した。

「彼女って、、、まあ、こいつが1人では何もできないから」

鹿島は「彼女」という言葉がうれしかったのか、再び発電機の取っ手

を掴むと素早くグルグルと回し始め、「で、私は今発電してます」と

照れくさそうに誤魔化した。


シンは一瞬パソコンや発電機に目を取られたが、何事も無かったよう

に視線を下に下げた。頭の中では、刑務所にパソコン? と驚いたが、

なんとか顔にださないようにした。ここでは身元がばれないように、おとなしい男を演じなければならない。

「死のうかとおもってたんですけど、平山さんに励まされて、仲間も

いっぱいいるって言うし生きてみようかなと思って!」とボソボソと

暗い感じで話した。

明らかに、平山と出会った時とは違う喋り方をした。平山には明る

く積極的に接し、今は一転して寡黙な人を演じている。

計算通り、あとは彼女が『シャイで自分だけに話をしてくれる人』と解釈してくれれば都合が良かった。身元を隠す為には、なるべく平山以外とは喋らないつもりだった。

「へー。じゃあここに最近入ったんですか?」

そんな計画とは露知らず、パソコンをいじっている男は、ズケズケと

入ってきた。

「はい、最近です」

話しかけないで! というオーラを出しながら小声で答えたが、東野

という男は、その手のオーラがキャッチ出来ない鈍感な人間のようだ。 

「じゃあ俺たちのことも知らないですか? ほら、僕の記事、相当話

題になってるし、ネットにも載ってるし、ほら最終刑務所で村をつく

ろう!って言う」

「記事? 話題になってる?」

頭の中が混乱した。「最近入った」と言ってしまったことは失言だっ

たようだ。この男が刑務所内で何かやっている事には興味があるのだ

が、今質問してボロがでるのは避けたかった。後で平山に聞けばよい

のだ。犯罪者とバレると厄介なことになる。シンは話を変えた。

「あー、でも自殺を考えてたくらいですから世間には疎くて、あのー

引きこもりだったんで」

我ながらなんて良い言い訳だと思った。シンは暗く心に傷がある男を

演出することを頭の中で即断した。そして、やり場のない困った顔を平山に向けた。

「あんまりココのこと調べて来なかったのよね?」

案の定、平山が頼んでもいないのに、絶妙なタイミングで助け舟をだ

してきた。

この女は使える、と改めて思った。間違いなく惚れた男に尽くすタ

イプだ。初めて平山を見た時は、外見があまりにも理想とかけ離れて

いてがっかりした。何と言えばいいのだろうか、色気もなく派手さもない。平ぺったい顔をした少し小太りのブス。多分、ここに来て痩せはしたんだろうが救いようがない。

そんなことを思いながら「すみません」と神妙に東野にお詫びした、

「いや、いーんだ」

東野は質問したことを反省するように謝ってきた。 単純な男だ。

「シンさんは私と同じで傷ついてココに来たんだから」

平山は、東野を恨めしそうに見ながら、再度シンの腕を抱え込んだ。

「ごめん。 ちょっと、最近話題になってると聞いたものだからつい

聞いちゃって! ここの生活は楽しいよ。何があったかは知らないけ

ど、自殺なんかすべきじゃあないと思う」と東野が笑いかけ、

「最近野菜も食べれるようになったし、外と違っていろんなプレッシ

ャーも無いし、この人が言うようにここはいいとこよ」と、鹿島も

同様に微笑んだ。


ちょうど場も和んだところで向こうからヨシとメイがやってきた。

シンは、その男の持つ雰囲気から、すぐにヨシだと察した。しかし、この男にはロクのような恐ろしい殺気は無い。どうしても、ロクの顔をあれだけ負傷させるほどの男だとは思えなかった。

