第9話 移住者達

こんなに楽しかったのは、いったい、いつの事だったのか?

たぶん初めて会社を立ち上げた時? いや陽子と結婚した時かもしれない? こんな楽しい気持になることがまたできるなんて、なんて有難いことだ。死ななくても良いのだ! そんなことを思っていると約束の時間が近いてきた。

遠くから博士と助手の声と、それに応対する声が聞こえてきた。

そして勢いよく研究室に入って来た。それに続き、ジャージとTシャツ姿の日焼けした筋肉でたくましい身体の女性と、インテリなタイプの賢そうな痩せた男が入って来た。男は縦縞ストライプの濃紺のスーツにクロブチの眼鏡をかけており、見るからに頭が良さそうで何かが出来そうだ。上崎は、対照的な二人を里中の両隣に座らせた。

左側に賢そうな男が座り、右側にたくましい女が座った。里中は、

両隣を見てペコペコと会釈をした。二人は緊張しているのか、固い感じで無言で会釈を返してくれた。

岡田は軽く咳払いすると、先ほどのゲームの時とは全く別人のよう

な表情で語りかけた。

「みなさん揃いましたね。初対面だと思いますので紹介します。

こちらが東野さんです」

インテリ男は、ちょっと照れた感じで猫背のまんま立ち上がった。

「東野です。みなさんよろしくお願いします」

彼の声の高さが予想以上で驚いた。そして里中が紹介され、引き続き

メンバーが紹介される。

「そして、鹿島さん」

筋肉女は、やや挙動不審な感じで立ち上がった。なぜか、なかなか喋らない。

「あの、、、」

人の目線が集まるのが好きではないのか、不機嫌そうにも見える。

長い間の沈黙の後に何をいうのか? 周りに期待を充分待たせた後、

「鹿島です」と言うとイスに急いで腰かけた。

多分、シャイなのであろう。

「以上、私も含めてこの5名が入所する予定です」

岡田は、何も気にせずに淡々と自己紹介を始めた。

「ここにいる皆さんは、何かのスペシャリストの方ですよね?」

二人の反応がエリートの印象と違っていたので心配になり、里中は

確認し、上崎がすぐに反応した。

「里中さん。ここに集まった人はサバイバルのプロでもなんでもなく

て「普通の人達」なの、ただ色々な理由があって岡田博士の計画に

賛同した人達よ。そうね、一から全てを造って生きたい人達で、みん

な同じよ」

里中は期待が外れて、すこしがっかりはしたと同時に、みんな同じ様

な人ばかりと聞いて、2人に親近感を覚えはじめた。

だが、インテリ系の東野は不満そうだった。

どうやら「普通の人達」と言われたのがひっかかったようだ。

「ちょっとその説明は違うかも? 実は僕はジャーナリストです!」

「ジャーナリスト!」

里中は尊敬の目を東野に向け、それを見て東野は微笑んだ。

「と、言ってもフリーだけどね。刑務所内に楽園をつくる、その模様

をウェブや出版社に投稿して東野広一の名前を全世界に広めたいんで

す」

「しかし、どうやって?」

里中は聞かずにはいられなかった。

「それは、完璧、かつ入念に計画をしています」

自信満々に東野は返した。

「しかし、帰って来れないのでは、もうこの世界には」

「里中さん、我々は楽園をつくるんですよ。あの刑務所内に! 帰っ

てくる必要なんて全然ありませんよ」

東野は両手を外人みたいに大げさにひろげた。 

「まあ、そうですけど」

「で、あなたは、なぜこのチームに参加したんですか?」

里中は、刑務所からの情報の発信の方法を聞きたかったのだが、東野

は、すぐに質問を返してきた。

普通なら家庭の事情は隠したいところだが、このメンバー達とは、こ

れから共に助け合い、一緒に生きていかなければならない。

ここで隠していてもしょうがないと思った。

「僕はただ借金で、家族の為に保険金でお金を返したくて、そして

ただ死にたくない! それだけですよ」

それを聞いた東野はなんとも言えない顔になり、

「破産宣告はできないのですか?」と質問をしてきた。

「連帯保証人で妻や家族にも迷惑かけてて、破産宣告で貧乏させる訳

にはいかないんです。愛してるんです家族を! 残念ながら、僕は

家族には嫌われてますけどね」

里中は悲惨な状況をなるべく明るく話してみた。

「嫌れてる?」

東野はボソッとつぶやいた。

「この方法が、家族が僕を許してくれる最高の条件だと思います。

お金も妻と子供の手元にある程度残りますし、、、」

同情されすぎないようにさらに明るく返した。

「そうだったんですか。すみません。変なこと聞いて」

里中の「元気アピール」も空しく、東野は、前よりも増して申し訳

無さそうに謝ってきた。

「大丈夫です。元々自殺しに行くような場所ですから、訳有りで当た

り前でしょう。それに、岡田博士にお会いして、この計画を聞いて!

