そして始まる、私たちの物語! 5話


「……あの、エリカ嬢。少し寄りたいところがあるのですが、良いですか?」

「え? ええ、もちろんですわ」


 顔を真っ赤にさせたままそう言われて、こくりとうなずく。どこに寄るのかしら? と考えていると、レオンハルトさまは馬車の御者に合図を送る。窓を数回叩く、という合図なのだけど、よくわかるなぁって感心しちゃう。


「もしかして、御者もフォルクヴァルツの方なのですか?」

「ええ、結構長い付き合いなんですよ」


 だいぶ気持ちが落ち着いたのか、赤かった顔が『フォルクヴァルツ辺境伯』というキリッとした表情に変わった。顔を真っ赤にさせたレオンハルトさまは可愛いし、こういうキリッとした表情は格好良いし、本当にどうしてこの人が結婚していなかったのか……!


 そのおかげで私はレオンハルトさまの妻になれるのだけどね! 運命の神さま、ありがとう! 感謝します!


 なんて心の中で叫んでいたら、レオンハルトさまが「エリカ嬢?」と不思議そうな顔をした。おっと心の声が顔に出ていたのかもしれない。慌てて扇子を広げて口元を隠し、にっこりと微笑んでみせた。


「ところで、どちらに寄るのですか?」

「それは着いてからのお楽しみです。まだ掛かるので、休んでいてください」


 レオンハルトさまはごそごそと荷物の中から毛布を取り出し、私に渡した。……毛布の準備もしていたなんて、と驚いたけれど、こういう移動に慣れているのだろうなとも思った。


「……では、お言葉に甘えて」


 アデーレのことで張り詰めていた糸がぷつりと切れたからか、一気に安堵感が増したからか、眠くなってきた。御者の腕も良いのだろう。目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。


 それからどのくらいの時間が流れたのか、エリカ嬢、と呼ばれて目を開けると、ドアップのレオンハルトさまが!


「ッ!」


 驚いて息をむと、レオンハルトさまが「あ、すみません」と離れた。どうやら夕方になったようで、辺りが茜色に染まっていた。


「――ここは……?」

「ここに寄りたかったのです」


 レオンハルトさまが微笑み、馬車の扉を開ける。そして、先に降りると私へと手を差し出す。毛布を綺麗にたたんでから、彼の手を取って馬車を降り、思わず「まぁ……!」と声を上げた。


 茜色に染まった風景の中に、教会があった。教会の周りには誰も居ないけれど、レオンハルトさまはそこに向かって歩き出す。手を繋いだままだから、私も歩く。


 教会の扉を開けて中に入ると、ステンドグラスがまばゆく輝いていた。思わず息をするのも忘れるくらい、綺麗なステンドグラスで、こんな場所があったんだ、と新鮮に思った。


「こちらへ」


 と、レオンハルトさまが足を進める。


 レオンハルトさまと一緒に赤い絨毯の上を歩いていく。なんだか、結婚式みたい! と内心ドキドキしながらちらりとレオンハルトさまを見ると、私の視線に気付いたのか、彼がこちらを見た。しかも、すっごく優しい笑みを浮かべて!


 それだけで鼓動はさらに早鐘を奏でる。講壇の前まで行き、足を止めると手を離して私へと身体を向ける。私も同じようにレオンハルトさまに身体を向けると、レオンハルトさまが口を開いた。


「予行練習を、しませんか?」

「……えっ?」


 予行練習、とは……? と目を見開くと、レオンハルトさまは悪戯っぽく笑い、そっと私の頬に触れた。


 こ、これは、まさかの……? 結婚式の予行練習ということ!? どんどんと顔に熱が集まっていくのがわかる。どうしよう、今の私、一体どんな表情をしているのかさっぱりわからない!


「イヤですか?」

「い、いいえっ、イヤなわけがありません!」


 食い気味に否定すると、レオンハルトさまが目元を細めた。その瞳が『愛しさ』を隠していなくて、ドキッとした。


「――わたし、レオンハルト・フォルクヴァルツは、生涯エリカ・レームクールを愛し、守り抜くことを誓います」


 そんな瞳で、そんな甘い声で、誓いの言葉を口にするレオンハルトさまに、私の心が震えた。――愛されていることを、実感する。


「――私、エリカ・レームクールは生涯レオンハルト・フォルクヴァルツを愛し、どんなときも寄り添うことを、誓います」


 ――ああ、どうしよう。予行練習なのに、涙声になっているわ。これが本当の結婚式だったら、感極まって言葉にならないんじゃないかしら?


 そんなことを考えていると、レオンハルトさまの顔が近付いて来る。顔を上げて目を閉じると、ふにっと柔らかい感触が。一瞬で離れてしまうその感触に、ほんの少しの寂しさを覚えたのと同時に、それが無性に恥ずかしくなる。私は乙女か! と。……いや、乙女であることに間違いはないんだけど……!


 好きな人を前にすると、みんなこんな風になるのかなぁ? なんて考えていると、もう一度唇が重なった。驚いて目を開けると、レオンハルトさまの目が細くなった。……み、見られていた……!?


 キスを待っている顔を!?


 唇が離れると、レオンハルトさまが私の手を取り、手の甲にも唇を落した。


「れ、レオンハルト、さま……?」

「――これからたくさん、キスをしましょうね」

「えっ?」


 ど、どうしてそうなるの? いや、もちろんイヤじゃない、イヤじゃないけれど……、私の心臓、持つ!? と半ばパニックになりながらも、嬉しさのほうが勝っているから首を縦に動かした。


「たくさんキスをして、慣れましょう。……慣れるくらいすれば、きっと結婚式当日も大丈夫なはず」

「……そ、うですね……?」


 うん? その言い方だと、レオンハルトさまのほうが慣れたいってことなのかしら……? と彼をじぃっと見つめると、耳まで真っ赤になっていることに気付いた。

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