魔王襲来

 我が国は蹂躙されていた。


 私が住んでいる王国は精強なる軍隊を有し、周囲の国々からも一目置かれている筈であったが、魔王の率いる強大な軍はあっけなく国境の砦を落とすと、瞬く間に諸都市を支配下に納め、残すは王都を含めた限られた領域のみとなっていた。

 同時期に周辺国も足止めされているために援軍をわが国へ派遣することが叶わず、一部の貴族は親類縁者を頼り、また一部は幼い王族を守りつつ他国へ逃れ、それ以外の者がわずかな勝機を願って耐えている。

 まあ、似たような状況は以前にもあったらしい。建国から50年あまり経った頃、魔軍の侵略により滅亡の危機に瀕したこの国は突如現れた人物の活躍により救われたという。その人物は建国王の忘れ形見とも異世界から来た者とも云われその後の動向も不明であり、歴史書の数だけ説があるとも言われていた。ましてやそこから200年近く経った今となってはもはや伝説の域を過ぎない事柄である。

 しがない国立総合図書館第二級職員である私に出来ることなどほぼほぼ無い。他の職員は軍に参加したりこの都市から逃れたりしていたし、『職員なら図書館と運命を共にする覚悟を持て』と日頃のたまっていた上司に至っては『お前が最後の砦だ』と図書館の鍵を私に押し付けて行方をくらませていた。今やここに残る職員は私1人。だが、試しにやってみたいことは一つあった。


 “王国に未曾有の危機が訪れし時、別なる地より来たりし者、その力以て危機を払い除けん”


 という語りから始まるその伝説にダメ元で縋ってみてもよいじゃないか?

 そんな考えに至った一因として、一説に過ぎないのだが国を救った者が召喚によって現れたとされる伝承があった。あと召喚に使用したといわれる場所が実在する。と云うか私の職場の図書館内にある。『願いの間』と呼ばれているその部屋は現在では物置として使われている。

 以前、備品整理という名目でその物置の掃除と片付けを上司に押し付けられた私は、古びた絨毯だか布だかが敷かれた床に魔法陣っぽい紋様が描かれていることを知っていた。起動方法の書かれた紙片も見つけていたりもする。

 何でも魔方陣の動力源である十二の魔石を起動させれば何か起こるらしい。陣の外周には空っぽの魔石が埋め込まれている。私はその日からこそこそこつこつと魔石に魔力を流していき、現在では十一の魔石に籠め終わっていた。

 何故、そんなことをしたかと言えば、決して暇つぶしなどではなく、『何か召喚して上司を……』とダークなことを考えた…訳でもなく、単なる知的好奇心というやつである、たぶん。


 それはさておき、邪魔な物や絨毯を片付けて魔方陣全体が見えるようにした私は意を決し、最後の一つに手を触れてそこへ魔力を流しこんだ。

「!?」

 全部ではないが相当量の魔力を持っていかれた、と同時にその魔石の上に起動式が浮かぶ。続いて他の魔石も明滅を始め溢れんばかりの光が発せられる。

 伝説は真実だったのか! と自分の行いに困惑と感動を覚えつつ魔方陣の中心を見た。成功ならば何か召喚されたものが現れる筈である。光がゆっくりと収まっていき、そこには……。


 何もない──。


 苦労して魔力を消費し、あれだけ派手な演出があったのに結果何も起こらなかった。

 『人生? 私の人生を表しているの?』

 落胆と納得の感情にどっぷり浸かりながら私は決意した。

『逃げよう』

 取り敢えず、荷物はとっくにまとめてあったので……べ、別に最初から逃げ出して戦火の及ばないような隠れ家に行こうなんて思っていないんだからね! 取り立てて戦略的にも価値があまり無い辺境の、小さめな街近くの人目のつかない森にある小さな小屋じみた家で引き籠る、なんて将来設計なんかする訳ないじゃないですか!

 まあ、そんな訳で明日の朝早くにこっそりと出発することに決め、夕飯を食べに出掛けた。


「ここともお別れか…」

 お腹の膨れた私は感慨に耽りつつ職場に戻り、思い出のある場所を回った。破壊されてしまう可能性もあるから、何となく見て回りたくなったのだ。アンニュイな気分? センチメンタルジャーニー?

 そうこうしているうちにたどり着いた『願いの間』の前に立った私は何か違和感を感じた。

「……?」

 何かが中にいるような気配を感じたのである。仮に他の職員が戻ってきたとしてもこの部屋に用がある者がいると思えない。火事場泥棒的な線も考えたがそこまでしてでも持っていく価値のあるものがあるとは思えない。その手の人は普通に商店なり人家に行くだろう。まあ、なんだ『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言うではないか。───幽霊?

 いやいやいやいや、何でそのフレーズを思い浮かべたんだ私は! きっと気のせい、気のせいだから! 決して幽霊が怖いとかそういうんじゃないからな!

 念の為、ロッカーから護身用のバールと魔除けの聖石を抱え込むように持ち出した私は【願いの間】に向かい、そおっと中を伺った瞬間言葉を失った。


───そこには私にとって【運命】と呼ばれるものが待っていたのである。

 

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魔王召喚 べるがりおん @polgara

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