第6話 ロク

刑務所内を歩きながら、犯した罪よりも運の無さを嘆いた。

ツイてない俺、初めて3人が顔を合わせた時、なぜあの2人の「異常さとクズさ」が見抜けなかったのだろう、と繰り返し思った。

とにかく俺は不幸なのだ、

そして今、俺はなぜ他の犯罪者達と会うことができないんだろうか? と言う質問に行き着いた。

そこら中に人間と思われる白骨がゴロゴロと転がっている。

幻覚なのか? ガイコツの中の暗闇の目がシンに微笑みかける。

歩くたびに絶望は増していく。

腹は減ったし、このまま飢え死にかよ。歩いても歩いても誰もいやし

ねえ。何が刑務所だ。ただの地獄じゃあねえか。

シンの気持は死に近づくにつれやけくそになった。

「おい! 誰かいないのか!」シンは叫んだ! 

誰も返事しないのに出来る限り大声で叫んだ。

そして、力尽きてその場に倒れこんだ。

そろそろ俺も死んでしまう、、、と思ったその時だった。


筋肉質で髪が禿かかったサルのような顔をした男が怒鳴りつけた。

「おい! 箱見せてみろ。箱、箱持ってるだろ!」 

よく見るとそのサル顔はボロボロの臭そうな青色のジャージの上下を着ている。誰かに会えた喜びよりも、その横着な男の剣幕に押し切られた。

そのまま沈黙していると、もう1人の色の黒い服の瘠せた方がその青ザルに言った。

「こいつ箱もってない。ケン 残念ながらこいつは犯罪人だ」

「くそっ」

青ジャージのサル面のケンは、火のような真っ赤な顔をして悔しがっ

た。ケンが怒っている間に、シンは黒い痩せた方に話しかけた。

なぜならば彼の方が明らかに脳ミソ偏差値が高かそうに見えたからだ。

「おい、仲間だよな。俺の名前はシ——」

「名前なんかどーでもいい。番号を言え!」黒いのには喋らせずに、

青ザルが出しゃばるが、もう一度黒い服に聞いた。

「あんた達は生き残りか?」

「おまえのほうから言えよ」

黒いほうも突っかかってきた。

「俺の名前はシンで、この前ここにいれられた。とにかく腹が減って

どうしようもないんだ。なんか食わしてくれないか! 頼む!」

シンは「仲間」になる為に正直に気持ちを伝えた。

しかし、それを聞く二人の顔は険しかった。

黒い男は、シンを突き飛ばした。

「口の聞き方に注意しろ! 死にたくなければな。番号を見せろ!」 

「番号?」多分、罪人登録番号のことに違いない、と思った。

罪人登録番号とは、収監時に、麻酔無しで腕に無理やりレーザーで

焼き付けられるものだ。 時間は一瞬だったのが、まだ腕がヒリヒリ

した。そもそも罪人登録番号など、すぐ死ぬ罪人達に必要なのか?

という疑問があったが、誰もそんな疑問に答えてくれるわけでもない

のでおとなしく焼き付けれるしかなかった。

「読んでみろ!」青サルのケンが怒鳴りつけるようにシンに言った。

「9089」シンは腕を見て読み上げた。

とにかく腹がすいていた。ここで逆らう訳にはいかなかった。 

「俺が366だから、だいぶ増えたな。もう9千人以上の罪人が死ん

でるな」

「そうだな サギ」

青ザルが名前を呼び、ここでやっと痩せて黒いのがサギという名前

なのが分かった。二人は汚い顔を突き合わせて、シンにとってはどうでもいい腕の番号のことをだらだら話し始めた。

シンのことはどうでもいいのだろう。 犯罪者の生き残りと思われる青と黒に、気に入られる様に黙っているしかなかった。


ケンとサギの話の途中で、ジュンコと呼ばれる女が現れた。

その女は、背は小さくて華奢なのだが、刑務所にいる犯罪者らしく目つきが異様に険しかった。ケンとサギの挨拶の仕方から、この女がグループ内では、上のランクなんだろうなと思った。 

