第7話 岡田

話をまた刑務所に戻そう。


石川は、刑務所の来訪者達を食い入るように見つめていた。

刑務所内を覗き込む40代の大学教授岡田と、その横に助手の上崎がいる。二人の距離が少し近いような気がした。

40代の教授と20代の助手2人はひょっとして恋人同士なのかな? と、野暮なことを考えながら、ゆっくりと石川は二人に近づいていく。 

霞ヶ関で働いている時は、他人の行動を観察するような暇もなかったが、逆にこの刑務所では時間が止まっているようだった。

「すごいな〜 この広さだよ。上崎くん」

岡田は若くてかわいらしい助手に楽しそうに話しかけていた。

「そーですね、博士」

若々しくて無邪気な上崎助手は岡田教授のことを博士と呼んでいる。

今、石川は二人の後ろに移動しているのだ、岡田は気づかないで、

子供のように無邪気に会話を続けている。

「この丘のみえないところでは何か起こっているのだろうね」 

「何もおこってませんよ。博士」

石川が、後ろから、助手の上崎になりすまして答えると、声の違いに

気づきすぐに岡田は振り向いた。

「そうだろうね〜、上、、あ、これは、これは、え〜と、名前なんで

したっけ」

若干、天然パーマのかかったおぼっちゃま風のこの男は、石川の

「不意打ち」にふらふらと動揺しながら返答した。

「石川です。刑務所の課長をやっております。名刺は渡してますよ」 

「そう、そうでしたか?」

岡田は頭をポリポリと掻きながら申し訳無さそうに頭を下げた。この

人は人類学の教授なのに対人関係が苦手そうだな、と思いつつ、岡田

のいささか滑稽な反応に微笑んだ。

「そしてこちらが、助手の上崎さんでしょ」

「よくご存知で」

上崎は名前を言われてうれしかったのか? 少し顔を赤らめた。

童顔でまんまるの大きな瞳がかわいくて、大学に入りたての一年生の

ような雰囲気がかわいい。

「まあ、毎週毎週こんなに頻繁に来られると、やっぱり自然と名前を

覚えてしまいますよ」

怒っているわけではないのだが、石川は暇つぶしと好奇心からか、

少し意地悪くつっこんでみた。

すると、岡田はまた頭をポリポリと掻きだした。上崎が気を利かせて

何かフォローしようとしている。

上崎が何か言おうとした瞬間、轟がいきなり死角から現れ、岡田に

話しかけた。   

「そうですよ、博士! いったいここのどこがそんなに魅力的なんで

すか。教えてくださいよ」

声を聞くやいなや、岡田の顔がパッと喜びに変った。

「もしかして、、、所長の」

轟の丁寧な言葉遣いに隠れた物凄い威圧感を、純粋すぎる岡田は感じ

ないようだ。むしろ轟に会えた喜びからか? 無邪気な中学生のよう

に言葉を返した。少年のように純粋な大学教授と、地獄でも生き残れ

そうな刑務所の所長が初めて対面した。

「最終刑務所所長の轟です」

「よかった。 ずっとお会いしたかったんです。詳しい話を刑務所長

さんから聞きたくて、あの私は、、、」

岡田は、新入社員のようにバタバタと名刺入れを探して、やっと内ポ

ケットに名刺入れを見つけると、いそいで轟に差し出した。

すると、轟はにこりと微笑む岡田を無表情で見て、乱暴に名刺をひったくった。そして、名詞をロクに見ずに返答した。

「早計大学の文化人類学者の岡田教授ですね」

「ご存知で」岡田は名刺をひったくり、不機嫌なのかと思った轟が、

自分の名前と経歴を知っていることがうれしく笑顔になった。

「当然でしょう。ここは刑務所でそして私は刑務所長ですから、セキ

ュリティ上把握しておかないと、見学者にしろ自殺者にしろ、入って

くる人間のデータはすべて」 

「ですよね」

「会いたかったんでしょう。私に」

「はい」

「じゃあ、私の質問から答えてください。 なぜあなたはそんなに

ココに興味があるのか? そしてなぜあなたは私と話をしたいのか?」

「はい。もちろんです」

轟の威圧感と、岡田の天然ぶりが対照的だった。轟はそれを楽しんで

いる様だった。

「じゃあ。こちらで、二人で話しましょう」

轟は岡田を監視デッキの横の小部屋に連れて行った。

石川と上崎は二人とり残された。 

上崎が心配そうに岡田を見送っていた。


            

