第13話 未知と遭遇

 突然のことだった。彼女らの歌声に明らかに違う音声が混じった。

鹿島は東野と里中の口が動いてないことを確認した。草むらの向こう

で誰か見知らぬ者が「あみんの待つわ」を歌っている。

鹿島達3人はキョロキョロ周りを見回した。そして酔っ払いの三人は何も考えず熱唱していた。

恐怖だった。やがて草や木が歌声と共に怪しく揺れだした。破れた、そして汚れた服、刺すような鋭い目線、明らかに奴らがいた。

ケン・サギ・ジュンコ、そしてロク。とうとう最高刑務所の犯罪者

達が姿を現した。自殺希望の三人も、このグループを目前にして、ようやく歌うことを止めた。

ロクの女、ジュンコは身体を大きく揺らしながら威嚇してきた。

「ねえねえ、こいつらさ、一人一人ナイフとか持ってるよ」

「ぶっそうだな〜。今時の自殺者は!」

サギがなめた感じで同調した。

「ハラキリ! とかじゃあねの? 過激だね〜 今時の自殺者も? 

どうすんの? 手伝ってほしいの? ああ?」

ケンは飢えた狼のように唾を飛ばしながら、近くにいた東野を軽く

蹴飛ばし、彼は不器用に前のめりに倒れた。

あっという間に六人は、牧場の羊のように追われて一点に集められた。

「こんだけの武器があったら、俺ら、ヨシ達ぶっつぶすとき助かるな!」

「それいいっすね! 俺もあいつら早くぶっつぶしたいな!」

ロクにサギが返す。  

「ヨシ達のグループは犯罪人のくせに真面目すぎてよくねえ! ここ

は刑務所なのに奇麗事ばかり抜かしやがって」

ロク達は、使えそうな武器を見て興奮していた。

「そうだな!早いとこヨシはやっちまわないといけないな!」

好戦的なケンはまた大きな声で怒鳴り散らした。ジュンコはロクの腕

を自分にひき寄せるようにすると、仲間達を見回してボスの女らしく

でしゃばった。

「おまえら早くやっつけてよ! あいつらがいなければ箱はアタシ達

で全部もらえるんだから」 

「ジュンコ! 誰が最強なのかはっきりさせるから黙っとけ! 箱を

分捕って、弱ったところを叩く!」

ロクはでしゃばるジュンコを黙らせると、ケンに向かって命令した。

「よし! じゃあこっち側から、どういう死に方したいのか聞いていけ!」 

「おい! そこのあみん歌ってた! 不細工なおまえ!」

ケンは細田に向かって見下すように言った。細田は不細工と言われた

ことを本能的に認めたくないのか吉岡や平山の方を見た後、おそるお

そる聞き返した。

「あたし? ですか?」

「そう! おまえに決まってる! どういうふうに死にたいんだ!」  

「う〜ん。美しくきれいに 死にたいです」

どんなに贔屓目に見ても不細工な細田が、真剣な顔で乙女のように

嘆願するので、ケンは吹き出した。

「きれいにね〜? だからお前はナイフを持ってないのか?」 

「はい! そうかもしれません」

細田はまだ酔いが冷めないのか、恐れずに対応していた。

「おい酔っ払い!箱の中身を見せろ」

ジュンコはもたもたしている細田の「命の箱」をひょいと取り上げる

と、箱の中身を乱暴に取り出していった。

「なんか薬ばっかりだな。何の薬だ? これ?」

「睡眠薬に頭痛薬にムヒ」

「ムヒか! ムヒは使えそうだな!」

ジュンコは満面の笑みで使えそうなものを物色していく、ケンはマジ

マジと細田の顔を眺めた。そしてあたかも残念そうに言った。  

「箱の中身はいただくが綺麗に殺すのは難しいな。なぜならおまえは

ブスだから」

犯罪者グループは馬鹿笑いしながら細田を侮辱した。

「ひどいわ、この人達」

細田は座り込み静かに泣き出したが、犯罪者グループは気にも止めず

次へ移る。

「お前! お前なんかいい物持ってるな! お前はどうやって死にた

い?願いをかなえてやるぞ!」とサギは里中の包丁を指差して言った。

「俺はここに死ぬ為来たわけではない」と、里中はまるで漫画のヒー

ローのように言い返した。

「はあ? 何言ってんの? お前死にたいんだろ、箱もってんじゃあ

ねえか?」

ケンは、普通の自殺者っぽくない里中を不思議そうに眺めた。

「名目上はな!」と里中は叫んだ。

「なんか生意気な口聞くやつらだな!」とサギが吐き捨てた後、ケン

は包丁にビビリもせずに、里中の前にたち、

「なんだおまえは! 俺が誰だか分かってんのか!」と、大きな声で

威嚇すると、「知るわけねーだろ! おまえなんか!」と、幸中も勇

ましく返した。

里中が頼もしい。思わず歓声が上がった。鹿島は興奮した表情で東野の方を向いて言った。

「すごいね。 里中さん!」

「互角に渡り合ってるよ」

東野も尊敬の眼差しでうなづいた。さっきの石川との入所での口論と

いい、今回の犯罪者との渡り合いといい、肝心な所で度胸が据わって

いるのだ。鹿島は奇跡を信じ始めた。『里中は武道の達人に違いない』

と勝手に想像し始めていた。そしてその「希望的想像」は鹿島だけの

ものでなく、東野もそう思っているに違いなかった。

テレビ番組などで、紹介されるお人よしだが、とてつもなく強いおじ

さん! それが里中のような気がしていた。

鹿島達は固唾を飲んで戦いを見守った。

ケンは激高こそしているが目が冷静だ、戦いに慣れているのだろう。

ゆっくりと里中に話しかける。

「そのナイフを俺によこせ!」

「なんでおまえに渡さなければいけないんだ」

「じゃあ死ぬか?」

「死ぬわけないだろ!」

2人は静に見つめあう。長い沈黙が流れた。

「あの、大丈夫でしょうか? 私達止めた方がよろしいでしょうかね」

心配した吉岡が小声で鹿島に尋ねた。

「どうやって止めるのよ? あなた達には無理よ」

「そうですよね」

 「大丈夫よ。いくら里中さんが素人としてもだよ。あんな大きな包丁

持ってるんだ。すぐにびびって逃げて行くよ」

祈るような気持で、最善の予想を立てた。

「まあ俺が相手してもよかったんだが、これは里中さんの喧嘩だから」

と、東野も強がったが、それに対しては誰の耳にも引っかからない。

 「どうやらまじでやる気らしいな、こいつら」

 ロクは呆れた口調でケンに攻撃を促した。

 「すぐに現実の厳しさみせてやりますよ」

  ケンは自信満々にロクに言い、睨みあいながら間合いを詰めていく、

ケンは素手・里中は包丁でじりじりと間を詰める。

普通だったら包丁のほうが圧倒的に有利なはずだが、修羅場をくぐりぬけてきたケンの眼力が里中の動きを封じた。殺人を経験している者と、してない者の違いは明確だった。    

そして、勝負は一瞬にして決着がついた。

腰が引けた感じで「えいっ」と突いた里中の刃先を、ケンは一瞬でかわして腹を膝で蹴り上げた。秒殺だった。

里中は激しくもんどりうって倒れた。 

「やられちゃったよ〜」

期待を裏切られた東野は真っ青な顔で頭をかかえた。

「俺はお前らみたいなのと違って、通ってきた道が違うんだよ」

ケンは倒れている里中に唾を吹きかけ、そして、素早く腹を蹴った。

里中は息ができなくて動けなくなった。

「さあ、全部武器をだせ! さもないとコイツみたいにするぞ!」

ロクは余裕な表情で、強く移住組全員に警告した。

すると、東野はまるで歩きを覚えた一歳児のようにトコトコとロクの方に近づき、そして、おしゃれなサバイバルナイフを恭(うやうや)しく差し出し

始めた。

「あんた何してるの?」

鹿島はヘタレの動きを止めた。

「いや、俺、痛いの嫌いだから!」

「やめなさいよ! 見苦しいから!」

「俺、暴力嫌いだし! 見ただろう、今の素手だぜ! 絶対無理絶対勝てないよ」

「あんたそれでも男なの!」

東野はそんなこといわれても、というような拗ねた顔で睨み返した。

サギは、ナイフを持っている東野にゆっくり接近すると、首を揺すり

なめた感じで挑発した。

「なんだお前は? お前もやってみっか? できるのか? あー」 

根性を試されている東野は、勇気をふりしぼってサギの前に対峙した。

長い睨み合いの中、最初に動いたのは東野だった。

「あ、あの〜 さきほどは仲間が格闘技を教えていただきありがと