女は腕組みをして鋭い目でシンを見下した。

「あんた、何でここに入れられたの」

『女も生きているのかここは?』と、聞いてみたかったが質問をすると、またケンとサギがうっとおしく絡んでくるのは分かっていた。 

「女がいたら悪いの?」ジュンコはシンの心を見抜いたようで、ゆっ

くりと微笑みながら言っきた。結局犯罪者達は誰でも疑い深いという

ことなのか? 何かしゃべるたびに何かカランでくる。

そう思うとシンは黙りこんだ。

「女がいたらいけないのか!」

すると、全く関係ないケンが真っ赤な顔で怒鳴り込んだ。 まさに

ヤクザの姉さんを守るチンピラのようだ。 こいつは特に好戦的で

何かにつけて怒鳴りつけないと気がすまないのだ。 

「いや、いいに決まってます。そんなことよりとにかくなんか食わし

てくれませんか」

言葉遣いを丁寧に変えた。シンはどうにかして食べ物を手に入れたか

った。この犯罪人達に捨てられたらシンにはもう死しかない。

「オマエ!自分の立場を理解してないみたいだな。シン」

ケンは低い声で警告しながら、軽く足膝の裏側を蹴った。

シンはその反動でぺシャンと座り込まされた。それを見下ろしながら

サギも続けた。

「お前ここに来る前何やった? 正直に言えよ! もし俺たちの役に

立つと思ったら、お前の命は助けてやる!」

ここは大袈裟に言った方が良いとシンは直感的に思った。

裁判の記録上では、そこそこの凶悪犯であることに間違いはなかった。

「銀行強盗で3人以上殺しました。相棒さえヘマしなければ強盗は

成功だったのに」

実は人殺しを止めようとした方なのだが、この犯罪者達に小物だと判断されるのが恐かった。 生きる為には、どうしてもこのグループの一員にならなければならないのだ。

「あんた一人が殺ったの?」ジュンコは「お前ができるのか」と値踏

みするような目つきで疑わしく聞いた。

「はい、おれが3人殺りました。仲間だった一人が怖気づいてしくじ

りやがって、そしてこのクソ刑務所に入れられました。 俺は飯を食わ

してくれるのなら何でもやりますよ」と、思いつく限り売り込んだ。

「銀行強盗で人殺しか… まあまあの悪人だな」冷静な反応だった。

3人殺した、と言ったのに、ジュンコにとって、それは「まあまあ」のことらしい。

ケンは、本能的にシンを受け入れられないのだろう。もしくは、

3人殺ったと言ったので、闘争心に火をつけられたのかもしれない。今にもシンに殴りかかりそうだった。いつの間にか、手に石を持っている。もし、あれで殴られたら即死してしまうのだ。周りをグルグル回り始めて、危うい状況なのは分かっていた。


「ロクさん!」

そこに長身で顔に大きな傷を持ったロクと呼ばれる男が現れた。

ケンとサギとは違い貫禄がある山のようにデカイ男、一目でこのロク

という男が、このグループのリーダーだと分かった。今まで散々調子にのっていたケンやサギの硬直した振舞いのせいだ。

それに比べて、ロクが来ても態度が変らないジュンコは、ロクの女

と言うことなのだろう。

「3人位殺したんだって」とジュンコはダルそうにロクに報告し、

ケンも続いた。

「ロクさん。どうしましょうか? 仲間にいれますか? それとも

崖から落としますか? ロクさん! 決めてくださいよ」

「崖から落とす」のところをケンわざと強調して言った。

ケンは許可さえ出れば、迷いなくシンを殺すのだろう。

先程、かってにシンを石で殴り殺しにしなかったのは、このロクの命令がなかったからとも思えた。

ロクは少しも表情を変えずに、まっすぐシンを見た。

「俺はなんでもやります。だから食べ物をくれませんか? もう動け

ないんです」とひざまずいた。

シンはロクに必死で懇願した。足元に向かって擦り寄ろうとすると、

ケンが空き缶の様に彼を蹴り飛ばした。ロクに慣れ慣れしく近寄ったのが気に触ったのだ。

「使えますかね、こいつ?」

うずくまって痛がっているシンを気にせず、サギはどっちでも

いい感じで、ロクに生か死の決断を促した。

ロクはいかにもボスらしくゆっくりと口を開いた。

「俺の為に死ぬか? そこの崖で死ぬか? どっちがいい? どっ

ちにしろお前には死しかないけどな」

サギ、ジュンコは鋭い視線でシンを見つめている。

「俺は落とす準備はできてるぜ」

ケンは近寄って再度威嚇した。

ここでの殺人という行為は、たいしたことではない。ロクに気に入られなければケンに殺される。見逃されても飢え死にしかない。

「頼みます!忠誠を誓います」

シンは今までやったこともない土下座を、地面にしがみつくように行った。全ては生きる為だった。

「じゃあケン! 相手してやれ、弱かったら困るしな」

ロクは気味悪い冷酷な笑みを浮かべた。

絶望的だった。自分に体力が残っているとは思えなかった。相手は

見るからに強い武闘派のケン、勝つのは非常に難しそうだが、そのまま殴り殺される訳にはいかなかった。ケンはうれしそうに笑いながらシンという弱った獲物が立ち上がるのを待っている。