岡田は気分が高揚していた。期待でワクワクしていた。何度も何度も面会を申し出て一度も会ってくれなかった轟と、突然話が出来るようになったからだ。それも、轟の方から岡田に話しかけてくれたのだ。喜ばずにはいられなかった

轟に案内された小さな部屋の真ん中には、テーブルとパイプ椅子がぽつんと2つ置いてある。さすが刑務所だけあって、ドラマで見る取調室のようだった。

「どうぞ おかけください」轟はじっと凝視しながら丁寧に着席を促

した。改めて二人きりになると、天然な性格の岡田も轟の発する異様

な空気に気付いた。

「なんか轟さんに言われると、今から尋問されるみたいな気がします」

轟の雰囲気を和らげる為に、あえて伝えてみた。

「なんでこんなゴミ捨て場に興味があるのか、正直に話してください

ね。さもないと帰れませんよ」

轟は冗談に応じず、威圧感を増していく。

「冗談を言ったつもりだったんですが?」

「冗談は嫌いですな」と轟は吐き捨てた。

刑務所長さんというのはこういう性格なのかもしれない。結構手ごわ

いかもしれない。岡田は気持を引き締めると勢いよく話始めた。

「ここは、全国で12ヵ所ある最終刑務所の一つ、2024年に財政

赤字で破産した人口816人だった過疎村の一部を利用した刑務所で

あり、面積は約1.13平方キロメートル東京ドームでいうと約24

個分。四方は何重もの高い塀と高圧電流に囲まれ脱走は不可能。

しかし、刑務所内に山や谷があるために入所者の生存数は不明、別名

人間のゴミ捨て場!といわれている場所」

この時の為に、助手の上崎と何回も轟に計画を伝える練習をしてきた。

刑務所に関する説明に関しては、練習しすぎてほとんど暗記してしま

った。まだまだ詳細に言えるのだが、轟がパッと手を上げて遮った。

「我々の刑務所の発表では、生存者は0だったと思いますがね」

岡田が一番確認したいことを轟はさらりと言った。

「犯罪者は生存してないんですね!」

本題をいきなり伝えられ思わず念をおした。

轟は、その質問には「当たり前だ」という表情で答えずに、無造作に

タバコをくわえ火をつけた。

犯罪者達がいなければ計画は成功する。岡田は思わず微笑んだ。

「あなたは、細かいことまで覚えてらっしゃるんですね。私は「人間のゴミ捨て場」としか資料無しでは言えないですがね」

轟の目線が一層厳しくなった。

「で、ゴミ捨て場の何の研究を? で、その研究が楽しいんですか?あんたは!」轟はだんだんと「素」をだしはじめた。

岡田はごくりと唾を飲み込んだ。

上手くしゃべらないといけなかった。 

岡田に失敗は許されなかった。

「正直に言います」

「最初からそう言えと言ってる!」

轟はいきなり声を荒げた。あまり人から怒鳴られるということに慣れ

ていない岡田は混乱した。しゃべりにくい。

急に声が出なくなり、妙な咳払いが止まらなかった。

ただ轟の目線はやさしくはならない。

「すみません。何て言ったらいいんでしょうか? 轟さんは自分の

世界を創ってみたいと思ったことはないですか?」岡田は必死だった。

轟は不機嫌そうに顔を歪めたが、構わずに熱く語りだした。

「何もないところから、理想の村を誰にも干渉されずに、犯罪もない、

貧富の差もない、環境にやさしい、みんなが幸せだって本当に実感で

