第11話 最高刑務所入場

小さな個々の話が集まり、話がだんだん大きくなっていく。

次は入所前の里中の様子を語ろう。 


里中にとって出発までの一週間は非常に長いものだった。 

もはや帰る家もお金もなかったので博士に相談して、内緒で研究室に泊めてもらうことにした。夜は静かに寝袋に包まって、大学の警備員の目を逃れなければならなかったが、警備体制は適当で、借金取りと比べると精神的に楽だった。ただ、妻と娘が激しい取り立てから耐え忍んでいるのを考えると、気の毒で眠れなかった。


博士と仲間達と面会した翌日、箱の中身の補充分を買いに行く為に

街に出た。490円しか持っていなかった里中に、博士と上崎で1万円恵んでくれた。さっそく安売りの殿堂に行きサバイバルナイフを探した。身を守るために各自1本づつ持っていく必須のアイテムだ。

サバイバルナイフは銃刀法の規制がかかっているからなのか? 刃渡りが短く、おしゃれで高価なものがほとんどだった。

結局、里中は一番安い「直刃と波刃・研がなくても切れ味長続き」とうたっている家庭用の包丁を1728円で買った。うれしいことに簡単なプラスチックの鞘と細長い箱がついており、持ち運びも簡単そうだった。「本格的なサバイバルナイフを買うように」と言われたが、どうせ敵もいないということだし、平和的に料理の為に家庭用包丁を買えばよい、と里中は思った。

残りのお金で、当面の食料、主にカップラーメンや空いたスペースに入れ込むお菓子を買いこんでいった。何日使えるかは分からないが、歯磨きのチューブや歯ブラシも買ってみた。気づくと、娘が好きな

グミや、妻が好きだったストロベリーのチョコレートのお菓子を買おうとしているのに気付いた。

里中は幼稚園での親子遠足で、家族3人で仲良く食べた思い出の菓子を急いで買物かごから取り出すと、せんべいやクッキーを代わりに詰め込んだ。思い出を刑務所に持っていくのはやめたほうが良いと思った。

結構な量の缶詰を買い足してもまだ4,602円ほどお金が余った。 里中は小銭の602円だけポケットに詰め込むと、上崎に貰った便箋と封筒を持って郵便局に向かった。備え付けのボールペンを使い丁寧な文字でゆっくりと手紙を書いていった。

 

 陽子へ

 4000円しかないけれど何かにつかってください。私はもうお金は使えなくなりますので。

 この前は詳しく説明できなかったので手紙で書きます。 来週には刑務所に入ります。

 お金の手続きが可能になります。ブルーライフ生命保険の白垣さんから連絡が来ます。手続きを進めてください。縦丸不動産や菱富銀行にも段取りをしています。家や家財をすべて清算してもらって生命保険を合わせると、5000万円以上は二人に残りそうです。今までどうもありがとう。こんなことになってごめん。本当にすまなかった。雛をよろしくお願いいたします。                                     

里中 一

                                  

内容はここまでにしておいた。 家族への熱い思いを書いても妻は

不機嫌になるだけだからだ。手紙を書いたら4000円を封筒に詰め込んだ。金がないので書留にはせず普通郵便で妻あてに送った。

残りの小銭で普通郵便代と帰りの電車代は大丈夫だった。

 

