第12話 チームワーク

東野は、荒れた草むらをやりきれない思いで歩いていた。

そしてその感情をどこにもぶつけられずにいた。多分、隣の里中も

怒っているに違いなかった。彼も仕様がなくジャングルの中をおそる

おそる歩いている。借金のせいで、いいナイフが買えなかったのか? 

大きな家庭用のキッチン包丁、それには白いプラスチックのサヤが

付いている。 東野のおしゃれなサバイバルナイフとは大違いだった。

 里中さんはけっして悪い人ではないのだが、事業は失敗しているし運が無さそうである。犯罪人達が生き延びている以上、この人の運の悪さは将来「致命傷」にならないか心配である。

それに反して、いつも突っかかってくる不愉快な鹿島という女は、

楽しそうにでっかい包丁の形をした鉈(なた)を大きく振り回し、大きめの

草木をなぎ倒しながら猪みたいに勇敢に前進していた。側を歩いてい

ると切りつけられそうで恐怖でしかない。彼女の状況を無視した天然

な態度が腹立たしかった。とにかく鹿島は論外だ。理論的に話そうに

も聞く耳をもたない。その辺の小学生と行動パターンが一緒なのだ。

だが、この人達と、この刑務所の中で生き延びていかないといけない。

ただ、東野が一番恨みに思っているのが、いいかげんなリサーチでこ

こに来る決断をさせた岡田博士と上崎助手の二人だ。

東野は大声で同じ事を繰り返した。

「くそ、あのインチキ博士め、でたらめばっか言いやがって! やっ

ぱり犯罪者達は生きてたんだ。 それも「命の箱」で食いつないで!

だまされたんだぜ俺たち! これで出所できないなんておかしいよ! 

絶対なんとかしてここから出ないと—」

いきなり鹿島は東野の口をおさえた。

「静に歩かないと襲われるでしょ! 苦情は今言わないの、ほんと

怖がりでなさけないね、あんた!」

鹿島は分かりやすく声を落として、東野に小さい声で話させようとす

るのだが、東野は興奮で声を落とさない。

「「苦情は今言わないの」だって? あのインチキ博士とあの助手にだまされたんだよ。だいたいなんで? 誰のせいだこうなったのは! あいつらだろ。里中さん!」

東野は、理解してくれそうな里中に同意を求めた。

「「私達が何度も訪問した時は、人っ子一人いなかったんです」って

助手の上崎さんも言ってたじゃあないですか?」

東野の文句は止まりそうもない。里中も、小さな声でなだめにかかる

が聞く耳を持たない。

「じゃあ戻ればよかっただろ」

鹿島は声を落とそうとしない東野をうらめしそう睨んだ。 

「急いでもどろうとしたさ! そしたらここの刑務所の奴ら、あいつ

らニコニコ笑いやがって、おまけにバイバイまでして消えやがった」

とうとう鹿島はキレて、大声で叫ぶ東野の胸倉を素早く片手でつかむ

と、持ち上げるように振り回した。 

「あんた本当に命賭けてる記者なの? ロイターとかどっかの記者だ

ったらもうちょっとしゃきっとしてるよ! 命かけて来たんでしょ?

ほんと馬鹿みたいあんた! ほんとかっこ悪いよ!」

東野は、想像以上の腕力に腰が抜けそうな位の恐怖を感じた。

「だって話しが違うんだもんな〜。それに、俺一流記者じゃないし」

東野はすっかりビビってしまい、鹿島の目線を恐がりながら、今度は

消え入るような小声で文句を言った。東野は落ち込んだ。

すると、「まあ、博士も上崎さんも、ちゃんと対策考えてますよ」と、里中は優しく声をかけてくれた。東野はこの最悪の状況に、鹿島と

二人だけではなく、人格者の里中がいることに安堵した。そして、

恐怖からのストレスを発散させる為、優しい里中に小さな声で愚痴をしゃべり続けた。

「このままでは、民家のあったところは犯罪者達が住んでいるかもし

れません。私と上崎はここに今日の宿泊場所をつくりますので、食料

を確保していただけますか?」だって、なんかあきれますよね。

だいたい、俺と里中さん二人で充分だって言ったのに! なんでこん

な? こんな奴!と一緒に行かないといけないんだ」

先程あれだけひどく威嚇されたのに、東野は勇気を振り絞って鹿島を

指差した。鹿島のようなデリカシーの無い人間と共に行動をしたくない。それを直接彼女に言わずにはいられなかった。

「悪かったな! しかしお前、よ〜しゃべる奴だな〜、おまえ! 

ほんとうるさいわ!」

鹿島は再度接近してきた。それに対して東野は、今度は胸倉を掴まれ

ないように両腕を前に伸ばして防御体勢を取り勇ましく吠えだした。

「何いってん—」と喋りだした瞬間に「だまれ! だ ま れ! 

ふざけんなよ。おまえ!」と鹿島は大声で威嚇し東野の動きを止め

た。そして鋭い眼光で威圧し続けた。

なんて恐い女なんだろう。こんな奴とは一生付き合いたくないと思った。苦し紛れに里中を見ると「元気だして行きましょうよ」と彼は優しく肩をポンポンと叩いてくれた。

「わかりました」

東野はうれしそうにこの世界での唯一の理解者を見つめた。

この人を「急遽に運が悪い人」と言って遠ざけてはいけない。たった

一人の理解者なのだから! と改めて思った。

信じられないことに、いつのまにか横に鹿島がいて「頑張れ!」と、

言い、お母さんのように東野の頭をポンポンと励まし、ニヤリと人懐こく笑っている。


側(はた)から見ていると、この二人の動きは理解しづらいことだろう。

多分、鹿島は幼児性が高く、それに相対する東野もコミュニケーション能力が極めて低い。

だが、東野にとって,この無礼な女の振舞いが変化し始めた。ここまでディープに絡んでくれる女性なんていたことが無かったので、なんか構ってもらえてる様な気さえしてきたのである。

すなわち、この鹿島という女を好きになり始めていたのだ。

だが、東野は急いで受け入れ難い考えを頭の中で打ち消した。


一方の鹿島は、東野という気弱な男が許せなかった、それはインテリぶったすかした奴だから! そんなことを考えていたら、

「じゃあ、早いとこ今日食べるものを確保しよう。生活の基盤が整う

まで、非常食はなるべく残しとかないとね」と、親切そうなおじさん

の里中が呼びかけた。このおじさんは問題無い。

ただ、東野というこのひ弱な男は対面した時からイライラさせてきた。

何かにつけて甘えていて、そしてこの男は弱い、とても弱い、クソ弱い! 全く頼りにならないのだ。

「でも犯罪者がいるんでしょ〜。逆に俺らが食べられちゃうよ〜」と、

東野は子供のように里中に甘えていた。そういう風に育って来たのだ

ろうか? そして、子犬のようにすこしづつ鹿島にすり寄ってきた。

「おい? お前男だろ! 抱かれたいのか!」

「いや〜 あんたこういうの、ワイルドなの得意なんだろ?」

怒鳴っても逃げるどころか、東野は腕に擦り寄った。

「やめろよ〜」

ワイルド外見の鹿島だがこの手の攻撃には滅法弱く、顔を真っ赤に

して動けなくなった。東野はそのリアクションを不思議そうに見て、持っている鹿島の手をゆっくり離した。

里中は羨ましそうに鹿島と東野を交互に見ると、「恋かもですね」

と微笑んだ。

すると、鹿島は下を向き東野はボソボソと独り言を言い始めた。


しばらくして、この中で一番大人の里中が、「とにかく食料を確保しましょうよ! いいですね!」と言うと、三人は、それぞれの武器

を構えなおし、また歩き始めた。

しばらくして鹿島が何か気配を感じとった。

「ねえ! 後ろに何かいるんだけど!」

三人それぞれが刃物を持って身構えた。遠くで黒いものが動いている。

「あれよ! なんか動いているでしょう?」

「くっ、く、熊かな? こ、こっちに近づいてきてる」

東野が動転して震え始めた。

「いや、犯罪者だろ、誰が戦う?」と、鹿島が言うと、三人がお互い

の顔を見合わせた。だが、一瞬で鹿島と里中は東野をあきらめ、顔を

見合わせて二人だけで対応することを決めた。

向こうから近づいてくる者達を待った。

しかし、なかなか来ない。妙な長い間があった。

鹿島はすぐ攻撃できるように、鉈をゆっくりと振り回してウォーミングアップする。生唾をごくりと飲み込むと、今から起こりえる事態に備えた。

草むらが揺れる。どんどん激しく揺れる。

そして、何かが、ポンととびだした。

人間だった。それも弱そうな人間だった。


それは、細田・吉岡・平山だった。三人はモジモジしている。

「あの〜 さっき入所前にいましたよね? 確か自殺希望者の!」

 里中はようやく落ち着いたのか優しく彼女等に声をかけた。

「あの〜?」と細田は言った後、少女のようにうつむきながら、他の

二人の方を見て、そして小学生の低学年の子供のように何も話さない。

「あ、そうか分かった! 私たちと一緒に行動したいんですよね?」

と、里中は小さな子に相手するお父さんのように助け舟を出した。

「いや? 違うんです」と、細田は意外にも強く否定した。

「違うんですか?」

 東野という意気地無しは、危険が無いと分かると、前に出てきて

上から目線で聞き返した。

「私達、男にふられたんです、それでもう死んでいいかなって思って!

それで」

 細野は知り合った人と喋ることがうれしいのか。彼女達のことを

興奮気味にしゃべりだし、それを見ていた吉岡は、急に細野の前に

回りこみ今度は彼女が喋りだした。

「3人とも幼馴染なんです。そしてみんなおそろしいほどにもて

ないんです。だから」

それを聞いていた平山はうれしそうに吉岡を突き飛ばす。 

「この子! 細田さんなんて、30歳近くになってやっと素敵な人が

現れたと思ったのに、結婚詐欺で1000万円も騙し取られて、すご

く格好よかったのにね」

そしてまた、細田が平山に体当たりする。3人がおとしめあってクル

クルと入れ替わるのが、芸人のネタのようで滑稽だった。

「平山だって、人生30年生きてきて初めての彼ができたーって喜ん

でたのに、六つ股もかけられて、それで、結局ナンバー2にも選ばれ

なくて」

「平山さん尽くすだけ尽くしたのにね」と吉岡がうれしそうに細田に

同意して、細田はうれしそうに平山を侮辱し続ける。

「あなたいくら貢いだんだっけ? 2000万円くらい? あんた

結婚サギの私より貢いだんだよね」

細田と吉岡は平山をうれしそうに馬鹿にした。3人は、本物の自殺

志願者だけあって相当病んでいた。鹿島と東野は、どん引きした顔で

この言い争いを眺めていたが、おじさんの里中だけは同情していた。

しこたまけなされた平山は、仏頂面で前に出た。

「うん、そう、そうなの! でもあれは愛だったの、あなたとは違う

わ! でもね、聞いてください! 吉岡ちゃんは彼氏がいて結婚間近

だったんだけど、彼氏をニューハーフに寝取られて、それも 手術前

のニューハーフに寝取られたんです。手術前のニューハーフって言っ

たらもう完全に男だし、それも不細工だったし、やっぱ駄目ですよね!

最低ですよね!」

平山は、鹿島と東野を味方につけようと力説した。対して、吉岡は、

戦いをさらに増幅させた。

「はっきり言っとくけど!あたしは恋愛だったから、お金は全く貢い

でないから! あなた達と私は決定的に違うのよ。あなた達二人は

所詮詐欺の被害者! そして私はたった1人の恋愛経験者!」

三人共、同じくらいに不幸としか思えないのだが、平山と細田の表情

が「所詮詐欺の被害者」で激変した。平山は恐ろしい顔で吉岡を睨み

つけた。

「殺す! あんたは自殺じゃなくて他殺がお似合いだわ! そこの

ナイフ貸して下さる?」

平山は里中に包丁を催促した。

「私も手伝うわ! ここで殺っても誰にも捕まらないんですもの!」

細田も平山の横について、里中にナイフを催促した。

「いや」

里中は逃げ腰になって、包丁を手渡さなかったが、平山と細田は、

お構いなしに吉岡に掴みかかった。三人は幼稚園児のケンカのように、

腕をグルグルと風車のように回して威嚇し戦い始めた。

細田と平山は猫パンチで吉岡に襲い掛かる。鹿島と東野は迷惑そうに

ケンカを嘲笑していた。その反面、里中はやさしく三人の間に入って

行き「あなた達!はい、はい!」と手を鳴らし始めた。里中は簡単に

止められると油断していたのだが、結果、彼女らの不規則なパンチを

2〜3発くらって輪の外に飛び出した。だがあきらめない。

鹿島と東野の大笑いを無視して、今度は、ゆっくりと三人の輪に近づ

いた。そして大きく息を吸い込むと大声で怒鳴った。  

「こらー。やめろー」

喧嘩の三人はびっくりして動きを止めた。

「もう一度聞きますけど? 私たちと行動を共にしたいんですよね?」

三人は、叱られた子供のようにじーっと里中を見つめている。

「いや、違うんです。私達誰にも迷惑かけたくないんです」

細田が、全てを振り出しに戻した。

「かけてると思うけどな〜」

東野はもうやってられないという感じでそっぽを向いてつぶやいた。

「多分私達、話を聞いてもらいたいだけなんです。成仏する前に」  

吉岡は悲しそうに訴えた。

「ということは、最終的に死んじゃうね! あんたたち!」

 鹿島はここでするどく突っ込んだ。それに東野が続いた。

「ど〜すんの? ついてこさせるの? 足手まといになるよ〜?」

「結局死にたいって言ってるしね」と、トラブルを避けよう、という

感じで、鹿島は里中に視線を送った。東野も、

「まあ、せめて生きるという意志がないとですね? 同行は難しい」

とリーダーのように自身の意見を言った。

明らかにかまって欲しいという3人のオーラと、絶対にかまうな!

という仲間のオーラを受けて里中はしばらく考えこんだ。

平山・細田・吉岡は飼われている子犬のように里中を見つめていた。

里中は「うーん」と唸った後。パッと明るい表情になると「連れて

いきましょうよ! きっと、なんか困ったときに役に立ってくれます

よ」と鹿島と東野に向かって言った。

「何の役にも立たないと思うよ」

「くよくよしてるだけじゃんね」と、嫌そうな顔の東野と鹿島に対し

て、吉岡ら3人は手をとりあって「やった〜」と小躍りした。

鹿島と東野の目線が里中に突き刺さり始めた。そして移住者三人は

口論をはじめた。


自殺組3人は、その嫌な空気から逃れるように、少し離れた大きな

がある場所に移動した。

平山は命の箱から大きなボトルの焼酎「黒霧島」を取り出して細田

と吉岡と仲良く回し飲みを始めた。こういう場所にいるからなのか?三人は仲直りするのがとてもはやかった。


「ほら、やっぱり役に立たないよ! 力もそんな強いわけでもなさ

うだし。あの博士と助手さんも喜ばないと思うよ!」

東野は口を尖らせて、親切心を持つ里中を責めた。

「そんなこと言わずにみんなで力あわせましょうよ、ね? 僕が責任

持ちますから!」と里中は鹿島に助けを求めたが、「じゃあ里中さん

が話し聞いてやってくださいね」と、鹿島は突き放した。

「みんなで助け合おうよ! 仲間だろ! な! 鹿島さん」

里中が粘ると、鹿島は里中と平山ら3人を交互に見て、

「う〜ん、やっぱり里中さんが相手してください」と、冷たく言い

放った。


「さ! それより、暗くなる前に早く食べ物見つけましょう」

鹿島は東野に呼びかけた。究極の選択だが、優柔不断なオジさんより

もこいつの方が少しはましかなと思った。

「やっぱ、食べたいのは魚かな? 動物は殺したくないよな? 首し

めるんだろ? 鳥くらいなら出来るかもしれないけど、4本足はちと

怖いな」

「なに情けないこと言ってんのよ。あたしゃ〜足が5本だろうが6本

だろうが、旨けりゃなんでも食うわよ。ほんとあんたみたいな覚悟の

無い人見るとイライラするわ!」

鹿島は鉈で東野を威嚇すると、東野は遠ざかり、代わりに里中が近寄ってきた。  

「魚か、川だと、も少し歩かないといけないね」

里中の手には刑務所になる前の村の地図があった。 そろそろ出発し

なければいけないのは分かっているのだが、まだ東野が背中を丸めて

座ったままだった。 彼の臆病クセをなおさないと今後大変なことに

なりそうだった。

「おい東野! チキン! 突然襲ってきたりしてね。 恐ろしいもの

が! どうする? お前ここで泣きながらうずくまってるのか?」

「鹿島さん!」と、煽る鹿島をお人よしおじさんが止めた。

東野はさすがに男としてのプライド傷つけられたようで。むっとし

た顔で、勢いよくジャンプするように立ち上がった。

「ふん! びびらすなよ! というかそんなことでびびるとでも思っ

てるんですかね〜」

「まあ、勇敢な男! じゃあ先頭行ってよ!」。

「いいよ! だいたい誰もいるわけないよ。だいたいなんでコソコソ

歩いてんだよ。俺達ここに住むんだろう。もっと堂々と生きようぜ!」

「東野! ちっとは根性入ったみたいだな!」

 鹿島はニヤニヤしながら東野を見上げた。持ち上げられて東野の勇気

は加速した。

「だいたいこんなところに誰も住めるわけないでしょ! 嘘に決まっ

てるよ。誰か生き残ってるなんて!」

「そうだな! いまどき道具無しでサバイバルできる人なんていない

よね!」と里中もそれに続いた。

「そうだ! 刑務所長は嘘を言ってるだけだ」

へタレだった東野の目が輝いた。

「そうかな?」

鹿島は、あえて懐疑的だったが、東野は無視して自身に言い聞かせた。

「そうだよ! そうなんだよ! よ〜し なんか気合入ってきたな〜」

東野は周りを見まわして「はっはっはっ」と笑った。

自殺組はよく分からないが、少なくても今後、博士と助手とこの三人

で暮らしていかなければならない。移住者達にチームワークが必要な

のも間違いなかった。知り合ってから初めていい感じの雰囲気が鹿島達を包んだ。

そこに、細田・平山・吉岡が突然ハイテンションで入ってきた。

「よ〜し、じゃあ みんなでなんか歌おう!」

吉岡はベロンベロンに酔っ払っている。

「は?」

東野は、真っ赤な顔でじゃれて来る酔っ払い三人を凝視した。

「歌おうよ!」と、吉岡は東野にもたれかかりながら誘惑した。 

「ふつう? 歌いますかね?この状況で」

東野は女達の焼酎くさい息と抱きつき「攻撃」をかわした。そして、

鹿島は女達を鉈を少し上にあげて牽制した。 

三人は、話にくい鹿島達二人を避けて今度は里中へと向かった。

細田や平山は里中の腕に絡み付いた。

「酔ってますよね? みなさん?」

里中は、久々女性にやさしくされてうれしいのか? デレデレした反応をしていた。

「私達うたいますよ〜 気合入ってるんでしょあなたたち! 私達も

気合いれないと自殺なんかできないですからね」と細田が心地よさそ

うに里中にからんだ。

「え? それ気合でやるもの?」

里中は、ここでしっかり拒絶すると言う選択肢を選べずに跳ね返すこ

とが出来なかった。

「歌ってないとやってられないですからね!」と、今度は吉岡がかぶ

せてきた。

「なんかすごーく、酒くさいんですけど!」

とうとう鹿島は、見てられないと思い里中と細田の会話に入った。

東野も「うんうん」と何度も大きくうなずきながら「いい加減にやめ

ましょう」と三人を制止したが、吉岡は全く聞く耳を持たず焼酎の

ビンを突き上げた。

「だってぇ、焼酎ぅ!もちろん芋! 飲んでるんだもぅん!」

「飲んでなきゃやってられないでしょう! 騙されたんだから男に!

 男に男取られたのよ!この吉岡は! この子の気持ちわかる?」と、

細田は、半泣きで自分達の気持を理解しようとしない鹿島と東野に

激しく気持をぶつけた。鉈を持ったままの鹿島は、しばらくこのうる

さい三人とにらみ合うと、里中の方へその視線を鋭く移した。

「里中さん! 彼女らの担当ですよね!」

鹿島は説得をきっぱりと諦めると、酔っ払いを引き受けた原因である

里中に、責任を取れ!と言う目で睨みつけた。

「え?えーっ?」

里中は、焦って東野へ助けを求めるが相手にもされない。そして吉岡

が彼の手を離さなかった。

「里中さん。あたし達歌いたい!」

「はい」

里中は硬直した。吉岡は甘えた声で続ける。 

「いいですよね」 

「はい」

里中は操り人形のように言うがままにうなずかされている。 

「やっぱ。大声だすのやばくないすか? それに、やっぱ気合の問題

ですかね!」

 東野は大きな声で里中に助け舟を出したつもりだったようだが、三人

は一瞬だけ静まり返った後、また五月蝿くなった。

誰も彼女達の暴走を止めることは出来なかった。 

やがて三人は勢いよく歌いだした。曲は昔に流行った歌謡曲だった。

 お世辞にも綺麗とは言えない、そして以上に感情的だ。吉岡は泣きす

ぎて鼻水をたらし、平岡はハイテンションで太めの身体を高速に動か

して踊り、細田は飲みすぎてゲロを吐きながら、それぞれが何かに

取り付かれたように大声で熱唱していた。

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