死ななくていいと思うとうれしくて、それにみなさんもいるし!」と、

バタバタと手を振りながら否定すると、ようやく東野は硬直した顔を

緩めた。

「鹿島さんでしたっけ? あなたは?なぜ参加したんですか?」

里中は話を切り替えようと、入り込めなくて落ち着かない感じに見え

る鹿島に話をふった。

「ん? 私? 私はね、原始時代に興味があるの?『はじめ人間ギャ

ートルズ』とか見たことある?あのアニメ? おもしろいよー」

「ん?」

予想もできない鹿島の返答に誰もがすぐに返事できない。

「確かかなり前のアニメで、そんなの聞いたことがあるような?」

誰にも話しかけてない独り言っぽい物言いで、東野が首を振りながら

思い出そうとした。

「あのね。マンモスのお肉とかをみんなで焼いて食べるの。おいしそ

うでしょ?」

痛い感じの鹿島の反応に、里中も東野も何も言えなくなってしまった。

「鹿島さんは、その〜 原始人の生活に強い憧れが...」

岡田は『こういう子なので分かってください』と目で訴えた。すると、

東野は大きくため息をつき、呆れて天井を見つめた。

里中はやさしく鹿島に声をかけてみた。

「鹿島さん。ご家族は?」 

「知らない!」

鹿島は子供が怒ったようにほっぺを膨らまして、視線をそらした。

「聞いてはいけなかったですか?」と驚くと鹿島は黙ってうなずいた。

鹿島の家庭関係も上手くいってないと思った。 

「ごめんね」

里中は幼い子を落ち着かせるようにやさしく謝った。 それを見て

東野はだんだん不安になってきたのだろう。急に立ち上がった。

「教授。本当に大丈夫なんですか? この計画?」

「え? 大丈夫ですよ?」

岡田は落ち着いて答えた。

「本当に、犯罪者はうようよしてなかったんですか? その九州の

最終刑務所には?」

「私と教授で何回も視察しましたが、刑務所内には全く人影は無かっ

たです。 刑務所長にも確認しています。 所長は轟さんと言う人です

が、刑務所で生き残ってる受刑者は1人もいない! と断言されてい

ます」

上崎は岡田博士の代わりに笑顔で答えた。

「そうなんだ」

上崎の応答で少しだけ落ち着いたのか? 東野はイスに座りなおした。

「私の研究調査によると、手ぶらで入所した受刑者の全てが飢えで

死んでいます。サバイバルで生き残る確率はゼロです。 だから心配

はないですよ」と、岡田は優しく東野の肩をたたいた。しかし、東野

の不安は取り除かれない。

「しかし、入所してすぐの受刑者に襲われないんですか?」

「犯罪者の入所は毎月一日で犯罪者は一人ずつ入所します。自殺者の

入所は毎月十五日。つまり、もし万が一犯罪者が生き残ったとしても、

体力的には限界のはずです」と上崎が即座に答えて、「それに、我々

はそれぞれの武器やいろいろな道具をこの箱に入れて行く。みんなで

守れば凶悪犯も逃げて行きます。我々は刑務所内で最強の武器を持つ

わけです」と岡田がしめた。

「よくわからないけど? なにか単純に考えが甘いような気もするの

ですが、、、」

どうやら東野は、大志を抱いてる割には極度の心配性のようだ、

と思い始めたその時だった。

「あんた意外とチキンな男ね。あー だ ら し な い。 あー 

な さ け な い」

今まであんまり喋らなかった筋肉系の鹿島は、いきなり口撃を開始し

た。東野の態度が気に入らなかったのだろう。先ほどは子供っぽくて

シャイな人だと思ったのだが、同年代の東野に対してはかなり激しい。  

「はー? なんだ? この不細工な女!」

東野はかん高い声で反応した。 興奮するとジェスチャーが大きく