うございました。説明遅れましたが、私達は、、、え〜、実はここに

住みたいと思っておりまして! あの〜、自分達でなんとか生きて

行きますので、あの、なんとかお見逃しいただければと思いますが」

そう言いながらものすごい速さで頭を下げた。

結局、東野は東野だった。

しらけた雰囲気の中、ケンが勝利を宣言した。

「ここでは俺達がルールなんだよ。とにかく役に立ちそうな物はすべ

て置いていけ!」

「私達に死ねっていうつもり?」

鹿島はケンを睨みつけた。

「馬鹿か! 死に来たんだろ? 安心しろ? 好みの女は連れて行く、

ちなみにお前は俺の好みではないけどな。へへへ」

鹿島は、どこから見ても馬鹿で横暴そうなケンに言われてムッとして

いた。

その反面、あの東野は、ロクの女ジュンコにも、商人(あきんど)のようにみ手を

しながら近いていった。 

「好みの男は連れていかないんですかね?」

東野は気色悪い感じでジュンコに媚(こび)た。

「残念だけど、あんたは私の好みじゃないね。すげー弱そうだし!」

「あーそ〜ですか!」

東野は完全にフラれたようで、ふらふらと鹿島のところに帰ってきた。

「本当馬鹿だよね あんた!」

言うやいなや、鹿島は東野のお尻を蹴り飛ばし前にでた。

「こいつが戦わないのならあたしが戦うわ。あんたらなんかには、カッ

プヌードル一つでさえ渡さないわよ!」

あらためて鉈を構え、ロクはにやけて鹿島を見た。 

「おい!誰が相手するよ〜、このオネエちゃんの」とサギが冷やかし、 

「女をいじめるのは心がいたいね〜」とケンが続く、ロクは堂々と

刃物の届く距離まで来て「どうするよ」とケンを見た。

「俺はこの女タイプじゃあないしな〜 困ったな〜」

完全になめられていた。ロク達は、弱い素人達がいちいち反抗してく

るのが滑稽でたまらないようで笑いが止まらない。

特にケンは、身体をよじ曲げて無防備に地面を転げまわっている。

鹿島は顔を赤くしてロクに向かって言い放った。

「びびってるのか? 一番強い奴からこい!」

彼女は命を捨てるつもりで戦いを挑んだ。

「聞いたか? 「一番強いやつからこい!」なんて言ってるぜ!」

ロクは鹿島の「一番強いやつからこい!」というフレーズが気に入った

ようで。何度もモノマネした。それが、犯罪者達にはウケて爆笑を

誘った。


ロクは仲間しか見てない。

ケンもジュンコもサギも完全に油断しきっていた。

その時、存在すら忘れられている細田・吉岡・平山の3人組が、コソ

コソとロク達の後ろ側に移動しようとしていた。

細田と吉岡が平山の前に立ち、黒い四角い物体を平山が持っていて、

それを隠すように3人は一塊(いとかたま)りになって、ゆっくりと気付かれない

ように、少しづつロク達の後方に回っていた。

そんなことは気にもせず、ロクは浮かれ目で鹿島にさらに近づいた。

「じゃあ、リーダーの俺が相手してやるか? ちなみに俺はお前の

こと、結構好みだぜ!」

ロクは腰を突き出してクネクネと振り、エロスを連想させるような

動きで構えた。

「ロク! ちゃんとたたきのめしてよ!」

ジュンコはそれが面白くない様で低い声でハッパをかけた。

「ロクさん ジュンコ怒ってるよ」

そして、サギは楽しそうにロクを冷やかした。

「こらあ、この女には死んでもらうしかないな〜」

ケンも楽しそうに反応した。

ロクはジュンコが怒っているのもお構い無しに、ふざけたファイ

ティングポーズで鹿島を挑発し続けた。

里中はまだうずくまり、東野は直立して鹿島を見守っている。

それに反して、ケンもサギも寝そべって戦いを見ていた。男二人は全

く無防備だ。ジュンコは、イライラして戦いを見ていた。


しばらくの間合いの後、鹿島は我慢できずに鉈を力任せに振り回した。

とにかく必死だった。

心臓がドキドキしていた。

何も考える余裕がなかった。

ロクはキスでも迫るかのごとく口をタコのようにして挑発する。

間合いを詰めて鉈を振り回すが、それをロクは見切ってかわすのだ。

