第5話 シン


多少話は前後するが、今度はシンの事を紹介させて欲しい。

彼はこの話ではとても重要な男だ。


刑務所内の荒地を一人の汚れた男シンが歩いている。

見た目は、今時の20代の若者で黒のダウンジャケットにジーンズに白だったであろうスニーカーをはいている。

多分何度も転んだのだろう。この若者は全体がひどく汚れている。

シンの顔は、刑務所にふさわしいとは言えない。

大きく特徴的な澄んだ目を持っている。

もし、大学のキャンパスにでもいれば、さわやかで人気が出そうなタイプの顔なのだ。ただ、それは顔や身体がドロドロに汚れていなければの話である。

シンが刑務所に投獄されて、もう5日が経つが、まだこの中で誰と

も会えていない。

3月終わりなのにまだ寒く足場も悪い、靴がのめりこむ湿地、背の

高い草草と汚い藪が気味悪く、遠くには刑務所にする為に壊された家々の残骸がそのまま残っていた。 それは数十年前に起こった地震の後の様で大きな自然災害跡地を歩いているようだった。

飛んでくる得体の知れない緑や茶色の小さな虫達が、鼻や口から侵入をこころみてくる。甚だうっとおしいのだが、払いのける余力がない。 名前も知らない害虫達は、死にそうな人間を判別できるのだろう。

ここぞとばかりに群がりシンの体力を奪っていく。

気が遠くなりそうだが、「死にたくない」という気持だけで歩く。

心の中は混乱し、現在なぜここにいるのかを考え続けた。

裁判中に、弁護士や取調べの刑事からこの刑務所のおおまかな情報を聞いた。

・犯罪者は、一人ずつ別々の入所日に違う刑務所に入れられること

・全国の選ばれた過疎地の村がそのまま刑務所になっていること

・高圧線が張り巡らされ、脱走は絶対に不可能なこと

・刑務所に入ればやがて飢えて死ぬこと。

その他、細かいことをいろいろと言っていたのだが「刑務所に入ればやがて飢えて死ぬ」と言う言葉が、特に脳裏に残り、しつこく頭の中を駆け巡っていた。

シンはやがて死ぬのだ。今から飢えて干からびて,惨めな姿で最後を迎える予定なのだ。まさに絶望的だった。

シンも、この刑務所に入り、そして死んでいくことを充分覚悟しているつもりだった。しかし、心の奥底では、必死で生きる「可能性」を探していた。そう思うこと自体が、滑稽なことだとも思ったが、シンがその可能性を信じているのには理由があった。


シンは罪を犯した。

当然裁判があり裁判には弁護士がついた。

新人の国選弁護士は、裁判の最初から最後まで頼りなく、全くもって役に立たなかった。その青白い顔の眼鏡の弁護士は、判決後、落ち込んだシンを慰めた。

「あの〜、最終刑務所に行った犯罪人は飢えて死にます。ただ若干名生き残っているという噂があります。ただそれはあくまで噂でしかありませんが、、、」

彼らしい、か細いひと言だったが、その部分だけが妙に心に響いた。

もし生き残りがいるのなら死ななくても良い。

そいつらと一緒に生き延びれば良い、そう思うと、極限の状態なのにまだ歩いてしまうのだ。                

シン(犯罪者、堀内シンジ)は強盗殺人の刑で刑務所に入れられた。最高刑務所は懲役10年からの重犯罪から入所しなければならないが、彼はアウトだった。ただ、微妙な裁判の為に、二度とでられない最終刑務所にいれられてしまったのだ。

シン達3人組は、銀行強盗をして行員4人を殺害した。

ただ、シンは実際行員を殺害したわけではなく、彼は殺人を止めた。にもかかわらず、懲役14年の刑を言い渡された。

懲役14年なので、最終刑務所に入れられて当たり前とも言えるのだが、シンには、まったく納得できるものではなかった。

「俺は、発砲している仲間の足を撃って発砲を止めさせた。俺は人を殺していない」と、裁判でのシンの主張は終始一貫していた。


シンは大学に入るまでは平凡で真面目な青年だった。

しかし、希望の「一流大学」には入れなかったことがシンの人生を狂わせた。すべりと止めの、誰でも入れる普通の大学での授業は退屈だった。若気の至りというか? 変なプライドが許さなかったのだろう。  