大学の研究室に戻ると、博士と上崎が資料やDVDを山積みにして待ち構えていた。ホワイトボードにはサバイバル術・衣食住・完全自給自足の文字が書いてあった。

「私と上崎はもう既に資料を全部チェックしました。是非里中さんも目を通しといてください」

岡田は山積みの本の一冊を差し出した。

「これはいいですね、気がまぎれます。他の方も読まれたんですか?」

「いや、他の二人とは時間が合わなくて、どちらも読んでいませんよ」岡田はやや目線をそらした。

「読まれてないんですか?」

「はい、たぶん鹿島さんは心配ないかと思われます。サバイバル大好

き人間ですから、ただ、東野さんに関しましては、、、」

岡田は言いたくなさそうに上崎の方を見て助けを求めた。

「関しましては?」里中は突っ込まずにはいられない。

「東野さんは、ジャーナリスト宣言してまして、、、」

突っ込まれた上崎は苦しそうに答えた。

「ジャーナリスト宣言?」

「御自身で、俺はジャーナリストだ!って、だからこんなものは必要ないって言い切っちゃって」

わがまま過ぎて理解できない言動だが、東野ならそんなことを言いそうだな、と思った。多分この先いろいろと苦労するのかもしれない。

「では、私達は授業がありますので」

岡田と上崎は、これ以上は答えずに、一緒に学生の講義に戻って行った。里中は、五人の中で一番年上なんだと自分自身で言い聞かせ、しっかり自覚しようと心に言い聞かせた。

            


それから一週間がたち刑務所入所当日になった。


里中達五人は、駅からタクシー二台に乗り分けて最高刑務所に向かった。里中の新幹線代は岡田が払ってくれて、タクシー代は同乗した

東野が、「もう一生お金は使わないから!」と率先して支払ってくれた。

全員は揃って刑務所の中に入って行った。 制服を来た刑務官達が下調べも兼ねて目線を絡ませてきた。里中・岡田・上崎・東野・鹿島が緊張して列に並ぶと、やがて名前と身元の確認が始まった。

自殺希望者は里中達だけではなく、他にも四人いた。

身元確認では、お世辞にもあまり美人とは言えない小太りの女平山と、大丈夫かと心配になるくらいガリガリの女細田、そして3人のバランスを取るような中肉中背の体格で、明るい白のゴシロリ調の服が目立つ女吉岡。この三人はよく目線を合わせていて友達同士なのがすぐにわかった。そして独りで来た男、クロブチ眼鏡をかけた浜田という自殺希望者なのだが、刑務所に入るのを迷っているのか? それとも緊張しているのか? 同じ場所をクルクル回ったり、急に上を見上げたりで挙動不審だった。   

その落ち着きのない男を刑務官達は制止することもなかった。

部屋の奥で、課長の石川と、刑務官らしい身体と顔つきの坂上と太野が順番に入所の意思の確認をしていた。

全員の意思の確認が終りかけた頃、所長の轟がゆっくりと姿を現した。所長がくると一瞬にして空気が変り、今までやる気がなさそうだった刑務官達は急にキリッとして活発に動き始めた。坂上は石川が最後の入所者への確認が終わるのを確認すると、自殺入所者全員に大声で話した。

「さきほどの石川課長の話にもありましたが、これが最後です。みな

さんは犯罪者では無いので、丁寧に確認せていただきます。死ぬ権利の行使でこちらにいらっしゃっていますが、本当にそれでよろしいでしょうか? 後悔はありませんか? ここでおっしゃっていただけれ

ば、まだ帰っていただくことは可能です。しかし、一度入所すると、みなさんは犯罪者と同等の扱いになりますので、絶対に変更は受け入れられません。ご注意ください!」

入所者達は黙って聞いていた。その集団の中で、クロブチ眼鏡の男だ

けが小刻みにカタカタと足を動かしているのが異様に目立っていた。

そして石川がなにか悲しそうな顔で里中達を見つめていた。


石川はさっきから何回もため息をつき、不安で憂鬱だった。

今回の入所検査はいつもと全く違うのは明らかだった。この後「命の箱」の中身の検査が終れば、ここにいる人達は刑務所に入ることになる。そして二度とそこから出ることはできない。

石川には、どう考えても岡田達が自殺をするために来たようには思えなかった。最近、轟が頻繁に法務省からの直通電話を受けていた。彼の携帯にかかってきていつも席を外していた。そして誰にも言わないので会話の内容は誰にも分からなかった。

昔の恋人である片桐大臣に聞いてみようか? とも思ったが、自分をここに左遷した片桐と電話で連絡するのは気が引けた。

詳しい事情を知らない石川は、真意を今ここで探りたいと思った。   

なぜこの男と仲間達がこの危険な最高刑務所に入所したいのか? 

