そして始まる、私たちの物語! 4話


 馬車の中は静かになった。ただ、私の鼓動の音が大きく聞こえて、レオンハルトさまにも伝わるんじゃないかって、彼が近くにいるといつも思ってしまう。


「――エリカ嬢」

「は、はい」

「窓を開けてもよろしいですか?」


 窓? と思ってこくりとうなずく。レオンハルトさまが窓を開けると、鳥が入って来た。鳥の足に括りつけられた紙を取ると、窓から出て行く。驚いて目を丸くしていると、レオンハルトさまは紙を広げて読みだした。


「アデーレ嬢、今度は牢屋に入れられたようです」

「えっ」


 もう? とレオンハルトさまを見つめる。アデーレとのことはついさっきだったじゃない? って思って……。私の驚きがレオンハルトさまに伝わったのか、彼は窓を閉めてから肩をすくめた。


「城の騎士たちが都合よくいたなぁ、と思ったでしょう?」

「……それは、……ええ、思いました」


 私たちが会話を終えた途端に来たもの。誰かが城にしらせてくれたのかなって考えていたのだけど、どうやら違うみたい?


「実は、あのルートを通ることは、陛下たちに知らせていたのです。陛下たちは念のために騎士たちを配置してくださったようですね。愛されていますね、エリカ嬢」


 にこりと微笑むレオンハルトさまに、私の鼓動が跳ねる。――陛下たちが、この道を通ることを知っていた……?


「ルートを選んでいただいたのは、『アデーレ・ボルク』が来る可能性を少し高めたかったのです」

「……それはなぜなのか、聞く権利が私にはありますわよね?」

「ええ、もちろん。――実は、陛下に頼まれていたのです。あなたに危害を加えようとするのなら、容赦しなくても良い、と」


 思わず息をんだ。どういうことなのかをうながすように見つめると、レオンハルトさまはそっと私の頬を撫でてから言葉を紡ぐ。


「騎士がアデーレ嬢に買収されていたらしく、塔から抜け出して隠れていたらしいですよ。彼女がいるように見せかけるために、背格好の似たメイドも買収して」


 買収……? ボルク家に、そんなお金があったのかしら? 渋い顔を浮かべる私に、レオンハルトさまは頬を掻く。


「オレたち――というか、エリカ嬢のことを憎んでいたようだから、ここできっぱりと決別するべきだと考えました。エリカ嬢の安全のためにも」

「レオンハルトさま……」

「来なければそれはそれで良かったのですが、来てしまいましたからね、彼女。しかも、ダニエル殿下からのプレゼントを使っていたようです」

「……え」


 ――もしかして、アデーレはダニエル殿下のルートに入ったことに安心して暴走した……? でも、いくらゲームの『エリカ・レームクール』が嫌いだったからって、こんな騒ぎを起こす? 憎しみで周りが見えなくなったのかしら?


 アデーレは一貫して、『エリカ』を見ていなかったということなのか、それとも、憎しみのフィルター越しに見ていたから、こんなことになったのか。……理解したいとも思わないから、解答は要らないわね。


「そして、ダニエル殿下のプレゼントの中には、……宝物庫のものがあったようで、それを見逃すことはできない、とこんな騒ぎに」

「……宝物庫のものにまで……」


 宝物庫っていろんな国からいただいたものやら、献上されたものやらで溢れていたはず。ダニエル殿下が自慢げに話していたことを覚えている。自分が国王になれば好きに使っていいのだから、あれは自分のものなのだと。


 あの宝物庫にあるものって、曰く付きのものも多いから気をつけないといけない、とデイジーさまから聞いたことがある。……もしかして、その曰く付きのなにかに本当に憑りつかれていたのでは……?


「どう決断されるかは国王陛下と王妃殿下にお任せになりますが……、エリカ嬢が望むのなら、どんな処罰にするのか伝えますよ?」

「陛下たちにお任せしますわ」


 ダニエル殿下はアデーレに心底惚れていたのかもしれないけれど、今回のことでどう思うのかしら……? アデーレと一緒に居るときのダニエル殿下の顔を思い出して、ゆっくりと息を吐く。どの浮気相手とも違う顔をしていた。ああ、本気で好きなんだとはたから見ていてわかるくらい、彼女のことを愛しそうに見ていた。


 考え込んでいると、レオンハルトさまが眉を下げて私のことを見ていたことに気付き、首を傾げる。


「あまり、面白い話ではないでしょう?」

「気遣っていただき、ありがとう存じます。ですが、私は平気ですわ。思うことがないわけではありませんが、私にはレオンハルトさまがいますもの」


 そう、思うことがないわけではない。彼の婚約者になってから積み重ねた不満も多々あるが、プラスになったことも多々あるからね。マナーや教養を真剣に学べたことはプラスだと思う。


 それに――やっぱり一番は、レオンハルトさまに出逢えたことが一番良いことだと感じているのよ。恋愛結婚なんて夢のまた夢と思っていた私に、『恋』を教えてくれた人。


「私は、レオンハルトさまをお慕いしておりますから、あなた以外を望みませんわ」


 にっこりと微笑んでみせると、レオンハルトさまの顔が真っ赤に染まった。耳まで赤いのを見て、可愛いなって感じちゃう!


「エリカ嬢にそう想っていただけて、光栄です」


 照れたように目を伏せるレオンハルトさまに、やっぱりこの人のこと好きだなぁとしみじみ思った。

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