わずか1週間で不登校に陥った。

親の仕送りでの初めてのアパートでの一人暮らしだった。 もちろん誰も注意するものもいなかったので都会で自由な生活を満喫した。

受験勉強から開放され、酒を覚え、一日中家でゲームに明け暮れた。

 半年くらい過ぎて大学から親に通知が行ったのだろう。母親から電話やメールが一日何回も来た。もちろん誰とも話したくないので無視し続けた。留守電やメールには母からのメッセージで溢れた。母が泣きじゃくりながら喋っているのには心が痛んだ。ゲームの音を最大にして母の声を遮った。

 その半面「仕事が忙しい」を連発してきた父は一度もメッセージを残すことはなかった。 母が父に責められている事は容易に想像できた。

「おまえがこんな馬鹿な息子を作ったんだ!」とか言われている場面を勝手に思い浮かべた。受験の失敗が、シンと家族との全ての蓄積された問題を表面化していった。私立大学の付属幼稚園から、小学校、中学校、そして高校へ。高校と中学は私立の付属校ということでレベルが高く、そこでシンはと落ちこぼれる事もなく高偏差値の学歴を獲得した。そのままその系列の私立大学まで、いわゆるエスカレーター式で上がれたのだが、その大学は偏差値的に普通くらいの大学だったので、ほとんどの付属高校の生徒達は他の有名大学の受験をした。

シンもその中の一人で、猛勉強してその有名大学への入学を目標としてきた。

ただ、高校に入った頃から異変が起こった。

それまで学年でトップだったシンだったが、急に成績が落ち始めた。きっかけとなる理由があった。シンが高校1年生になると、受験で勝ち残った優秀な他校の生徒達が入学してきた。その賢い生徒達は学年の3分の1にも及んだ。シンは、その後の中間・期末テストで、どんなに勉強しても学年で10番程度しかテストでとれなくなった。 

それ以来シンははげしく挫折していった。そして両親の落胆も凄まじかった。幼稚園からのお受験対策、学校終わってからの塾の送り迎え、母親は朝から晩までシンに付きっきりでサポートし、父親はそれにかかるお金を捻出する為に、残業で深夜まで働き資金的に援助した。   

シンは、どうにか成績を挽回しようと、受験まで必死で勉強し続けたが、以前のような自信を得るには及ばなかった。

結果的に、学校で10番内までは戻したが、それ以上は点数が上がらなかった。自信の喪失と両親からのプレッシャーは、シンを更に追い詰めていく。テストを受けるだけで身体が発熱して震えるようになった。テストで答えを記入するだけで間違えてないか心配になり心臓の鼓動が早くなった。

シンは自身がおかしくなりかけていることに気づいていた。

しかし、そのようなことを親に相談することは出来なかった。

その状況の中で志望大学の入試テストの日を迎えた。試験会場までの記憶は無く、ほとんど何も書けなかった。

そして、同じような事を繰り返し、一流大学に落ちつづけた。

そしてシンはごく普通の偏差値の東京の私立大学に入学した。

エスカレーターの付属の大学とあんまり変わらないレベルの大学であったが、シンは、周りの目線から逃げるように東京に移った。


 アパートで一人暮らし、引きこもってインターネットや、ゲームだけをしていると、人との関わりなんてどうでもよくなってきた。

そもそも受験勉強しかしてなかったので、友人は一人もいなかった。まだ最初の頃は仕送りもあった。酒を飲み始めたが、何か物足りない感じだったので、酒からやばい薬に変えてみた。覚醒剤っぽいモノは闇サイトで簡単に購入できた。お得意様になると、わざわざ家の近くまで配達してくれた。起きたい時間に起きて、薬に癒されて一日を過ごしていた。

親に、学校にも行っていないことがバレると、両親からも勘当され、家からの仕送りが止まり手元にあるお金をほぼ全部使い切った頃、シンは後戻りできない大きな過ちを犯した。

クスリがきまって気持がいい時に、以前好奇心でインターネットで見たことがある共犯者募集の裏サイトを見た。そこには強盗募集の投稿があった。お金も無いので軽い気持ちで、その投稿に返信をした。「強盗いいね! 俺にもできるかな? シン」文面はあえて短く書いてみた。

すぐに、オオシマと名乗る男からメールで返信が来た。何回かメールでやり取りすると、オオシマから仲間が揃ったので喫茶店で会おうということになった。

取り分は強盗した金額を均等に人数で分ける予定、オオシマの返信内容は自信に満ち溢れていた。犯罪に慣れてる感じだった。この人と組めば簡単に強盗が出来そうな気がした。

約束の時間よりも早くアパートを出た。 

指定された路地裏のうす汚い喫茶店に行くと、オオシマは40代半ばくらいのやや太った男でスーツを着ていた。スーツ自体は汚くなかったが、男の体臭がゴミのようで臭かった。声が外に漏れないようにグッと近づいて話しかけてきたので必然的に一層匂いが臭くなった。

