第2話 石川と轟

轟が優しい言葉を投げかけた瞬間、当然のごとく石川の顔が嫌悪感で引きつった。石川は部下なので何も口出し出来ないという状況が、彼にとって非常に心地よかった。

思いおこせば、昨年の春、人事異動で霞ヶ関本省から優秀な人材が転属してくると聞いて、いささか警戒していたのだが、実際は思ったよりも従順のようにもみえた。法務省から左遷されたエリートの美しい女を、自身の権力で押さえ込みコントロールする。 

「いえ、これは所長だけの特権ですから!」と間を置いて、模範解答で返す石川をいやらしく笑う。彼女は怒りを隠しているが少し顔が赤くなっている。やれやれ、この綺麗なお姉ちゃんを本当に洗脳させるにはもう少し時間がかかりそうだ。と、うれしいため息を吐く。

最近、有料のプロの女ばっかり抱いてる轟には、自分にふさわしくない上品で気の強そうな女との会話が楽しかった。しゃべりながら、この女をどう抱こうかといつも連想していた。四十代になった今も性欲はまだまだ異常なほど旺盛だった。ただ石川を見ていると、性欲を満たしたいだけでなく、また違ったアイディアを持つのだ。この女の精神までコントロールして自分の物にしたいのた。 そのような「楽しい」ことを考えながら、はるか遠くに見える囚人に再び狙いを定めた。

「石川君遠慮しなくてもいいのに、ゴミ箱から犯罪人が1人減るだけ

だからね。ここにいる奴らは人間ではない、罪人だよ。それがこのご

ろ調子に乗ってきて、人口が少しづつ増えてきている。減らさんとな」

言うや否や、ライフルを乱射する。小気味良い音の後、薬莢が監視塔

の床に散らばった。その銃声に反応して「ゴミ達」がパッと遠くで散らばった。

「あたらんな。はぁ〜 最近増えてきたな〜。ゴミ共が〜」

石川に無理やり同情させる為に、わざとらしく嘆いてみせた。

人間ハンティングを恐れて、最近なかなか監視台近くにでてこない囚人達のおかげで「獲物」が少ない。

一方で、石川はあたかも同情しているような表情で、「刑務所への入所者が増えてきていますからね」と返した。

彼女はわずかこの一年間でこの刑務所での生き方を学んだと思える、彼女自身を抑え込んだ完璧な対応だった。

轟は機嫌よく会話を続けた。

「そうだな、馬鹿げた法案が通って、自殺者までがここに来るからな。

自殺箱でゴミ共が生き延びる。それに逃げない獲物なんか撃ちたくも

ないね」

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