もし、生き延びようと思っているのなら、この刑務所の状況を理解していない筈なのだ。そもそも、なぜ轟と岡田博士は先月個室で会談していたのだろうか? 

目の前の岡田博士に聞いてみる。

「岡田博士? あなたは刑務所の研究にだけ興味がある方だと思いま

したが?」

「研究しすぎて、ここで死にたくなりました」

博士は明らかに嘘と分かる返事をした。

他の仲間達にも確かめてみた。

「他の方々も大丈夫なんですね?」

全員が、何か決心したようにバラバラにうなずく。これ以上何も探る

ことができなかった。

石川は入所前持ち物検査に移るしかなかった。これはいつもルーティ

ンで行う検査であり、自殺者の漫画や御菓子や薬など、死ぬまでの

時間潰しの必需品を見せてもらうことになっていた。

「では、みなさん呼ばれたら箱を開けて中身を見せてください」と、

石川は声を張った。

その直後、都合が悪いのか? 岡田達がお互いに顔を見合わせた。

石川は、坂上と太野と3人でゆっくりと大きな台の前に移動した。

まず坂上は、一番近くにいた女3人組のガリガリの女、細田を人差し指だけで偉そうに呼びつけた。

「はい」

細田は周りをキョロキョロ見回しながら台の近くに行き、おどおどし

ながら中身を取り出していく。死んでいく人達なので、ここではプライバシーは考慮されない。男性の坂上が遠慮なく荷物検査をする。

彼女達は岡田達とは関係ない純粋な自殺希望者のようだ。

「もっと早く中身を出して」

あまりの動作の遅さに坂上が急かすように言った。 

細田の箱の中からは、これでもか、というくらいの薬が次々とでてきた。彼女は楽に死にたいのだろう。 

「薬ばっかりですね…。大丈夫ですか。本当にいいんですね。後悔し

ないんですか?」

石川はあえて優しく接した。

「はい。私にはかけがえのない仲間がいますから!」

細田は優しく対応されてうれしかったのだろう。微笑みながら勢いよく向こうに並んでいる吉岡と平山を指差した。仲間で自殺する人達はたまに存在する。自殺志願者というのは気持が高ぶっている。話を聞き過ぎると、そのままずっと止まらなくなるのは分かっていた。

その理由もあって「あ、そうですか、分かりました」と、業務的に対応した。

細田の人懐っこい視線はまぶしかった。 彼女はもっと話したそうだ

ったが、空気をよんで元の位置に戻った。

次に坂上がクロブチ眼鏡の男の名を呼んだ。クロブチ眼鏡はフラフ

ラと台まで近づき箱の中身を出し始めた。この浜田という男は一人で刑務所にやって来たようだ。

「漫画とチョコレートだけですね。あと写真ですか? あなたも本当

にいいんですね? 後悔しないんですか?」と石川は確認した。

浜田は過呼吸気味で震えていた。この男が精神的に不安定なのは明ら

かだった。

「、、、はい! いや? どうしましょうか? 私ってやっぱり死ん

だ方がいいんでしょうか?」

目線が石川の方を向き助けを求めている。たぶん男は誰にも相談しな

いでここまで来てしまったのだろう。精神カウンセラーではないので

あまり相手にはできないが、こういう入所希望者には厳しく対応して

入所させないようにしていた。

「あたしに聞くなら来ないで! 早くこの部屋をでていってください」

「うん、うん! やっぱり、私死にません!」

浜田は子供のように全力で出口に向かって駆け出していった。

これもよくあることだ。

石川はほっとした。人生を諦めて自殺するなんていいことである訳がない。自ら自分の命を終らせるなんて罰当たりにも程がある。

ただ、残念ながら毎回このような人達が大勢やって来る。そして、

犯罪者達に箱を略奪されて、恐怖と飢えて死んでいく。安らかな死を迎える場所をゆっくりと探すことなんてできないのだ。

そしてそのことを知っているのは、現場の刑務所職員や官僚達の一部のみである。

入所検査は時間通り進み、あとは岡田博士のグループの番になった。グループ全員で固まって明らかに荷物を見せたくない感じで固まって

いて誰も前にでてこようとしなかった。ここからは一筋縄ではいかな

いな、と石川は覚悟した。

中年男の里中が、検査台に呼ばれた。 彼は岡田博士を意味深な目で

見つめ博士の反応を待った。博士は遠くに座っている轟を不自然に

見つめている。石川も轟に目線を送るが、タバコを燻らせている彼は、こちらを振り向こうともしなかった。

結局、自分が彼等の入所を拒否してしまえば良いのだ。検査の途中で

「退出しろ」と言うのは、岡田達に気の毒だとは思ったが、むしろ、ここで、何も知らない彼らを刑務所に入場させないことが大切だった。

里中は博士に「どうにかして!」といわんばかりの表情をしたが、

岡田博士はあたふたするのみだった。里中は博士を見るのをやめた。

しかし、ここは彼自身で切り抜けようとでも思っているのか?

里中は表情をキリッと引き締め喧嘩でもするような顔で台の前まで足を踏み入れた。

「今から、自殺する人達の手荷物検査をやっても同じなのではないで

すか? 僕達どうせ死ぬんだから」

里中は真っ直ぐ石川を見つめて訴えた。

「念のために、おこなっているんですよ!」と、石川はあえて業務的

にはねつけた。 

「だから! 何のために!」

相手にされなくて里中は憤った。

「そうね? 例えばプラスチック爆弾とか?」と、石川はわざと軽く

微笑んだ。

「自殺に使うんだったらいいでしょう」 

「でも壁に穴なんか開けられたら困るから!」

「開くんですか? 穴?」

「開くわけないわ。それに高圧電流もはりめぐらされてるし」

「じゃあやっぱり見なくていいんじゃあないですか?」

荷物をここで見せて、彼らの計画が流れてしまう訳にはいかないの

だろう。必死だった。

「怪しいわね。移住するつもり?」直球で石川は尋ねた。

「そんな訳ないでしょ」里中はぶっきらぼうに返す。

「なんであなたはそんなに見せたくないんですか?」

「私のプライバシーの問題ですから」

「あなた死ぬんでしょうこの中で、そのために来たんでしょう?」

「はい、しかし、、、それまでは生きる権利を持っていますし、私は

犯罪者ではありません。それに私は弁護士の勉強をしていました」と、

里中は得意げにいい放った。 

「あなた弁護士なの?」

「残念ながらテストには受かりませんでした」

石川は里中のひ弱な抵抗を心の中で嘲笑すると、一層攻撃を強めた。

「で! あなた私に歯向かうの? ここは私の責任で全て決定できる

んだけど」

石川は、立場の差を明確にして彼に服従を促した。里中は窮地に追い

込まれたが、まだ諦めずに鋭い目で言い返した。

「とことん歯向かいましょうか、殴りますか一般市民を! それとも

殺しますか、自殺志願者を!」

部屋に響き渡る大きな声だった。里中の熱意に圧倒されそうだが、そのまま認める訳にはいかなかった。すごい形相で長い間見詰め合う

二人を、周りは息を呑んで見つめていた。石川も里中もピクリとも動かない。坂上と太野もどう手を貸していいのか分からない感じだった。今までこういう無謀な一般市民がいなかったのだから無理もなかった。岡田達は「里中の反抗」がどういう結果をもたらすのか? 息を呑んで見つめていた。

 