吐き気がしたけど我慢した。ネットの中の文面では犯罪のプロのようなイメージを植え付けてきたオオシマは、実際会うと少し頼りなかった。このくたびれた男、オオシマと、もう一人ネットで知り合ったというタナカと言う男を待った。

30分以上遅れてタナカが来た。

年は30代前半くらいだと思える。目が釣りあがり明らかに何か反社会的なことをやっている人相の男だった。タナカは遅れたことを詫びもせずイスに偉そうに座ると、「お前若いな!」と見下すようにシンに話しかけてきた。何か言い返したかったが、すぐに殴りかかってきそうな好戦的な顔をしているので、そのままスルーした。

タナカという男、本当にすごいのか? それともはったりなのか分からないが、座るとすぐに饒舌に自慢話を二〇分ほど行った。

強盗はもう慣れていて、今まで失敗したことが無いこと。今まで1億は荒稼ぎしているとか、警察に見つかってはいない殺人を何度もしたことがあるとか、愛人がどうとか、その愛人とのアブノーマルなセックスの内容とかを大声で話した。

シンは「実は俺、童貞なんだ」とは冗談でも言えないと思った。

ずうずうしいタナカは、立案者であり、かつリーダーでもあるオオシマも圧倒した。

「で。どこをやるんだ」と、タナカはオオシマのはるか上の方から見下す様に聞いてきた。

「郊外のコンビニを狙っている」オオシマは4つに折りたたんだ地図を少し不安そうに拡げながら言った。

「コンビニかよ!」タナカは呆れて頭をかかえた。

オオシマは恥ずかしそうに下を向いた。

その瞬間、暗黙の了解でリーダーが交代した。オオシマのネット上だけの自信はタナカのハッタリに一瞬で敗北したのだ。何も言い返せないオオシマは、間違いなくシンと同じ素人だと思った。

「分かった。タナカさんの言う通りにしよう。何かいい場所は?」

オオシマはいつの間にか、このハッタリが上手いだけの男を、タナカ「さん」と「さん」つけで呼んでしまっている。

既に「勝負あり」だった。タナカは、それからオオシマを「オオシマ君」で呼び始め、シンのことを「オマエ」と呼び始めた。タナカの中のランクでは若造のシンは最下位ということになる。

「ガキやないんやから、やっぱ銀行やろ!」タナカは釣りあがった柄の悪い目で威嚇するようにオオシマとシンの意見を封じ込めた。

一瞬、オオシマはなんか反論するような顔だったがすぐに諦め「そうですな、銀行でしょ」とすぐに同意した。シンは何も答えなかった。  

どうせ年下の若造の意見は期待されていない。タナカは、満足そうに頷いた。銀行強盗をすることに決定のようだ。

銀行はハードルが高いのでは? シン的には不満が残ったが、

「乗りかかった船」の状態で、逃げ出せば間違いなく、自称プロの殺人者のタナカに何をされるか分からない。それに、正直どうでもよかった。とにかくお金がないとクスリが買えないのだ。

 喫茶店内での簡単な打ち合わせの後、田舎の方の小さなある銀行の支店を見回り、その近くに車を止めた。

プロのタナカいわく、「銀行は系列を避け、あまり大きくないほうがいい」らしい。

 単なる下見で終ると思いきや、タナカが今日、今すぐに決行するといいだした。まだ3人が会って2時間程度しかたっていない。

「話は俺がやるから、とにかく俺の指示通りに動け!」

タナカは、犯罪素人達に段取りをおそろしく簡単に済ますと、準備していた銃を、得意そうに一丁ずつ手渡してきた。

後から思えばあまりにも簡単な計画だった。たぶんタナカもクスリかなんかやっていたのだろう。そう考えないと辻褄があわない。

時間はあっという間に過ぎ、タナカリーダーが勝手に指定した銀行

の前に14時にいた。

やがて銀行の店内がすいてきた。

オオシマが用意したマスクを被って車の外にでた。タナカがツカツカと銀行に入っていく、それを下っ端のシンとオオシマの2人が慌てて追いかけた。

「ぶっ殺すぞぉー 金だせや! コラあ!」

入るやいなや、タナカは巻き舌で大声を上げて銀行員を怖気づかせた。持たされた銃がとても重い。シンにはこの銃が本物なのか? モデルガンなのか? 弾が装填されているのかも分からなかった。

