第16話 因縁
ヨシは、彼のグループが出来るまでのことも教えてくれた。
実は積極的にグループを作りたかった訳ではなかった。
入所後2年ばかり、ヨシは独りでひっそりと暮らしていた。死と直面した環境だったが、仲間がほしいと思うことは全く無かったし、期待していなかった。前に述べた通り「自殺すべき」と思っていたからだ。
ある日、一人の女がヨシの方に向かって駆け込んで来た。後ろから
三人の犯罪者達が女を追いかけていた。いやらしい笑みを浮かた三人は、飢えて死ぬ前に誰でもいいので若い女を抱きたかったのだろう。ヨシは即座に股間を膨らましている三人を倒したのだが、そのまま女を放っておく事が出来なくなった。それがメイだった。
若い女の重犯罪者は珍しかったので、刑務所内での強姦のターゲットになっても不思議ではなかった。メイは大きな目をした背の高い女だった。ふつうの家庭で生きてきたのならば、顔はかわいい部類に入るが、今までの犯罪の歴史が、彼女の目を鋭くし悲しそうな表情にさせていた。
メイは最初口数少なく、ほとんどヨシとも話しはしなかった。 最終刑務所には「放火と殺人の罪」で入所した、
彼女は自身の母親と義理の父を殺害し放火した。 メイは過去の話を
するのが辛く、信頼してるヨシにもはじめは断片的な話しかしなかった。
メイの両親は元々仲の良い夫婦だった。だが不幸は一瞬にして訪れ
た。メイが保育園に通っている頃、父親は他の女とできて失踪した。それをきっかけに、優しかった母親は嫉妬のあまり豹変した。酒を浴びるように飲み始め、メイの顔が父親に似ているという理由でいろ
いろな虐待を受けた。罵られたり、グーで殴られたり、ご飯を与えら
れなかったり、母親の機嫌が悪いと、特に虐待はひどくなっだ。
そして、母親は次から次に家に新しい男を連れ込んた。
メイが高一になったばかりの頃、夜中に目覚めると手が縛られていた。
母親の新しい男が隣にいた。そして母親もいた。泣いて助けを求めた
抵抗したが殴られ強姦された。母親は、ニコニコ笑って娘が犯されるのを見ていた。顔が大きく腫れて醜く、口の中が血だらけで声が枯れて不快だった。ただ、その身体的不快感よりも、それ以上の精神的な不快感がメイに襲いかかった。
その夜、メイは就寝中の2人を棒で力まかせに殴った後、灯油をかけ
て火をつけた。産んでくれた情けからか強く殴れなかった母親が、火をつける前に意識が戻ったが、メイは助けなかった。
裁判で担当の弁護士は頑張ってくれたのだが、メイはあっさりと
無期懲役になった。誰も母親の虐待を証言してくれる人がいなかった。少年犯罪法は大幅に年令を引き下げられていたので、彼女の犯罪時の年令は刑期にはあまり関係なかった。結果、無期懲役で最高刑務所に入れられた。
メイがこの悲劇をヨシに話すのには長い時間がかかった。メイは
精神的に深く病んでいたのだが、話を聞いてくれるヨシに心を開いて
いった。それと同時にヨシの心も穏やかになっていった。
彼らは刑務所内で生きていくことを決めた。 そして住処の外にも出
歩くようになった。
メイが飛び込んできて以来、次々と仲間が増えていった。ヨージ・ゴー・おかまのクミ、路頭に迷っている犯罪者をヨシ達は助けていったのだが、ヨシは、誰でも無条件に仲間に入れることはしなかった。
ヨシは犯罪者を仲間に入れる時は必ず前科を聞いた。 犯罪者を裁くつもりは無かったが、犯罪者達の中には、殺人を楽しんでいる奴らが沢山いるので、仲間達の安全を守る為には必要なことだった。
ヨシは仲間になりたがる犯罪者を冷静に敵か味方か判断していった。
犯した犯罪を自慢げに話してくる者・やたらと自分は善人だと強調
する者・やたらと黙っている者、これらの犯罪者は絶対に仲間に加えなかった。最終的には目を見て仲間にいれるかどうかを決めた。目をみればその男がすぐに分かると自信を持っていた。実際、岡田もヨシの洞察力に一目置いていた。
仲間に入れないと逆上する者も沢山いた。
そして、忘れられない男がいた。まだヨシがメイと二人だけの頃、
その男は散々自身の殺人を美化した後、ヨシに「仲間にいれろ」と要求した。ヨシが丁寧に断ると、その男はあっさりと引き下がった。
しかし、ヨシが後ろを向いた瞬間、ものすごい勢いで近づき後ろから
殴りつけた。フラフラのヨシをその男は笑いながら何回も殴りつけたが、ヨシはその男の足を素早く取りあげ、上体を掴み持ち上げた後、地面に叩きつけた。そして距離をとった。
するとその男は、先がとがった短い棒切れを拾うと、ナイフを持つよ
うな手つきで、ヨシめがけて襲い掛かった。男はヨシの持つ住処とメイを狙っていた。ヨシはなんとか攻撃をかわして、カウンター気味にその男へ強烈なパンチを入れた。
その男は頭をふらつかせながら、卑怯にも近くにいたメイに襲いかかった。ヨシは急いでメイを庇った。
メイに突き刺さる予定の鋭く尖っている棒は、ヨシのふとももに深く
刺ささり激痛が走った。
しかし、ヨシは血だらけの棒を引き抜き、その尖った棒で反撃した。素早く近づきフルスイングした棒の先は、男の顔の右目の下を大きく切り裂いた。傷口から血が飛び出るように吹き出した。そうなると、男は顔を抑えることしか出来なくなった。
そして「おぼえとけよ」と捨て台詞を吐いて去っていった。男はかなり重症であったが、ヨシは手負いの者を追いかけたりする男ではなかった。
その男は死なずに生きのびた。そしてその男はロクと言った。
あの里中達を襲った敵対集団のボスとヨシにはそんな因縁があった。
そして、生き残った凶暴なロクも「気が合う」仲間とグループを作っ
た。ロクはヨシと真反対の基準で仲間を見つけていった。
殺人等を楽しんだ結果刑務所にきた者・凶悪で強くそしてロクに
忠誠心を誓う者を仲間に引き入れた。
川の西側の山手側に住むヨシ達が、細々と目立たぬように魚をとって暮らしているのに対して、ロク達は非道の限りを尽くして物を強奪していった。自殺者の入所はロク達のグループにとっては強い追い風となり、自殺者の命の箱を獲得するために自殺者入所口近くに縄張りを移し、次から次に箱を獲得していった。まだ決心のつかない者を強引に自殺させたり箱の為ならなんでもやり、そして人間ハンティングも上手くかわしてきた。
以上が岡田がヨシから聞いた最高刑務所のおおまかな話だ。
岡田は念入りにヒゲの剃り具合を手で確認すると、大事に髭剃りを髪箱に戻した。そして、畑に歩き出すと人参を植えたところに生えている雑草達をゆっくりとむしり始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます