第14話 もう一つの遭遇

平山達が、ロクのグループを追い払った時、上崎と岡田博士は丁度完成したカマドの前にいた。

「犯罪者のグループが仲間を襲った」ということは露知らず、勉強し

かできなくキャンプもしたことが無い二人が、石と粘土でカマドを

作れたことに満足していた。

仕事の達成感で心が開放されていた上崎は、少し頬を赤らめ岡田教授

に話しかけた。

「マー君、なかなかいいかまどができたね」

彼女は愛に飢えていた。あえて二人のときしか使わない「マー君」と

いう呼び名を使った。

「あきこちゃん、マー君と呼ぶのはまだやばいよ」

岡田は、気配もないのに辺りをクルクルと見回しながら照れくさそう

にうつむいた。マー君と呼ぶのは早いと言っているのにも関わらず、

あきこちゃんと言ってしまう岡田、彼のそういう不器用なところが、

大好きだった。

「いいじゃない。二人きりになれたんだから。あたしず〜っとさみし

かったんだから」

意図的にほっぺをかわいく膨らまし、岡田に甘えて見せたが、岡田が、

今ひとつ喜んでいないのが気になったので問いかけた。

「犯罪者達がいたことが気になるの?」

「いや、僕達はナイフを持っているし大丈夫、それに、話し合えば

きっと分かってくれる」

「そうね、でも刑務所長は嘘ついたね」

「いや、刑務所長は言えなかっただけだよ」

岡田はどんな時も人のことを悪く言わないお人よしな人間だった。

「鬼のような奥さんびっくりしてるかな?」

上崎は意地悪だと思ったが、わざと「鬼のような」という形容詞を

奥さんに付けて尋ねてみた。わざわざ聞かなければ良いことなのだが、

何故か聞いてしまうのだ。

「してるだろうね」

「後悔してるの? ここに来たこと」

「いや後悔なんかしてないよ、ただ」

「ただ?」

「ただ 息子と娘が少し心配で!」

岡田は少し暗い表情で言った。


岡田の結婚生活はずっと前から破綻していた。表面上は何の亀裂も

入ってないような理想の夫婦だったのだが、会話をすることはほとんどなかった。

    岡田が妻と不仲になったのは、現実離れした夢を実現させようとする行動から来たものだった。刑務所に移住をして理想の村をつくることを本気で考えている夫、その様な夫を支えきる妻など普通は存在しない。そんな時に二人は巡り合った。岡田は20歳も若い生徒の上崎と恋におちてしまったのだ。

上崎も理想の村を最高刑務所につくる、という大志を抱いて入植し

たわけだが、心の奥底に、何も気にせず岡田と暮らせる楽園を求めていた。ただ、彼の高校生の息子と娘から、父親を奪うことに強い罪悪感を感じていた。もし上崎が彼の娘の立場になった時、自分は深く傷つき落ち込む、憎しみを持つだろう。岡田は、子供達に「研究の為に入植する」とだけ書いた手紙を置いてきており、入所前から気がかりになっていた。しかし、上崎はそれを素直に受け入れることはできなく、その後ろ向きな気持ちを打ち消しにかかった。 