轟がついに立ち上がって石川と里中の方に歩き出した。 

「石川君もういいよ」と、似合わない優しい声で、長い沈黙を破った。

「轟所長。この命の箱検査は毎回行っているものです」

石川は目線を里中に向けたままに言った。轟の顔なんて見たくもなか

った。

「今回は免除する」 

「所長!」

ムカついた石川は目線を変えて鋭く轟を睨んだ。

「今回は所長である私が免除する。この持ち物検査は法律には明記さ

れていない。以上だ」

今度は冷静に、かつ法律を参照して石川を制止した。石川は上司の

命令に背けない。

石川は轟の側に行き、「明らかにあの男と博士達は自殺するつもりは

ないと見受けられますが?」と石川は小声で抗議した。

「そうみたいだな」

「追い返しましょう!」

「いや、そんな権利は我々には無い!」

「しかし? このままでは。彼らは刑務所の現状を知らな———」

轟は意図的に話を遮った。

「いいじゃあないか石川君! 教えちゃいけないんだから!」

「でも?」

「きっと おもしろいものが見れるよ! 法務大臣様が期待してるん

だから!心配すんなよ。後でお前にも教えてやるよ」 

石川は法務大臣と聞いて何も返せなくなった。轟はいやらしく笑うと

ゆっくりと入所者達の前に立った。

「みなさん! 全ての手荷物検査が終了しました。結果は全てにおい

て問題無しです。みなさんが、死ぬ権利やらを行使して、刑務所内で

命を終えられてしまうのは、非常に残念ではあります

が、まあ国が認めた権利でもありますので尊重したいと思います。

法律通り、所長からの最終確認をいたします。

一度刑務所内に入所されましたらいかなる理由がありましても、こち

らに戻ってくることは許されませんのでご了承ください。「間違いだったと泣き喚いても、助けてくれと叫んでも!」いかなる場合でも取

消しはききません。いいですね」

轟は時間をかけて全員を見渡した。発言する人は誰もいなかった。

「ではみなさん!「最後の楽園」の入所時間は午前11時になります」

坂上がアミューズメントパークのお知らせの様にアナウンスした後、

轟が去って行き石川達刑務官がその後に続いた。


里中・岡田・上崎・東野・鹿島達は駆け寄ると、こそこそと部屋の端

に移動した。里中はうれしそうに笑い、石川に向かって律儀に会釈し

た。とうとう刑務所の入所が決まった。

これで陽子と雛が助かる。 保険金が家族に支払われることが決定した。

  「上手くいったみたいですね」

里中は、ただ興奮していた。 

  「言ったでしょう。刑務所長と知り合いだって!」とかなりびびって

いた岡田は得意げに他のメンバー達に言った。

  「パソコンも発電機も没収されませんでしたし、私もこれで、記事を

書くことに専念できます」

  東野もうれしそうだった。

  「しかし、誰が記事を受付けてくれるんですか?」

里中は以前から気になっていることを聞いてみた。

  「大手のライオン出版の編集長の米沢さんが全てやってくれる手筈に

なっています。インターネットの無線接続から、携帯の料金支払いま

で全て! あの「週間真実」の米沢さんがですよ」

東野は得意げに説明したが、借金取りのせいで世間のことはさっぱ

りな里中は返事の仕様がなかった。

   その東野の気取った態度に敵意丸出しの顔で鹿島が乱入してきた。

「知らないねそんな人! なんかあんたのやってることつまらない

ね! 折角、昔のいい時代にもどろうというのに、わざわざ外の奴ら

にそんなこと報告して何がうれしいんだか?」

鹿島流のド正論だった。

  「え?」

東野は絶句した。この刑務所に入る全ての目的を完全否定された彼は、

ただ凍りついた。 その凍りついた東野に容赦ない鹿島の攻撃が続く、

「そんなに現世に未練があるのか?といってるのよ?」

ただ、鹿島は東野だけに突っかかっているようにも思える。

  「原始オタクの君には理解できないかもしれないが、これは俺の生き

方なんだよ。黙っとけよ!」と、東野は声を大にしてキレた。

上崎は周りを急いで見回して「東野さん、そこまで怒らなくてもいい

じゃない」と急いで東野を落ち着かせた。なぜか怒られるのはいつも東野のほうなのだ。

  「でも、なんかつっかかってくるから!」と東野は不満な顔をしたが、

「とにかく、今から一緒に生活するんだからみんな仲良くしないと駄目じゃない」と上崎は容赦なかった。

東野は随分年下の上崎の説教を悔しそうに受け入れ、「わかってますよ」とやりきれない感じで返した。それを見ていた鹿島が、ちょっとオタクっぽい東野を真似て「わかってますよ〜」とからかった。

この二人はいったい何なんだろうか? まるで小学生のようなじゃれあい。こんな事で本当に村はできるのだろうか? 