きる我々の村を。この刑務所に—」

轟は、急に吹き出した。

「なんですか? どうしました?」

岡田は笑いの意味が理解できなくて純粋に聞き返した。

轟は笑いを堪えながら、まるで小学生を馬鹿にするように聞きなおし

た。

「どうやって?」

「出来るはずなんです。もしここに自殺者として入所すれば! ここ

は、日本の憲法・法律、全てがない無法地帯であり危険とも言えます」

「危険だよ」

轟は鋭く突っ込んだ。視線が刺さりそうで威圧感を肌が感じ始めた。

やっぱりいいです、と話しを止めて帰りたかったが、やっと会えたの

にあきらめる訳にはいかなかった。

ここは踏ん張りどころだ。轟に計画を承認してもらわないといけない

のだ。岡田は、なんとか話を続けることにした。

「が、しかし、ここで立派な村を作りさえすれば、日本国からは何の

干渉もされず自分達の理想的な社会がつくれるというわけです」

轟は微笑み顔から険しい顔に戻し、怒鳴るように言い放った。

「危ない発想だな。今あんたを逮捕しとくべきだな。新興宗教か?

テロリストにでもなるつもりか? あんたは頭がおかしいんじゃあな

いんですか?」轟は、机が割れるほど手の平で叩いた。

薄っぺらい金属の灰皿が、勢いよくひっくり返り、カランカランと

大きな音を立てて落ちていった。

岡田は、全身から汗が噴出してくるのが分かった。 頭が真っ白に

なり、息が止まりそうでただ恐怖だった。

恵まれたぬるま湯の環境で育った岡田は、いままでの人生でここまで

恐ろしい人と話をしたことがなかった。

轟は、まるで何かの精神異常者のように、数十秒ごとに彼の人格のスイッチを変えていった。大学の教授陣や生徒達の中でもこんな狂気に満ちた人は存在しなかった。その初めての恐怖の中、岡田は諦めずなんとか踏ん張った。

「いえ、戦争のない社会をここに作り上げます。それに武器をつくる

技術はありませんから」 

「じゃあ原始人にでもなるつもりか」

「どちらかといえば、そちらのほうだと思います」

岡田は、言いたいことをなんとか伝えた。

すると轟は、先ほどの興奮状態と比べて穏やかに戻った。相変わらず

考えていることがまったく読めない男だ。

轟はタバコをふかした後、ゆっくりと確認するように喋りかけた。

「すなわち何もないところから、理想の村を誰にも干渉されずに、

犯罪もない・貧富の差もな

い・環境にやさしい場所をあなたが創るんですね」

「はい、その通りです」

沈黙の後、轟はやさしく笑いかけた。

岡田は言いたいこと、がついに伝わったと確信し笑顔で返した。

だが、轟はニコニコ笑いながら、また豹変していった。

「平和だね〜エコだね〜、そして馬鹿だね、あんたどっかの?

ボンボンの息子か」

「いえ、ボンボンの息子ではありません、、、まあ、ある意味お金持

ちの息子ではありますが」

意味不明な質問に驚いて、意味不明な返事をした。

だが、二人とも笑わなかった。轟が冗談で言っているのかさえも分か

らない。轟はまるで馬鹿な息子を説教する親のように岡田をまくし

立てた。

「ボンボンの息子が、ちゃんと冷暖房のないところで生活できるんで

すかぁ? 博士狩ができますか? 生き残る為に動物を殺せますか?