銃を銀行員に向けると、銀行員の泣きそうな顔が(脳に焼きつくように)目に入ってきた。

 タナカから銃は絶対に撃つなと言われていた。引き金には手をかけていたが、もちろんシンには撃つ気などなかった。一方、元リーダーのオオシマは、彼の元々の犯罪計画が、刃物でのコンビニ強盗だったので、大量の汗をかき銃を持つことにビビっているように見えた。

タナカは、女子行員を一人だけ指名して金を集めさせた。残りの行員達と3人の客は、フロアーの端っこに乱暴に集められた。

シンとオオシマは言われた通り、二人で銃をちらつかせて威嚇した。やがて女子行員が真っ青な顔をして震えながら戻ってきた。手に一千万円の束を3つ抱えている。

「三千万なんかで足りるかよ! 死にたいんか」

タナカは女性の足元を撃った。弾は当たらなかったがものすごい音がした。弾は反射したのか? 大理石パネルの床に突き刺さったのか?はわからない。初めて発砲するのを間近で見たシンは、行員達のように悲鳴をだして驚きたかったが、ここはじっと我慢した。 

「私しか大きな金庫があけれないんです」明らかに責任者らしい年取ったハゲ散らかした男が、震える声で申し出てきた。そして、「金庫は奥にあります」男はオドオドしながらタナカを見た。

「おれを連れて行け」

タナカは銃をその男に向けた。

二人は銀行の奥の金庫に向かった。必然的に、シンとオオシマが残っている行員達を見張った。

リーダー不在で、シンは少し不安になった。

オオシマを見ると、今度はなんと小刻みに震えている。  

集めた行員は20人ほど、ガタイのいいのも2〜3人いる。目をかすかに動かして周りを見回している奴がいる。そいつはまるで誰かと目で合図しているようにも見えた。

とにかくオオシマの震えがとまらない。 過呼吸になっているのかハアハアと息を吐いている。そして、ついに、うずくまって顔を下におろし始めた。周りがかすかにどよめいた。

「動いたら撃つぞ!」大きな声でシンは叫ぶしかなかった。

オオシマのおかげで、人質達に勢いがついたようだ。

そして、タナカはまだ帰って来ない。銀行員は既にシンとオオシマが素人だと見抜いたようにさえ思えた。

案の定「今、自首しませんか? 今なら重罪にならないですよ」

まだ20代の同じ年くらいの若い女の客が、お願いするようにシンに言った。

「うるさい!馬鹿やろう」シンは思い切り女を怒鳴りつけた。女はビクッと反応し後ろにのけぞった。

すまないな、と心で思った瞬間だった。男達3〜4人が銃を横取りしに飛び掛ってきた。シンは後ろにさがりながら、なんとか間一髪のところでギリギリかわすと、銃口を男達に向けなおそうとした。

乾いた銃声がした。一番シンの近くまで来た男が、うめきながら前に倒れていく。シンは自分が引き金を引いたと思ったが、倒れた行員の背中から血がものすごい速さでビュービューと湧き出ている。

過呼吸で頭を抑えてしゃがみこんでいたはずのオオシマが、ニヤニヤ笑いながら立っていた。

彼の銃口からうっすらと煙が上がっていた。

撃ったのはオオシマだった。

オオシマはニタニタ笑いながら、飛びかかった行員達に近づいていく。3人の行員達は先程の勢いを完全にそがれ、その場にしゃがみこんだ。

「もういいよ! 撃たなくても!」

シンは、オオシマに聞こえるようにつぶやいた。

床にドクドクと流れ出る血、青ざめる人質達、ここでシンとオオシマはプロの強盗になった。人を拳銃で撃った奴らを、もう誰も素人と勘違いする奴はいないだろう。シンは、もうこれ以上、人を傷つける必要が無いと思った。

 オオシマはヨダレを垂らしながら、何かを小声でつぶやいている。人を撃つて興奮しているのだろうか。 股間が膨んでいる。 ある意味、タナカよりもこいつの方が何倍もやばい奴だった。

「うううう、ああああああああああああああああああああああーーー」

オオシマは突然うなりだして、銃をさらに何発も連射した。

座っている行員達を無差別に撃っていきはじめた。ちゃんと狙ってもいないので、目の下とかとんでもない所に銃弾が埋まりこみ、血の匂いが広がった。

もう見ていられなかった。シンは黙ってオオシマの足を狙って一発だけ銃を発射した。

はじめて撃つ銃が、人に向けられているのが信じられなかった。もうこれ以上無差別に人が殺されるのを見てられなかった。オオシマ、太ももを押さえて倒れこんだ。至近距離からの発射だったので狙い通り命中したのだろう。犠牲者の行員達の血とは違って、倒れたオオシマの太ももから流れ落ちる血に混乱しながら、立場を超えて正義の喜びを覚えた。

裏の方から複数の足音が聞こえた。

タナカが戻ってきたのだろう。奴はこの状態をどう思うだろうか?