「大丈夫よ。もう高校生でしょ、奥さんに理解してもらえないんだか

らしかたがないわよ、あなたがここに来るのも研究の為だって、置手

紙には書いたでしょう。大丈夫!」

「うん」

「じゃあ、いーじゃない! マー君」

「じゃあ焚き木拾って来ようよ」

真面目すぎる岡田はつれない男である。 これだけアピールしても、

また仕事に戻ろうとしていた。

「え〜。折角二人きりになれたのに? いいじゃない」

「いや俺、リーダーだし博士だし、やっぱきちんとしとかないとさ」

「えー」

上崎の心の声がそのまま突き抜けてきた。ここであっさりと納得する

と、またずっと我慢しなければいけないのだ。

「なんか俺、言いだしっぺだし、それにこういう研究してたから、

あと、みんなは俺のことなんでも知ってる博士だと思ってるし、でも、

実際文化人類学の博士と言っても、知識だけの頭でっかちだし」

岡田は自信を無くしていた。

「大丈夫よ、私たちいろいろなもの揃えてきてるし、ここで一緒に

楽園をつくっていきましょう」

上崎は岡田の両手を取り、やや大きめの胸に押し付けるようにして、

強引に彼を丸め込もうとした。

「ね? 元気でた?」

「うん!」

岡田は、年上とは感じさせない純情な表情で返事した。上崎はここぞ

と大胆に迫りはじめた。 

「じゃあキスして?」

「え?」

「すぐには私たちカップルだって公表しないんでしょ?」

「ま、そうだけど!」

「じゃあ!」

「え?」

どっちが年上なのか分からないくらい岡田は翻弄されていた。攻撃は

さらに続いた。

「はやくーぅ」

「じゃあ、あの、、、 目つぶってよ!」

「10秒以上はしてね! マー君」

「え〜っ」

「は・や・くぅ〜」

上崎は普段は絶対に見せない仕草で、腰をクネクネしながら岡田を

挑発した。岡田は顔を真っ赤にして困っていたが、ひどく嫌がってる

ようには見えなかった。


竹薮の向こうから視線が注がれている。

着古した服に汚れた顔の四人が一塊になって、岡田と上崎のいちゃつく様を見ている。その四人組を後ろで静かに見ている男がグループのリーダーのヨシである。刑務所に存在する別グループだ。

「わかったよ〜。あきこちゃん」

岡田は覚悟を決めて、キス慣れしてないと思われる唇をタコのように

して、かわいい唇に向かってゆっくりと近づいていった。

物陰の四人はざわめいた。20代くらいの小柄ながっちりとした男、

ヨージがにやりと笑いながら他の三人にささやいた。

「心中カップルか?」

「最後のキスみたいだね、うらやましいわ」

ヨージよりもずっと大人な感じの女メイが言葉を続ける。メイはヨシ

の女である。

「箱の中、いいもんあればいいな」

まだ10代と思われる男、ゴーはいちゃつく二人には関心がないのか、

そばにある箱見たさでいっぱいだ。そのゴーの横に、おもいっきり

女装をしている男がいる。その男(クミ)は、いわゆるオカマ口調で

上崎達を凝視しながらつぶやいた。

「まあまあかわいいオヤジね!」

オカマのクミは、岡田を欲求不満気味に上から目線で評価した。

彼らの目線が鋭く刺さるからなのか、それとも刑務所内の環境のせい

なのか、岡田が異変に気づいた。

「誰かいるよ!」

「そんなにはやく帰ってこれるわけないじゃない、里中さん達」

上崎は目をつぶったままのキス待ちで、不満いっぱいにつぶやいた。

言い訳にしか思われてないようだ。

「いや、里中さん達ではなくて、、、」

 「も〜そんな冗談言わなくていいから、はやく! マー君して!」

岡田が肝心なところで怖じけついたと判断し、彼女は猛烈にキスを要求した。岡田は若くてかわいい上崎を怒らせたくないあまりに、これ以上騒ぐのをやめて目をつぶった。 

公の場では仕事ができる実に優秀な助手なのだが、プライベートでは

完全に歯向かうことができない岡田なのだった。覚悟を決めて、さらにアゴを突き出した。

ようやく2人の唇が近づいてきた瞬間。クミが2人の間に素早く駆け

込んで、岡田の上半身を抱きかかえて彼の唇に猛烈に吸い付いた。


彼女のキスはいつもと違って積極的だった。

そう思って岡田は満足そうに心地よく目を開けたのだが、目の前には、

「美しい」筋肉質のオカマがいた。

上崎ではなく「オカマ」だった。驚きで声がでなかった。

一方、いつまでたってもキスがこないので、怒って目を開けた上崎は、

目前(もくぜん)でたくましい女(ひと)に唇を奪われている岡田を見て、ただ声が出なかった。周りに集まって大笑いしている汚い格好の人達の前で、愛する人はさらに唇を吸い込まれひざまづいた。引き?がしたいけれど、恐怖で身動きできない上崎、そこに後ろから大きな男がゆっくりと近づいてきた。岡田はヨシを見上げた。

このまま殺されるのだろうか? 絶望的な状況に直面していた。

しかし、ヨシは二人を見つめ微笑かけた。

「すまん! 驚いたようだな? 我々はおまえ達が死んだ後、その

箱をいただくだけだ」

ヨシは恐がる岡田達を落ちつかせるように言った。

それに反して「だから安心して自殺してくださーい」と、能天気に

オカマのクミが大きなジェスチャーで反応し、「俺が案内してやろう

か? この刑務所内にも自殺の名所があってね。みんなそこで死んで

る。そっちの方が快適だぞ!」と、今度はヨージ。

「まあ、縄張りもうちの縄張りに近いしこっちも箱が回収しやすいか

らな!」と、ゴーも慣れた感じで付け加えた。

クミはゴーを押しのけると、恐ろしい勢いでしゃしゃり出て、

「いつ死ぬの? ねえ? 今日? 箱の中身見せてもらってもいい? 

とにかく私は化粧品が欲しいのよ、お願い」言い終わると同時に、

岡田達の箱に向かってツカツカと歩きだしたが、岡田はあわてて左手

を出してクミを静止した。犯罪者に箱の中身を取り上げられる訳には

いかなかった。

「見てもいいとは言ってませんよ!」

「まあ? かわいいオヤジだと思ったのにー、もういじわる!」

クミは不機嫌にプイと横を向いた。言い方こそ優しかったが、空気が

変っていくのが分かった。楽しそうだった犯罪者グループの目つきが

厳しくなった。

「なんかいつもとタイプの違う自殺者だな」

ヨージが警戒しはじめた。

「意外と犯罪者かもな?」と、ゴーも首をひねりながら応える。

「それだったら箱もってないだろう。ありえない」と、ヨージがまた

切り返す。そしてそこへまたクミがしゃしゃり出た。

「とにかくぅ、あなた達どうせ死ぬんでしょ? そこは尊重するから、

箱の中身を教えてよー」

上崎は岡田の気持を確認するように見つめた後、抵抗を開始した。

「私達、死ぬとは一言もいっていないわ」

「それに、箱の中身は...。たいしたものではない」

岡田も続いた。メンバー達はイラついたが、ヨシは落ち着いていた。

「じゃあ、お前達はいつ死ぬんだ? お前らが死ぬまでは箱を取り上

げるのを待ってやるよ。俺達は「奴ら」と違って自殺者を襲わない」

「やっぱりぃ、さっきの「キスして! マー君」のが全部おわってか

らということなのかな? ごめんねー。 じゃましちゃってー」

ヨシが威厳をもって岡田達に問いかけたのに、クミが空気をぶち壊し

た。

「そうか、こいつら発情したところを邪魔されたもんだから拗ねてん

だよ」

ヨージが、それにのってきてまたからかいだした。それを聞いてゴー

も反応した。

「ヨージ! お前だろ最初に邪魔したのは! あやまれよ、この心中

カップルに!」

ヨージは、勢いよく岡田達の前に異常に接近すると、「す・い・ま・

せ・ん でしたぁ〜」と、目で威嚇しながらお辞儀し、ヨージとゴーは激しく馬鹿にした。まるで一昔前の荒れた中学校生のような行いだった。

「あのねー」

上崎が、正当に反論しようとした瞬間、

「だから! 俺たちは自殺しないって言ってるだろ」

岡田が覚悟を決めて大声で遮(さえぎ)った。

今度は完全に空気が凍った。

岡田達への扱いが「自殺者」から「敵」へと変わっていった。

「じゃなんなんだ? お前らは?」

ヨージは、飛び掛りそうな勢いで叫んだ。 

「殺すぞ! まじで!」

ゴーが、岡田の肩をグイッと引っぱり、彼は駒のようにクルクル回っ

て倒れた。

岡田は箱に駆け寄ると、武器である刃渡り30センチのサバイバル

ナイフを箱の中から取りだして構えた。刑務所内で最強の武器?を持

った岡田は勇敢に吠えた。

「俺達はナイフをもってるからな。近寄ったら刺すぞ! お前ら丸腰

だろ!」と威嚇した後、上崎に「早くナイフもってこい!」と、箱に

駈けさせ同じタイプのナイフを構えさせた。

「丸腰のあなた達には不利なはずよ、今の状況は! 分かったら向こ

うにいきなさい」

岡田達は、光る刃先を見せてヨシ達に降参を迫った。

しかし、ヨシはピクリとも動かず動揺を見せない。

「おい! お前ら、その辺から棒拾ってこい!」

「はい」

ヨージ、ゴー、クミ、メイは、周りに落ちている頑丈な古枝を慌てず

に拾った。そして「最強の武器」を持つ二人を取り囲み、棒を振り上

げた。ヨージは微笑みながら言った。

「さあて! あの世にいってもらいましょうか〜」

2 対 5 

鋭いナイフ 対 長い棒

大学教職員二人 対 重犯罪者五人

結果は明らかだった。勝ち目があるとは思えなかった。

あとは、ヨシの指示で、岡田と上崎は殴り殺されるに違いなかった。

二人は一瞬見詰め合うと、そのまま犯罪者達を睨み返した。

あまりにも短い冒険だった。


「待て!」

ヨシが大きな声で止めた。

「やっちゃいましょうよ! ヨシさん!」

ゴーは、棒を地面に叩きつけ、「そ〜だわよ!フルボッコよ」

クミもで命令を催促した。

「今までにない変な奴らだ。いちおう話を聞こう! 話を聞いてから殺しても遅くないだろ」

 ヨシに言われて反抗する者はいない。なにか不思議な雰囲気があっ

た。ここで理解してもらえないと殺されてしまう岡田達は、必死に説

明を始めた。

「ここに来たのは、ここで生きるため。理想があって、自然と共に、

無公害で、充実した暮らしができる理想の村を作る為に——」

「不倫でどーしようもないからじゃねーのか?」

ゴーが痛い所で遮った。先程のことを見られてるだけに何も言えない。 

上崎の口が止まり、沈黙が流れた。ヨシは手で雑音を制した、

「それで?」

「だから、 そういう人達を集めて、ここに住むことにしたんです」

上崎はもっと説明したかったが、緊張のあまり長くしゃべれなかった。 

「他にもいるのか?仲間が?」

「まだ、他に三人いるわ」

上崎は祈るような目をヨシに向けたが、ヨージがその視線を遮り前に

立った。

「おまえらみたいのが、ここに住めると思うのか? ヨシさん! 