シンはここで覚悟を決めた。どうせ殺されるのなら全力で戦うしかないのだ。

「ケン。手加減すんなよ」ロクはケンに声をかけた。

「任してくださいよ」と、いうや否や、ケンは土下座から立ち上がっ

たシンを狙って思い切り蹴り上げに行った。

戦いはいきなり始まった。卑怯者という定義など、ここには存在しな

い。残っている力を振り絞って、なんとかギリギリでかわすと、ケン

を睨みつけた。

「この世界」は強い者しか生き残れない。そう思った瞬間もケンのパンチがこめかみをかすめていく。

シンは無我夢中で攻撃をかわした。なかなか攻撃できないシンに対し

て、ケンは薄笑いを浮かべながら物凄い大振りでブンブン殴りにくる。

ケンのパンチが顔をかすめて当たりよろめいた。

そのままぶっ倒れたかったが、諦めは死を意味していた。

1発でもまともに食らえば立てなくなるとおもった時、大胆に頭に蹴りを見舞おうとしたケンの足が少しふらついた。

足場が悪いところでのハイキック! ケンは明らかに調子に乗っており油断していた。

そのふらつきを見落とさずに、自分に残っている渾身の力で、ケン

の顔に拳をあてた。

会心の一撃だった。

ケンは後ろに吹き飛びしりもちをついた。周りが唖然とするのが分かった。 

プライドが許さないのだろう、ケンは怒りでわけの分からない言葉を発しながら、再度飛び掛った。もう、シンにはよける力がなかった。  

その時、大きな腕が目の前に入り、空中のケンを跳ね飛ばした。

「止めろ」

ロクだった。

そして、ケンが喚きながら再度掴みかかろうとするのを、片手で後ろにはねのけた。

ロクは2メートル近い大男で、その強さは圧倒的だった。

「落ち着け! ケン!」

再度ロクに言われてようやくケンは冷静になり攻撃態勢を止めた。

シンは助かった。ロクが止めてなければ間違いなくケンにやられて

いただろう。シンは肩で息をしながらロクの前にひざまづいた。

ジュンコはロクの気持を確かめるように、ピタリとロクに寄り添うと「なかなか根性あんのね、コイツ」と見上げたが、ロクはそれには返事もせずサギに命令した。

「おい。こいつに自殺者からぶんどった菓子でもくわしてやれ」

サギは返事をすると、しかめ面で面倒くさそうに食べ物を取りに行っ

た。

「ありがとうございます」

フラフラのシンは、ロクに深々と礼をして救ってくれたことに感謝し

た。ロクはシンの命の恩人になった。

地面から見上げると、ロクの左目の上から鼻を貫いている黒い深い

傷が、この男を一層恐ろしく見せた。

ロクはシンを見下ろすと、その酷い顔をピクリとも変えずに言った。

「お前は何も知らないから教えてやろう。この無法地帯は俺達ともう

一つのグループで支配されている。一つは殺人を喜んでしてここに

入った俺たちのような「正統派」な犯罪者グループだ。そしてもう一

つは、仕方なく罪を犯しただの、ふざけたことをぬかしている

「腰抜け」な犯罪者グループだ。幸運にもお前は、俺たちの縄張りで

発見され俺に忠誠を誓った。お前は命を懸けて俺の為に働け」

シンの頬からとどめなく感謝の涙がこぼれた。

「ちゃんと働けよ。ほら」

サギが目の前に泥にまみれたポテトチップスの袋を投げた。

シンは物凄い速さで袋をあけると、中身を鷲?みにして食べ始めた。

飢えた犬のようだった。貪っている横でサギが続けた。

「俺達は今、自殺者の箱を食って生き延びている。とにかく生き延び

るためには多くの「箱」が必要だ。分かったか」

シンは何度も肯きながら、5日ぶりの食べ物を胃袋にかきこんだ。


 以上が、シンがこの刑務所に入所してきた経緯だ。シンは東側に

偶然足を踏み入れてロク達のグループに入った。

西にはもう一つのグループがあるのだが、詳細はまた述べることに

なるだろう。

もう、取り返しはつかない話だが、シンが西の方に歩を進めていたら、

私の話もだいぶん違った話になったのかも知れない。

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