第10話 大臣と秘書


 刑務所への移住の動きが加速している。

続きを早く知りたいと思うが、その前に刑務所を管理する国側の様子

をお伝えしたい。


霞ヶ関にある法務省の大臣室、秘書の井波が緊張でこわばった顔をし

て立っていた。 彼女は少しだけ背が低くてかわいいらしい感じの秘書である。

そして、豪華なソファに深々と座る法務大臣の片桐。いかにも肝が据わった百戦錬磨な国会議員で、ちょっと厚めの体格にギラギラした目をしている。選挙で6回も勝ち残ったことで、これだけの威圧感を手にいれたのだろう。対照的な二人である。

片桐大臣はおおよそ仕事中と思えない態度で、かわいい子猫に向けるような眼差しを見せやさしく問いかける。大臣はずっと昔に離婚していて、それ以来女性に興味があるようになった。


そして伊波も同じ嗜好を持っていた。

「井波さん、まず状況を報告して!」

片桐は業務的に言った。仕事中は優しくしてくれない。

それはいつものことなのだが嫌いではなく、むしろ忙しい大臣を自身

の魅力で振り向かせることに生きがいを感じていた。

「はい、岡田正志博士と上崎明子助手は、里中一(はじめ)を新たな

メンバーに加えました。

これが参加メンバーの資料です」井波ができる一番可愛い声で誘惑しながら資料を渡した。

「え〜と 東野広一は、ジャーナリストで鹿島智子は原始人オタクだ

ったわね」

片桐は表紙にちらっと目を通した後、井波を真っ直ぐ見つめた。

「はい」

「で、この里中というのは?」

「借金した実業家で、借金を返すための入所です。それも家族を助け

る為に」

「なかなかいいわね。衝撃的な話じゃあない」

片桐はうれしそうに微笑むと組んでいた足を組み替え、もう一度井波

を見つめた。

「そうですね。理想の候補者だと思います。」  

「視聴率は取れるかしら?」

急に片桐の表情が厳しくなった。

「はい。間違いないと思います」

井波は気持をキリット引き締めて返答した。片桐は仕事で妥協する人

ではないので彼女の表情で敏感に反応しなければいけないのだ。

「あなた、偉いわ。 あなたの仕事の能力凄いと思う」

片桐は隣に立っている井波を隣にゆっくりと引き寄せた。女性にして

は分厚い手のひらに強さを感じる。

「ありがとうございます」

井波は顔を赤らめて返事した。ドキドキしていた。 

「で、私の先輩はどう? ちゃんと言うこと聞く?」

「轟所長ですか? 轟所長はこの企画に乗り気なんですが、、、」

「ん? どうしたの」

「このドキュメンタリーが、悲劇的なものになると確信してらっしゃ

います」

「まあ、悲劇って?」片桐が嫌な顔をした。

「村を作れずに失敗してしまう! 刑務所内で殺し合いってことでし

ょうか?」

井波は不満そうに答えた。

「まあ、それでもいいんだけど、視聴率さえとれればね!」

井波が返事に困ると、「でもそれじゃあすぐ番組終っちゃうわね。

あと子供も見れないし、、、」と片桐は微笑んだ。

「そうですね。轟所長という方はある意味「保守的」ですし、、、」

井波はオブラートに包んだ感じで刑務所長の轟を非難した。


二人の会話通り、片桐法務大臣が中心となり、最終刑務所のテレドキ

ュメンタリー化に取り組んでいる。

そして、その舞台は、轟所長の福岡の最終刑務所に決定されようとしている。刑務所に移住しようと試みる「おちこぼれの集団達」が、刑務所内で競合している犯罪者達の2つのグループと渡り合う。

果たしておちこぼれ達は最終刑務所に自分達の村をつくれるのか?

国民向けのいいドキュメンタリードラマが生まれそうな状況だ。そして、片桐大臣の関心事はただ一つ、テレビやネット放送の「視聴率」を取ることだった。


「勝手なことされたら困るわね!」

「どうしましょうか?」

「そうねー? でもいざとなったら石川課長がいるから大丈夫」

「はい?」

井波は、元部下だった石川を露骨に褒める片桐に不機嫌に反応し無言

になった。

「やぁね、単なる昔の部下よ。刑務所の監視カメラ音声マイクの利用

の件大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫です。あと、東野広一の内部からの情報発信もライオ

ン出版の米沢さんに全て協力を得ています」


これは記者の東野広一がメンバーに入ることにより、政府のドキュ

メンタリーが、撮る方の政府側と撮られる方の移住組側の両方から情報発信が出来るようになる。これは、視聴者からすればストーリ展開も分かりやすく、キャラクターへの感情移入も起こしやすい

政府は完璧なドキュメンタリー番組を提供することを目指していた。


「素敵だわ。財政赤字の市町村を刑務所にして、そこに、能天気な

移住者グループを入れて、そのドキュメンタリー番組の収入を財政赤

字削減に役だてたい。計画は完璧よ。これで柿沼総理も大喜びだわ」

片桐大臣は思い通りに計画が進んでいることを確認すると後ろから

ぐっと引き寄せた。それは法務大臣室では不適切な行動に見えた。

「片桐法務大臣こそ素敵です」

「あら、ありがとう」

片桐は余裕の表情で微笑んだ。

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