第18話 夏の終わり 

夏が終わり秋になろうとしていた。

岡田とヨシ達は、監視塔から目立たない場所に村を作るために、神社

の丘の西側の奥地に移住していた。もはや命の箱をあてにしなくても良くなったのでロク達の縄張りの近くに住む危険もなくなった。

細田は、いとおしく鶏たちを眺めているヨシを見て微笑んだ。 その傍(そば)

にはメイと吉岡がいる。 今となっては、細田達三人がここに自殺を

しに来たということが信じ難い。ただ現実社会から逃げたかっただけだったのかもしれない? 刑務所の中は居心地がよかった。

それは平山も吉岡も一緒だった。ロク達を追い出した直後から、三人

の運命が変わった。自殺する気は消え失せて移住組と一つになった。

「P子ちゃん一杯食べるんだよ、餌はおじさんが持ってくるから」

強面のヨシは鶏に向かって話しかけていた。

「ヨシ。あんた犯罪者出身でしょ、もっと凄みきかせないと。この子

達になめられるよ」

メイは呆れ顔だ。

「うるさい! P子ちゃん達かわいがらねえと! 卵産んでくれなか

ったらどーすんだ」

ヨシは嬉しそうに言い返す。最近のヨシとメイは、サバイバルな生活

苦から開放されて殺気や威圧感が消えた。そして、明るくなったのは

ヨシとメイだけではなく全ての仲間達の顔つきが希望に満ちた優しい

顔に変った。細田はトコトコとヨシに駆け寄った。

「卵好きですもんね。ヨシ親分は!」

「そーだ、あと1ヵ月で卵が食えるようで、お前らには感謝してるよ」

ヨシに感謝されて、細田はとんでもないと首を横に何回も振った。

「私達も親分さん達に守ってもらって感謝してますよ」

細田は、正義のヒーローを見る眼差しで会話している。

皆を束ねるヨシは尊敬の人だ。

「俺達は力仕事か、用心棒の仕事が天職だからな。幸いロク達もお前

らのビリビリにビビって攻めてこないしな」

ヨシは、優しい眼差しで照れた。それにつられて細田もうつむいた。

「ビリビリじゃあなくて、ヨシさん達のおかげですよ!」

吉岡がいきなり出てきた。 それを見ていたメイは、自分の予想以上

にモテているヨシを落ち着かせる為に話を変えた。 

「ね? みんなどこいったの?」

「え〜と、岡田さんと上崎さんと里中さんとクミさんは、水道を引く

場所を探してて」と吉岡が神社がある丘の上を指さした。神社の上に

水が湧き出ていて、下まで引っ張る計画を実行している。

「里中とクミは邪魔だね!」

メイは岡田と上崎を二人きりにしてあげるべき、と思った。

「そうなんです。どう考えても、特にクミは行かなくていいはずなん

ですけどね」

吉岡は不満そうだ。言い方がきついのでメイが不思議そうな顔をする

と事情を分かっている細田が耳打ちした。

「なんかクミさん里中さんマジで狙ってるみたいで!」

「え?」

メイは動揺してヨシを見た。最近村の中で活発に恋愛活動が行われて

いるのだが、まさかクミが?と、驚いている二人を見て細田はうれしそうに付け加えた。 

「それで、吉岡さん。またオカマに男取られそうで不安なんです」

メイとヨシはこの一言で現在、里中・クミ・吉岡が三角関係にあるこ

とに気付いた。吉岡は切ない顔をして空を仰いだ。

「私って好きになる男は全部オカマに取られる運命にあるんだわ!」

「大丈夫よ。だってクミってさ! すごい不細工じゃない」

メイはクミがそこにいないのをいいことに失礼だ。

細田は入所した時の「不幸争い」癖がまだ治ってないらしく、また

メイに耳打ちした。

「前の彼氏を寝取られたオカマも不細工だったんです。しかも、手術

前の———」

吉岡は、冷静に細田のみぞおちにパンチを入れて会話を止めた。

細田は呼吸が一瞬止まり苦しそうにもがいているが、まるで何も無かったように話題を再開した。

暴力を見慣れているヨシとメイも、からかった細田が悪いと言う感じで、鶏達の後ろをゆっくりと追いかけ始め、一緒に吉岡も歩いた。

「え〜と、それで、東野と鹿島と平山はネット記事を書いてるんです」

「なんで三人で書くんだよ? というか今度は平山が邪魔だね」

メイは東野と鹿島が最近付き合いだしたのを知っている。 

あの犬猿の仲の二人が喧嘩するたびに惹かれていった。

「あいつらできちゃってるのにね。平山さんもついていっても「あて

られる」だけなのに」

お腹を殴られた細田は、すぐに復活した。彼女は他人の恋話が大好き

なのだ。

「正反対のあいつらがねー、なんかいろいろ盛り上がってんだな」

この手の話に疎いヨシは鶏を抱きしめながら驚いた。 

「親分さん。ゴーさんとヨージさんはどこにいったんですか?」

細田はヨージに惹かれるのだが、ヨシには気付く気配がない。

「あーあいつらか! 早く大きな家を建てたいらしくて、廃材を探し

に行ってるよ」   

「あのお二人? というか、皆さんって、意外と真面目なんですね、

もっと恐い人達だと思ったのに」

細田は、ヨージで顔を赤くして身体をクネクネした。

「あんた やっぱ前科者ってのは気になるの?」

メイは細田の気持ちを見抜き質問し返した。

「正直いって少しまだ恐いです。いくら親分さんが訳あり不運で来た

人しか集めてないといっても」

細田はため息をついた後、とても失礼な事をメイ達に言ったことに

気づいた。彼女はヨージが元犯罪者だということで恋愛を躊躇しているのではなく本当は恋愛に失敗するのが怖いのだ。言い訳が欲しいだけなのだ。メイもヨシも彼女の失言に怒ることもなく偏見もなく接してくれるのに、細田は自身を恥じた。

「そのうちヨージに直接聞いてみたらいいんじゃあないか? 気になるんだろ」

恋愛に疎いヨシが心配そうに声をかけた。


平和な状態で暮らすヨシ達と岡田達の間では、新しい恋が生まれていった。ここでもう一度まとめてみよう。

まず、元々から不倫の恋人同士だった岡田博士とその助手上崎、

そして、受刑者のヨシとメイ、サバイバル愛好家の鹿島と記者の東野の3組。

まだ恋とは言えない何かが起こりそうなペアが、受刑者のヨージと

元自殺志願者の細田、借金してた里中は、犯罪者のクミ(男)と元自

殺者志願者の吉岡が三つ巴の状態である。       


とにかくみんな幸せだった。 しかしその幸せを変えてしまうかもしれない侵入者が近づいていることには誰も気付いてはいなかった。

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