こいつらの言うこと信じる必要ないと思いますよ」

「そーよ。どーせふかしに決まってるわよ。たぶん頭おかしいんじゃ

あないかな? この二人」

クミも容赦なくまくし立てた。

「早くこいつら襲って、箱の中の食べ物でも、いただきましょうよ」

ゴーが再度ヨシに詰め寄った。何かをアピールしないとこのままでは

命が危なかった。

「私は早計大学の文化人類学者の岡田といいます。大学教授です」

「大学教授? なにそれ? 賢いのあんた?」

クミは身体をくねらせた。

「はい! そうです賢いんです! よく聞いてください、私達は文明

を作る為の全てのものを持ってきました」

岡田は、クミを仲間に引き込もうとやさしく微笑んだ。

「くだらないわ! あたしは化粧品が欲しいのよ」

「そーだよ。そんなものいらね〜よ」

ゴーの威嚇に屈せず、今度はメイに訴えた。 

「具体的に言いましょう。あなた達は毎日お米のご飯を食べたくない

ですか?」

「何言ってんのよ、そんなことできる訳ないでしょう」

メイは明らかに白いお米に動揺していた。

「あの白い湯気がほのかに立って、そしてその横にしっかりと焼いた

向こうの川で取れた魚。上崎君!」

「苗用の籾殻付きの米、持ってきてるわ!」

上崎は急いで箱から袋を出した。

「野菜や果物食べたくないですか?凄くおいしい苺とか?みかんと

か?」 

岡田は、バナナの叩き売りでもやっているようにテンポよく続けた。

「俺は騙されないぞ! そんなもんお前達が持ってる訳がないだろう」

ゴウは怒鳴ったが岡田は負けない。

「ここに、果物野菜の種!ここで育ちそうなのがいろいろあります」

クミは果物が大好きなのであろう取り乱している。

「何よ? 何なのよ。夢みたいなこと言わないでよ」

「お嬢さん、ちゃんとした服とか着たくないですか? あなたは本当

は美しくなりたいんじゃあないですか? ちゃんとしたトイレでうん

こしたくないですか? ね? 私達を信じて!」

「お嬢さんって、うん うん 綺麗なウンコしたい」

クミの目があっという間に優しくなった。

「綺麗なウンコ」

メイさえも、うっとりした顔でつぶやいた。ついにヨージもゴウも黙り込んでしまった。

「なんだお前ら、もう言いくるめられたのか?」

ヨシは呆れた顔をして四人を見た。

「だって 俺ら蛇とかトカゲとか草とか食ってるし....」

「ウンコも垂れ流しだし!」

ヨージとゴウが不満そうな顔でそれぞれ愚痴った。

「ジャニーズのTOKIOというグループの鉄腕ダッシュという番組

を見て、ダッシュ村の生活をいろいろ研究してきたの。残念ながら地

震のせいで村は終わったけど、いろんな資料を持ってきてるわ!」

上崎もさらに説得を強めた。

「俺、見たことあるよ。それ!」

「たしかだいぶ前の番組だよね」

ヨージとメイがうなずき始めた。

「私達を生かしたらあなた達絶対いいことがあるわよ。一時的な空腹

を満たすことより、将来を考えたほうがいいと思う」

岡田は自分の箱を手繰り寄せた。

「我々の箱の中ですが、仲間と手分けして、1人ずつ役割に合わせて

村をつくるのに必要なものを用意しています。例えば私の箱には、、、。

え〜と、この資料はいろんなものの作り方を調べてある。縄の編み

方、薬草の見つけ方、土壁の練り方、サバイバルに必要なもの全て!

そして他には、、、」

岡田は前にも増してゴソゴソと箱を探した。すると箱からピンクの箱

がポロリと落ちた。ヨシが興味を示した。

「そのポロッとおちたピンクの箱は?」

「これですか? これは?」

「なんだ?」

「これはその?」

岡田がもじもじするのを見かねて、クミがひょいっと箱をつまみあげ

ると中をあけた。 

「やだーこれ、コンドームじゃあない。やだーこの人達」

「まあ、1〜2年は子作りは無理かなと計算しまして!」

岡田と上崎はうつむいた。

「いや〜 はじめてだよ〜 箱にコンドームが入ってたのは」

ヨージはコンドームを天に仰ぎ見た。

「ヨシさん! こいつら卵も持ってます!」

他の箱を調べていたヨージが興奮して声を張り上げた。

「卵〜!」

「ごちそうじゃあねえか!」

「うまそうだな〜。俺もう3年は食ってないよ〜」

四人は興奮してそのまま食べだしそうだった。

「待って待ってください! この卵は絶対に今食べてはいけません!」

岡田は慌てて紙箱を取り返すと、卵が割れてないか確認した。

「なぜだ?」

ヨシは卵を取り返そうとしてるゴーを手で制止した。

「将来この卵を何十倍にも何百倍にもすることができるからです」

この箱を利用して人工孵化器を作ります。数週間待ってもらえばひよ

こがそのパック分生まれます そしてそこからじゃんじゃん増やし

て行きます」

夢のような話にゴーやヨージはポカーンと口を開けた。そして、ヨシ

の興味も十分引きつけた。

「どうやって温めるんだ?」

「電気よ!」と上崎は叫び岡田は急いで箱の底を探り始めた。

「電源は?」

「小型手動発電機! サムライパワー! 秋葉原で買いました! 

