そして始まる、私たちの物語! 2話


 この世界に転生して、一番に考えたのは自分の保身。婚約破棄をされる未来は知っていたのだから、それを回避しようと思うのは当然だと思う。それに、婚約破棄されたあとのレームクール家を想像すると胸が痛んだ。


 私ね、本当に好きなんだ。この世界の両親も、使用人たちも。いつも私を見守ってくれた人たちを、好きにならないわけがない。だからこそ、慎重に動いていたつもりなんだ。ダニエル殿下との婚約者になったあと、どうすればレームクール家に迷惑を掛けずに婚約を白紙に戻せるのをがんばって考えた。


 だって、私自身、頭が良いわけじゃない。凡人なのだ。誰かをあっと驚かせるようなアイディアなんて思い浮かばない、ただの凡人。もちろん、レームクール伯爵令嬢として、教養はしっかり学んだけれど!


 そんな中、ダニエル殿下は一年というスパンで他の令嬢を口説き落としていた。令嬢たちの嘲笑うような微笑みを、今でも覚えている。まぁ、そんな人たちには証拠をたっぷりとつけて『慰謝料、よろしくお願いいたしますね?』と笑顔で言ったけど!


 隠すつもりのない浮気って、本当、なに考えているのかわからなかったわね……。おっと、思考が逸れた。


「……アデーレ嬢とダニエル殿下が結婚する場合、どうなるのでしょう?」


 男爵令嬢が王族に嫁ぐって夢があるけれどね。アデーレはあの不思議な力にも目覚めていないようだったから、王族が彼女を大切にするかどうかは彼女自身に掛かっていると思う。確か、ゲームではあの不思議な力が唯一無二の力だったから、アデーレはとても重宝されていたはずだ。


「そうねぇ……。とりあえず、お城からは出されるでしょうねぇ」

「領主になるんじゃないかな? 村や町の」


 ダニエル殿下への評価が低いな、うちの両親。心底嫌っていることがわかる。今までそんな素振りを見せなかったのは気遣ってくれていたんだろうな、と眉を八の字にした。


「国王になる選択肢からは外れそうですね。……まぁ、なったら子どもには困らなそうですが」


 さりげなく側室を持つんじゃないかって言ってるよね、レオンハルトさま。否定はしないけれど。アデーレだけで満足するのなら、それもそれで愛の力は偉大ねって言えるけど。……なんだか虚しくなってきた。私が王族の婚約者として背伸びしていた頃、ダニエル殿下は羽を伸ばしていたからねぇ……。


「――まぁ、ダニエル殿下とアデーレのことはもう良いのです」


 パンっと両手を叩いて微笑みを浮かべると、みんな私に視線を集中させた。


「私は、『王族の婚約者』だったことに未練はありませんし、レオンハルトさまと出逢えたことで『恋心』を知りました。ダニエル殿下たちがどのような結果になろうとも、私には関係ありません。そうでしょう?」


 私の言葉に、三人は目を見開き、それから大きく首を動かした。


「そもそも、私はこれからレオンハルトさまと一緒に旅立つのです。彼らに関わろうとも思いませんわ」


 断言。本音だ。


 ダニエル殿下とアデーレがいる王都から去りたいというのも当然のことだろうし、関わりたくないのも当然だろう。もうここまで来ればゲームとはまったく違うと思うし、私が精神崩壊して家族が泣くなんてことにはならないと信じたい。


「関わらせません。もしも、関わるのなら、わたしも一緒に行きます」

「心強いですわ、レオンハルトさま」

「うふふ。そうね。夫婦で乗り越えていくのが一番よぉ」

「――そこそこ複雑な気持ちになるのは、許しておくれ……」


 お父さまが本当に複雑そうに表情を歪めているから、お母さまは「あなたったら」とちょっと呆れたように肩をすくめた。レオンハルトさまは困ったように眉を下げている。


「レームクール伯爵。エリカ嬢を娶ることをお許しいただき、ありがとうございます」


 深々と頭を下げるレオンハルトさまに、お父さまは目を瞬かせて後頭部に手を置き、一度大きく深呼吸をしてから彼に声を掛ける。


「――きみも、幸せになるんだよ、レオンハルトくん。まぁ、うちの子が傍にいるなら、大丈夫だとは思うけど」


 なんて茶目っ気たっぷりで言うお父さまに、少し驚いた。私だけではなく、私たちの幸せを願ってくれるのは嬉しいことね。こんなに茶目っ気たっぷりの声色を聞いたことがなくて、知らない部分もまだあるのだと実感した。


 食事を食べ終わり、荷物を馬車へ乗せる。そして、そろそろ行きましょうか、という話になり、小さくうなずいた。


 屋敷の使用人たちも集まった。見送りに来てくれたみたい。


「――エリカ、行ってらっしゃい。そして、レオンハルトくんと仲良くね」


 お父さまの言葉にこくりとうなずく。すると、お母さまがぎゅっと私を抱きしめる。僅かに身体が震えているのを感じて、ぎゅうっとお母さまを抱きしめた。


「――ふたりとも、幸せになってね」

「――はい、お母さま。では、行ってまいります!」


 抱きしめられていた腕が離れて、最後に私はみんなに感謝の気持ちを伝えるようにカーテシーをした。レオンハルトさまも胸元に手を置き、一礼するのが見えた。頭を上げて、馬車に乗り込む。椅子に座り、馬車の窓から手を振ると、みんな振り返してくれた。


「――行きましょうか、エリカ嬢」

「はい、レオンハルトさま」


 レオンハルトさまが御者に合図を送ると、馬車が動き出す。どんどんと遠ざかり、小さくなっていくお父さまたちを私はずっと、見つめていた。

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