たたってでるかもですね? 動物は」

「そんなにおかしいですか!」

思い切り馬鹿にしてくる轟に、岡田は腹が立った。 

情を込めて泣きそうな顔で訴える岡田のことが、多分面白いのだろう。轟の顔は笑っている。岡田は悲しそうに彼を見つめ返した。

しばらく不思議な沈黙が続いた。

「やっぱりあれかい。大学教授っていうのは勉強しすぎて馬鹿になる

のかね」

「馬鹿だと思いますか」

岡田は、まだ挑発してくる轟に悲しみを感じた。

「はい。思いますよ。馬鹿だね。おお馬鹿だね。あまりの世間知らず

に反吐がでるくらいですよ」

轟はとどめを刺すように岡田の希望を突き放した。

お互い黙って見詰め合う。

轟は「征服した」ように岡田を満足そうに見つめ、岡田は顔を

真っ赤にして轟の視線に耐えた。


岡田が最終刑務所に永住するには、入所時、刑務所の、すなわち轟の

「2つの配慮」がどうしても必要だった。

一つは、自殺者だけに携帯を認められた命の箱の検閲の軽減。

二つめは、自殺する気がない永住希望の岡田達の入所を拒否しない。

この2点だった。

正直な岡田は、隠し通して検閲を突破するよりも、刑務所長に直談判

して趣旨を理解してもらう手段を選んだ。

事実を隠して審査にのぞみ、永住に必要な物を没収されて、その上、

入所させられた場合は、計画が成り立たず致命傷になるのは分かっていた。移住するには、持っていかなければいけない物が山ほどあるのだ。

轟は視線を外さずにタバコをゆっくりと吸うと、煙を岡田に向かって勢いよく吹きかけた。岡田はタバコが嫌いなのだろう。思いっきり咳き込んだ。轟は満足そうに笑った。

この男、左向きでもなさそうだし宗教家でもないと言っている。今のところ正真正銘の馬鹿ということしか考えられない。この男のケツでも蹴り飛ばして追い返してやることもできたが、このボンボンをからかうのは、暇つぶしには丁度よかった。それに岡田の申し出が断れない理由もあった。


昨日、法務省から轟宛に通達があった。そこには何ら理由もなく、

「早計大学の岡田教授の刑務所の入所を許可し協力するように」というものだった。詳細は追って連絡するというふざけた文面だった。

電話でも問い合わせてみたが、内閣からの要請としか言えないの一点張りで何も話してくれなかった。こんなふざけた通達が霞ヶ関から来たのは今までで初めてだった。

刑務所を自分の国のように治める轟としては、上から目線の通達は、かなり不満だったが、従わざるを得なかった

結局、全ての結論は、二人が話す前に既に決定されていた事になる。



充分すぎるほどの沈黙の後、ようやく轟は口を開いた。

「でも馬鹿は嫌いではないです。むしろ好きかもしれませんね。馬鹿馬鹿しすぎておもしろい。 

特にあんたみたいな大馬鹿は大好きですよ」

轟の口調はやさしかった。


岡田は、人生でここまで馬鹿と連発されたことがなかった。何を返事

していいのか分からない感じで呆然としていた。さらに轟は続ける。

「で、何を頼みたいんですか、力になりますよ」

轟の目線までも優しくなった。岡田に大きなチャンスを与えたのだ。

岡田はこの轟の変化を怪しいとは感じなかった。 痛いほど純粋なのだ。


「本気なんです。我々の「命の箱」の検閲を軽くしていただくのと、

自殺者としての刑務所入場を認めていただきたいのですが、どうかよ

ろしくお願いします」

岡田は、轟が激怒すると思い込んでいるようで今にも泣きそうだった。

轟はタバコを灰皿の上でもみ消すと、うんうんと頷いた。

「わかった! あんた達は自殺者としてそのまま見逃すよ。ゴミ箱管

理の退屈しのぎにはもってこいだな」

轟は、不安そうな岡田の隣に来て、馴れ馴れしく肩を組むと。いきな

り肩を引き寄せ耳元で言った。

「役人の口約束は不安かね」

岡田は轟のバーボンの吐息を感じてピクリと反応した。

轟が勤務中に酒を飲むことはいたって普通のことなのだが、純粋な

岡田は驚きを隠せないようだった。

「まあ、、、」と、岡田は言葉を発したがそれ以上何も言えない。

それを察して轟が再度口を開いた。

「悪いが口約束しかできんよ。俺はただの役人だから。ただ「ゴミ箱」

の運営なんて上の奴は何も気にしてないから安心すればいい」

岡田には、轟の真っ直ぐな目線が眩しかった。

「ありがとうございます」

岡田は見えない力で操られるように深々と頭を下げた。

轟はそれを見て満足そうに頷いた。

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