これにヒーターをつなげます」

岡田は箱の中から取り出した手回し式の充電器を誇らしげに見せた。

その後、これらの質疑の応酬が続き、二人の命を賭けたプレゼンテー

ションが終った。ヨシはしばらく上を向いて考えている。アゴに生え

ている無精ヒゲを触っていた。

「本当にお前らと組むと毎日卵が食べれるようになるんだな?」

「絶対よ! 毎日卵かけご飯や卵焼きが食べれるわよ」

「絶対保証します」

「よし!分かった。お前達はここに住め! 川の向こうはロク達が

仕切っている。川の側にはむやみに行くなよ!」

ヨシが現状を語ると、命を助けてもらった二人の表情が、とたんに

険しくなった。

「やばい! 仲間が食べ物を探しに川の方にいったかもしれない」

岡田が焦ってナイフを探した。

「行ってたら殺されてる」

ヨージはボソッとつぶやき岡田の動きを止めた。

嫌な空気感が漂い始めたが、それは一瞬で打ち破られた。


「まだ仲間がいやがったか? またこいつでお前らの仲間同様、ボコ

ボコにしてやる!」

里中・東野・鹿島・細田・吉岡・平山が駆け込んできた。平山の手にはスタンガンが「ビリビリ」と音を立てている。

だが、ヨシ達は素早く棒を持って身構えたので、平山達はまったく動けない。

「だから不意打ちしようと言ったのに」

東野がさっそく仲間を責めた。それもかなり離れた距離からである。

ヨシは焦りもせず岡田に声をかけた。

「よかったな。お前の仲間達はどうやら無事みたいだな」

「はい」

岡田は深々とおじきし、それを見た平山達は不思議そうな顔をした。

そんな彼らに上崎が事情を説明してる間、岡田は里中に近付き不思

議そうにささやいた。

「あの武器どうしたの?」

「この人達が持ってきたんですよ」

里中は平山を指差しながらささやき返した。

「え?自殺の人が?」

岡田は驚きを隠せなかった。東野が何か文句を言いたそうな目をして

岡田達に近づいたが、隣に立っているヨシがおっかなくて今ひとつ近

づけない。

「おまえら、刑務所内にナイフしか持ってこない頭の悪いやつらと思ってたが、ちゃんと近代的な武器も持ってるんだな、安心したぞ。あんまり馬鹿とは組みたくないからな!」

ヨシは岡田と上崎の隣に立ち「ごもっとも」な事を言った。

「も、もちろんですよ。私達を怒らせると恐いですよ」

上崎は必死で移住組の強さをアピールしたが、ヨシはその強がりを鼻

で笑った。

「じゃあ俺達は失礼する、お前たちの持ってる文明とやらに期待しと

く俺たちはあの丘のふもとに住んでいる。なんかあったら知らせてく

れ!」

ヨシは、鳥居がかすかに残っている元々神社だった丘を指差した後、

メイと一緒に去って行った。それにつられるように他のメンバーも去りはじめた。

「卵いっぱいつくれよ! あと、ご飯と納豆な」

「期待してるからな!」とゴウとヨージ!

「あたしは化粧品とお洋服 ね!」と最後にクミ、彼女?は里中の事を興味深そうに見ながら名残惜しそうに去っていった。多分タイプなのだろうと思われる。

未知との遭遇の後、移住組と自殺組はいっせいに座り込んだ。 いろんなことがありすぎて精神的体力的に消耗していた。

岡田は、甘すぎる移住の立案計画を全員に深々と謝罪したが、不思議なことに東野は一言も文句を言わずに黙って聞いていた。そのおかげで議論で話が長引かず、かつ仲間割れすることもなかった。

ただ、そうなったのは鹿島が鋭い目線で東野を威嚇し喋らせないようにしていたからなのだが、誰もその隠れた貢献を気付く者はいなかった。

 

これが、入植一日目の話である。一気に話をしたので長かったかな?それともハラハラして良かったかな?

とにかく、彼等は一日目をなんとか生き延びた。

 

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