なるタイプのようで、まるで外国人のようだった。見てておかしい

感じなのだが、二人が必死にやり合うので誰も笑わなかった。

「いきたくなかったらいかなきゃいいじゃん! チ・キ・ン・な「レ

ポーター」さん」

鹿島は容赦なく、東野をディスり続け、ワイルドな笑いで見下した。

「なんだと!」

東野はオーバーに立ち上がり彼女を睨んだ。

「お! やるのかチキン!俺は女だけど強いぞ!」

鹿島もコブシをテーブルに激しくぶつけて立ち上がった。そして、

素早く東野の胸倉を掴むと、左右にブンブン振り回した。東野は見か

け通りのひ弱さを見せつけた。

「ケンカしないでください!」

すぐさま上崎は二人の間に入った。それに続き岡田と里中も鹿島の

暴力から東野を守った。

「東野さん! 無理してついてくるんでしたら、お止めになっても

結構ですよ! どうしますか?」

煽ったのはどう見ても鹿島だと思ったが、なぜか上崎は東野を説教し

ていた。

「ど〜するよ? チキン?」

怒られなかった鹿島は調子にのって有利な状況を楽しむように挑発

した。

「鹿島さん!」

ここで上崎は、鋭い視線で暴走する彼女を止めた。当事者二人はしば

らくのにらみ合いの後、プイと小学生のように横を向いた。

「最終刑務所に行きますよ俺は! こんなんに馬鹿にされて引き下が

れる訳ないでしょう!」

東野はイライラしながら、大きく手を広げながら返事した。

「わかりました! じゃあ喧嘩しないでください、二人とも!」

上崎はゆっくりと2人に言い聞かせるように言った。二人は先生に怒

られた子供のような顔で無言でそれぞれのイスに座った。

「あの〜、質問です!箱には誰が何を入れるんですか?」

里中は雰囲気を変える為に、場にそぐわない明るい調子で切り出した。

「よく聞いてくれました、さあ、上崎君!」

岡田はうれしそうに上崎を走らせると、上崎は分担表を全員に急いで

配りだした。岡田は大きなダンボール箱を開け名前の書いてある通称「命の箱」を一個づつメンバーの前に置いていった。政府のホームページから購入した箱の中にぎっしりと物が詰られていた。里中はお金がないので、箱と中身が用意されてることに密かに感謝した。

箱の中身の品物は簡単に見えないように、黒い袋に詰めてある。 

上崎が配ったリストに、誰の箱に何が入っているのかが書いてあった。

リストによれば、里中の箱は、果物や野菜の種や薬など、その他にサバイバルのハウツウ資料などがあらかじめ入っている。

分担票には「自分を守る為、長めのナイフを各自で準備するように等、

その他非常食の調達等」いろいろと書いてあり各自で準備しなければならなかった。里中の全財産はわずか三千円しかなかった。なので、

新たな心配事が増えた。上崎は全部配り終えると全員に話しかけた。

「チームで必要な物はもう箱に入れてあります。あとは空いてるスペ

ースに自分の食料と身を守る為のナイフだけ買い足してください。

いいですね」

「本当に武器は持っていけるんですか? 箱の検閲は?」

心配性な東野が「ナイフ」を調達と聞いて敏感に反応した。

「大丈夫です、あくまで念の為です。刑務所長に話しはついています!」

岡田は東野の動揺を止めようとしたが、東野はやや落ち着きの無い

動きをした。それを見た鹿島はうれしそうに近寄りポンポンと頭を

叩くと、「心配するなよ! チキンボーイ!」と再度挑発した。

東野は屈辱で顔を真っ赤にして無言で鹿島を指差した。

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