里中は不安になった。


   石川は気分を入れ替えて、一刑務官として業務をこなすと心に決め

ていた。轟の話によれば、岡田達は「刑務所内で罪人達が生き残って

いるのを承知の上で入植をしたい」ということだった。それで番組

まで作成して財政赤字に役立てるらしい。記者やサバイバルのプロも

いると聞いた時はただ呆れるしかなかった。

「みなさん! 11時になりました。今から門を開けますので、門の

前に集まってください。ここに一度入りますと、今後絶対にこちらに

は戻れません!」

全員がゆっくりと門の手前の閉鎖された場所に移って行った。扉は2

重になっており、全員が移ったら入ってきた方の鉄扉が閉まり、あと

は入り口の鉄扉が開くだけになる。

石川と言い争った里中は他の人達よりもだいぶん遅れてゆっくりと

扉の前に移動してきた。

  「なんか、あの世にいっちゃうみたいだな」と、里中がボソッと呟い

たのが聞こえてきたが、石川には全く響いて来なかった。


坂上と太野と刑務官達が銃を構えて後ろに立ち、銃口を彼らに向け

始めた。その行為が引き金になり、入所者達の一般国民の身分は抹消された。ここで、入所者=死人 という方程式が成り立つのだ。

刑務所の門が嫌な音を立ててゆっくりと開いた。

刑務官達が横一列になって無言で圧力を加える。それらに圧迫さ

れるように全員が門を抜けて刑務所の敷地に入った。すると、轟が刑務官の列の前にゆっくりと出てきた。 そして、うれしそうな顔でこう言い放った。

「最後に国民にはひとつ公表できなかった機密事項をお伝えしたいと

思います。もうあなた達は日本国籍から名前が抹消され、この世の人

でもないので隠す必要もありませんから、よく聞いてください。

ここ数年犯罪者のグループが自殺者の命の箱を利用して10名余り生

き延びております。 グループはかなり好戦的で、あなた達の「命の

箱」を狙うかもしれません。お気をつけください。 まあそれを利用

して自殺されるのも手かもしれませんがね。では!」

入所者の全員が一瞬でこわばった。

轟は、このようなアナウンスを入植者達にするのはいつもの事だった。

公務員の業務の守秘を理由にして、入植する自殺者達を直前に怖がら

せて遊ぶのだ。かなりの悪趣味だった。


石川は、いつも「送り出しの儀式」には参加しない。極めて不快だからだ。轟の最後のお知らせが始まると、すぐに監視室に移動することにしているのだ。


その石川の移動中、刑務所の門の前は、いつも以上に混乱していた。

銃を向けられ追い出された女性3人組、吉岡・細田・平山が大声で

泣き出し、東野は頭を抱えて絶叫し始めた。岡田や上崎の顔の血の気

が引いていき、里中と鹿島は無表情で無言だった。

ガリガリと門が動く時の雑音がして、ゆっくりと刑務所の門が閉まっていった 。 

石川は監視室に行くとすぐにモニターを確認した。 今回は移住目的の岡田達もいるので、いつものすると 今後の展開も心配だった。

監視室のモニターでは会話の音声も聞こえるし、好きな構図で刑務所内の様子が見ることが出来た。最近大掛かりな工事があり、監視カメラの数や音声マイクの数が増えた。囚人がどこに行こうが映像がモニターに映しだされるのだ。あの増設工事は番組制作の為だったのだ。

モニターの画面では、博士のグループの全員が、岡田博士と上崎を

見つめていた。閉じてしまった最終刑務所の門を、東野という男が激

しく叩いている。それに呼応して、門の上に移動した刑務官達の銃の

銃口が彼に向けられ始めているのが分かると、彼は大声を上げてひっくり返った。自分達が納得して入っているのに面倒臭い人だ、と思いながらも何か違和感を感じていた。

やがて門の周辺から岡田達の姿は消えていった。


こんな経緯で彼等は刑務所の一員になった。あなた達が既にご存知の

ように、この場所は穏やかな場所ではない。このまま話を続けよう。

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