第15話 ヨシ達

岡田は切り開いた畑を眺めながら、電気髭剃りで入念にヒゲを剃っていた。カミソリでヒゲをそるのが恐いので、電気髭剃りを持ってきて本当に良かったと思っていた。壊れるまでは4、5年は使えそうである。あわよくば直せるかもしれない。

ピーマン・枝豆・オクラ・トマト・サツマイモ・人参等、畑からはい

ろいろな野菜の芽が出はじめている。

入所した日から2ヵ月あまりが経った。もうすぐ夏が近づいてくる。

まだ生きている! よくここまで生き延びた。

元自殺志願者の平山達に命を助けられ、今は同じ移住者になった。

そしてヨシ達のグループとの出会い。振り返れば、これは天命に違い

なかった。結果的にはすべてが順調だった。

あれから、ロク達はこちらを攻めて来ることはなかった。

「川の向こうと轟のいる監視塔の下には行くな」と言うのが共通の合言葉になっていた。だいたいの犯罪者達は入所後轟の「人間ハンティング」の犠牲になった。

現在、移住組とヨシ達は隣合わせに住んでいる。近くに住み始める

には1週間もかからなかった。会議で全会一致ですぐに決まった。

ロク達に襲われるかもしれない。身の危険を感じるというのも一緒に

住む理由の一つにはなったが、なによりもヨシ達のグループの人柄の

良さが決断に大きく影響した。

ヨシは気を使って、無理に近くに住むことを移住組には勧めなかった。彼等自身が重度の犯罪を犯したことを深く反省していたからだ。

ただ、ヨシのグループの人達が犯した犯罪は、ほとんどが突発的かつ偶発的であったし、どの犯罪も同情に値するものだった。


極貧で育ったゴーは、複数の窃盗を重ねて懲役が10年を超えた。

学校にも行けなかったゴーは生活の為に犯罪を繰り返した。

ヨージは酒場で喧嘩をふっかけられた友人をかばって殴り返したら運悪く相手が亡くなった。相手が資産家の息子と言うことで、ヨージの凶暴性が裁判で何倍も増幅された。

彼等は、罪のことやその言い訳をしたがらなかったが、彼等の心根は

は接するうちによく分かった。「自ら進んで人を殺す者」という前科者は、ここには誰もいなかった。


ヨシはこの刑務所で生き残った罪人の第一号だった。

まだ犯罪者達だけが入所してたころ、入所後の彼等のほとんどがヤケクソになり殺し合い、または何もせず死を待つのが当たり前だった。しかし、我慢強いヨシは違った。

ヨシは飲酒運転により、まだ未来がある若者をはねて殺してしまった。ヨシは公務員でありレスキュー隊員であった。

楽しいデートの帰り道、少しかお酒を飲んでいないという油断と、デートで浮かれていた事が過ちを犯す原因になった。

レスキュー隊員が飲酒運転で人身事故という格好のネタは、当時テレビや新聞等のマスコミでも騒がれた。

被害者の母親は、何度も昼間のワイドショーに出演して、「ヨシのことを殺したい」と言い続け、これに世論は敏感に反応して陪審員制度の判決は懲役10年となった。最高刑務所に入れられるにはちょうどよい刑期になった。

「控訴して戦えば8年くらいの刑期にできるかもしれない」と、何度も弁護士に勧められたが、ヨシにとって、控訴は恥と感じてそのまま懲役10年を受け入れた。

入所した後、彼自身は死んで償うべき人間と自覚していたが、何もせずにそのまま刑務所で死んでいくことができなかった。

ヨシは、子供の頃からキャンプやアウトドアが好きだった。かつ、スポーツ万能で身体能力がずば抜けていた。格闘技をやったことはなかったが喧嘩はめっぽう強かった。そして、小中学までは、ヤンチャで喧嘩ばかりしていたが、身体が成長するにつれ、それが馬鹿らしくなった。ただ、すでに喧嘩が強いと言う噂が広まっていたため、よく挑発された。無理やり売られる喧嘩は、闘争心もわかずとにかく逃げ回った。結局、ヨシの強く頑丈な鍛えられた肉体と判断力、そして余計なことをしない性格が彼を刑務所で生き延びさせた。

ヨシはまた、刑務所の歴史だけではなく刑務所の地理にも精通していた。それは岡田の持っている地図にもない貴重なものだった。

ヨシは時々、岡田に今まであった事を断片的に話してくれた。

以前は過疎地の村だった最高刑務所には沢山の廃屋があったのだが、

政府は犯罪者達が廃屋に住みつかないように、それらを完全に破壊し、土砂をかけていた。ただ、ヨシの嗅覚は鋭く「ここだ!」と言った場所を掘り返していくと、古木材・板・ボロ布・欠けたお皿・ビン・ナベ等のお宝が出てきた。ヨシは岡田が欲しいものがあれば一緒に智恵をしぼって調達してくれた。とにかくヨシはなんでも知っている。

ヨシがまだ独りで活動していた時は、林の奥の目立たない雨をしのげる半分洞窟のような場所に住んでいた。本来はそこを死に場所にしようと辿り着いたのだが、死にきれずそこが寝床になった。

 刑務所の内部には監視カメラ網が張り巡らされている為、ヨシはなるべく夜にうろついていた。彼が生存していることはもちろんのこと、行動パターンを刑務所側に知られるのが恐かった。刑務所さえその気になれば、生存者はいつでも処分されることを、ヨシは充分承知していた。監視カメラの数は年々増えていった。岡田達の入所の数ヶ月前、カメラの技術者達と共に大量の刑務官達が重武装でやってきてカメラの増設工事を行った。技術者の安全を確保する為、犯罪者が視界に入れば全て排除した。物陰から犯罪者者達が少しでも飛び出せば自動小銃で跡形もなく撃ち殺された。実際のところ射殺されたのは入所したばかりの自殺志願者達がほとんどだった。

ヨシが特に恐れているのが所長の轟だった。彼の暴挙にはキリが無

かった。犯罪者達の入所日、轟はまだ入場したての罪人を「気に入らない」の理由一つで、入所ゲートをくぐるや否や、ショットガンでいきなり連射したことがあった。その時、轟は楽しそうに笑っていたそうだ。もちろん、これらの情報は公開されずに隠蔽されてきた。 

この刑務所は轟自身がルールなのである。銃で武装している轟に囚人

が抵抗できる訳もない。

(ただこの酷い行いは、岡田達の入所後から少しずつ改善し始めた。

それは、刑務所のドキュメンタリー放送が始まったからである)

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