実力の差が有りすぎて鹿島は完全に遊ばれていた。

二人の戦いというよりも余興という感じで遊ばれている。


すっかり油断しているケンとサギの背後に、平山ら3人がいた。

平山は怪しく光る黒い装置を見つめると、吉岡と細田と悪魔のように

微笑んだ。

平山は、素早く四角い黒い箱をケンの首の後ろにピタリとあてるや

いなや、箱に付いているボタンを力強く押した。黒い箱の上についている電極から「バチバチ」という音と青い火花が飛んだ。

ケンは反射的に逃れようとしたが、しっかりとケンの動きに電極を合わせた。ケンは大きく痙攣(けいれん)し気を失った。

平山は、スタンガンと言う強力な武器を持っていた。

戦い観戦に夢中なサギは、すぐ後ろでケンが呻き苦しんでいることに

全く気づくことはなかった。平山はケンをしとめるやいなや、今度はサギの背中に電極を当ててボタンを押した。

とても冷静だった。サギもビクッと動いた後、高電圧に身体が痙攣し

て動けなくなった。

平山が一瞬にして悪党2人を仕留めた。自殺組三人は、そのことに

満足するわけでもなく、今度はロクの背後に駆け込んだ。

ロクは背後に対する警戒感が皆無だった。

しかし、ジュンコは違った。ロクに分かるように、大声で平山を

指差した。ロクは後ろを振り向き、平山はスタンガンをロクの身体に強く押し付けることが出来なかった。

スタンガンの攻撃はいちおう成功したのだが、ロクがかわした分ダメージは浅くなった。ロクはわき腹を押さえて踏ん張った。

倒れなかったが、反撃する余力はなかった。

「くそが、おぼえてろよ!」

ロクはそう言うと藪に向かって歩き出し退散することを選んだ。

ジュンコもようやく立てるようになったケンとサギを急き立て、半ば引きずるようにして藪に向かって逃げていった。

「おい!自殺志願者をなめるんじゃあねーぞ」

平山は深追いをせずに逃げていくロク達に勝利の罵声を浴びせた。

「そーだ、今度来たらお前ら奥歯ガタガタいわすぞ!」 

東野も、得意げにまくし立てた。

「やっぱお前は頼りない!」

鹿島はしかめっ面だ。

「なんでこんなの持って来たんですか?」

ようやく立ち上がった里中は、「命の恩人」に不思議そうに聞き、

鹿島と東野も尊敬の眼差しで平山達を見つめた。

襲われる前は、勝手についてくる寂しがりやの自殺志願者達だったのが、今となっては、極悪犯罪人達を一撃で倒した頼れる仲間になった。

「私は美しく死にたいの。もちろん身を守る為よ。通販で結構簡単に

買えたし!」

平山達は刑務所内にいるかもしれない猪や野犬を恐れて、持ち運び

スタンガンを通販で購入していた。

「おい! 俺達もナイフとかじゃなくて、こういうの持ってくれば

よかったんじゃあないか。あの教授と助手「サバイバルナイフを買っ

てください!って」なんか素人なんだよなー」


鹿島は、東野の発言をうるさいな、と思う反面、それもそうだなと思

っていた。

実際のところ、岡田博士と助手の上崎は学者とその弟子という感じで、どの武器が一番有効である、という発想には疎かった。「犯罪者は誰もいない」という大前提の情報でさえ間違っており、さっきの犯罪者達がまたいつ襲ってくるのか分からないのだ。明らかにこの移住計画は幼稚で無謀なものに違いなかった。

しかし、鹿島は全く悲観していなかった。むしろ、この先が見えな

い感じが心地よかった。

借金だらけで逃げてきたおじさん・臆病だけど見栄っぱりの記者・

理想ばっかり掲げる教授とその助手・そして極めつけは3人のもてない自殺志願者達、その3人が凶悪な犯罪者達を一撃で追っ払ってしまった。鹿島はこの展開に酔いはじめていた。

入所前は他人とほとんど喋れなかった鹿島が、今、ここで積極的に

他人と喋っていることも驚きであった。鹿島は今までに無かった新しい人生を、この犯罪者達のいる刑務所で再スタートさせた。

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