「あれ?」

ヨシは見たことがない者が存在することに気付いた。

「新入りか?」

ヨシは腕を組んでいる平山に聞いた。

「ヨシ親分さん! そう新入りなの? シンさんって言うのよ、かっ

こいいでしょ!」

平山は先程よりも落ち着いた感じでヨシとメイに報告した。 ヨシは

新たな訪問者をじっくりと見つめた。

「ヨシにはくれぐれも気をつけろ」とロクには言われていた。彼は何

を考えているかはわからない。そしてなかなか喋りださない。

しばらくして、「ん? こいつ犯罪者か?」とボソリと一言。ヨシの

直感は侮れない。

「何言ってんの自殺者よ! ほら、箱! ここにあるじゃあない」

平山は予想もしてなかったヨシの言葉に呆れた顔をした。

「ホントか? これコイツのか?」

ヨシは簡単に納得しようとはしなかった。いままで数々の危機を切り

抜けてきた男の勘がそうさせるのだ。シンはポケットの中に手を入れて、あらかじめ仕込んでおいた薄長く尖った石を手に触れて確認した。いざとなればこれを持って殴りかかるつもりだった。

「ほんとよ」

平山が「いったい何なのよ」という感じで過剰に興奮した。 周りの誰

もが黙り込み、ヨシの反応を待った。彼は数回首をひねった後、考え

を搾り出した。

「うーん、じゃあいいんだが?」

その反応が気に入らなかったのだろう、平山は顔を真っ赤にしてヨシ

をにらんだ。

ヨシは何もして

こなかった。ヨシは自身の眼力の方を疑っているようだった。

「何よヨシさんったら」

「いや、今、目つきがするどかったような気がしたから、一応な!」

ふくれた顔で怒る平山に、ヨシは申し訳ない顔をした。

その瞬間、シンはこの作戦が成功すると確信した。

ヨシのリーダーの判断力は「ボロボロに錆付いている」としかいいようがなかった。それも元自殺志願者の女ごときに言いくるめられてオロオロしている。このぬるま湯のような生活ですっかりお人好しの一

般人に成り下がったのだ。  

「優しそうな男じゃあない」

ヨシの女と思われるメイまでも平山を慰めた。

「そうだな? すまなかった、俺がヨシな!」

「私がメイね」

「よろしくお願いします」

シンは、心の動きを見せないように冷静に挨拶を返した。ポケットの

石が汗でびしょびしょになっていた。

平山は反抗期の娘が父親を見るようにヨシを睨んだ後、申し訳無さそ

うな顔をした。

「ごめんね、シン、彼らは犯罪者だから、疑い深くて愛想悪いけど

気にしないでね」

「平山! いいすぎ!が」

周りは重い空気になった。「犯罪者」は禁句のようで、鹿島の顔がひ

きつった。

「そうだよ! 何言ってんだよ」

東野も悲しそうな顔で平山を見つめたが、彼女はまだ怒っていて、

プイと横を向いて視線をそらした。

「いいよ! 確かに俺らは犯罪者だしな。そうかもしれねえし、そう

思われてもしょうがない」

ヨシは複雑な表情だ。 

「平山さん謝りなよ」

鹿島はやさしく諭した。

シンはこのゆるすぎる世界に反吐がでそうだった。

もしロクがヨシの立場だったら、刃向かった平山は、もうこの世には

いない。3秒程度であの世行きだ。それに比べて、この弱っちいヨシは情けない。

「だって、、、」

平山は引っ込みがつかなくなっていた。そして茶番はまだ続いた。

「謝らなくてもいいよ。やっぱり俺達は違うからね。あんた達は理想

を持ってこのゴミ箱にやってきた。そして俺達はこのゴミ箱に捨てら

れた者達だ」

「ヨシさん 何もそこまで言わなくても」

東野は、ヨシは違うんだ! という感じで首を横に振った。

「いや俺達はクズなんだ。そこはよく分かっているつもりだ。シン、

平山すまなかったな」

平山達は黙ってうなずいた。シンは心の底で、大声で笑いたかったが

必死で我慢することしかなかった。

そして、ヨシとメイは去っていった。

シンの頭の中は、いかにこの弱虫集団を攻め落とし、創り上げた物を

強奪するかということでいっぱいになった。ロクへの報告がとても楽しみで、顔にでる喜びを隠すのが難しかった。平山は「住む許しを得たことを喜んでいる」と勘違いし寄り添ってきた。

シンは上手に敵に紛れ込むことに成功したのだ。

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