 

「動くな!武器を捨てろ!」

そいつらはタナカではなかった。そこに警官が二人立っていた。ひときわでかい若い奴と、一般的なベテラン警官顔の40代。シンは銃を床に置いて大きく手をあげたままひざまずいた。シンは、もうこれ以上誰かを撃つ気はなかった。

オオシマはまだ片手に銃をもち、頭をすりつけるようにしてうずくまっている。

「銃を捨てろ! 撃つぞ」若い方の警官が大きい声で呼びかける。

オオシマの頭は床とキスをするようにうつ伏せたまま。肩が小刻みに揺れている。クスクスと笑っているようだ。

「ふざけるな! 笑ってんのか! おまえ」若い方が言うや否や、

年上の警官の方が黙ってオオシマの背中に銃を発砲していった。

1発、2発、3発、4発とじっくりと確認しながら、動かなくなるまで銃弾を打ち込んだ。恐ろしいことに、ベテラン警官顔の男は一切表情を変えない、まるでサイボーグのようだった。

最近は、凶悪犯への発砲には世論が優しかった。シンは両手を上にあげてそれを見続けていた。若い警官がいつの間にかシンの隣にいて、ニヤリと笑いかけるや否や、思い切りシンを蹴り上げた。

そして、苦しくて呻いている間に腕に手錠をかけた。

もしシンが、目をあけて抵抗すれば、何発も銃弾でやられそうだった

ので、目をつぶったままじっと動かないようにした。 

「危険な奴だからな。暴力はやむを得ないな」

年上の警官の声が聞こえ、やがて多数の警察官が入ってきた。

血塗られたフロアーに転がる死体は、銀行員4人とオオシマの計5人。おびえ、震え、すすり泣く人質達は警官達によって外に連れ出された。タナカは結局帰ってこなかった。

後で弁護士に聞いたところによると、裏の金庫でお金を強奪した後、裏口から逃げだしたところを警官達に射殺されたそうだ。

結局、タナカだけが、お金を持ってトンズラする予定だったようだ。

彼にとっては、シンとオオシマの素人二人は、最初から囮として使いたかったのだろう。

タナカが撃たれる音は、オオシマの銃の乱射のお陰で、シンには届かなかったようだ。

オオシマの乱射の前に、早々に捕まってさえいれば、最終刑務所まで行くことは無かったと思うと無念だった。 

まさか、銀行強盗の最中に、仲間が笑いながら狂ったように銃を乱射するなんて? 予想することも出来なかった。そして、本名も知らぬ間抜けな仲間、オオシマ(仮)とタナカ(仮)は、かけつけた警察に拳銃で立ち向かい射殺された。

 

裁判供述でのシンの主張はまったく取り上げられることはなかった。弁護側は、シンは人質に向けての発砲をしなかったことと、オオシマの乱射をシンが足を撃って止めたこと、この2点を強く主張した。

それに対しての検察の主張は、シンは人質に向け発砲し、それが、

たまたまオオシマに命中した。 決してシンが人質を守る為に発砲したものではない。人質に向けての発砲は、オオシマとシンが共に発砲したもので、シンの銃弾は人質には確かに当たっていないが、シンの殺意は充分認められるということだった。

こういう展開になってくると、人質だった行員達の証言内容が重要になった。しかし、残念ながら行員の誰一人、シンの方が正しいと証言する者はいなかった。職場の仲間が4人も殺されたのだ。彼等の犯罪者達への怒りは、真実さえも簡単に変えてしまったのだ。

シンは見放された。

世間から見れば、犯罪パートナー探しのネットサイトで。安易に知り合った犯罪者達が、安易に無抵抗の人質の塊に銃弾を打ち込んだ。

そして、その狂った集団の一人であるシンという男が、減刑の為に嘘をついている。クズな、そして単なる犯罪者の卑怯な言い訳!  

 陪審員である市民裁判員達からの同情もいっさい引き出せず、懲役14年で最終刑務所入りが決定した。

懲役14年と決められた時点で死刑を宣告されたのと全く変わりなく、上告もあっさりと脚下されて刑が確定した。

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