フォルクヴァルツへ!


 レオンハルトさまにも予定というものがあるだろうから、彼の予定が良いときに行けたら良いな、と思っていたのだけど……。まさか、すぐに出発するとは思わなかった。


 鍛冶屋からレームクール邸に戻ったレオンハルトさま。約束していたわけではないから、ここに戻ってきてくれるとは思っていなくて、少し驚いた。そして、荷造りを終えたことを告げると、目を丸くしていた。


「荷造りが終わったのですか?」

「……はい」

「それはちょうど良いタイミングでした。そろそろフォルクヴァルツに向かう予定だったので……」


 そうだったの!? とこれまた驚いてしまった。でも、納得もする。元々彼はお見合いのために王都ここまで来てくれたわけで……、お見合いは終わったし、陛下にも報告したし、フォルクヴァルツに帰るのは仕方ないことだ。


「仕事のほうは父と側近に丸投げしているので、大丈夫だとは思いますが……」


 申し訳なさそうに眉を下げるレオンハルトさまに、私は小さく首を縦に動かす。そりゃあ心配よね。フォルクヴァルツのことが。


「本来なら、一度フォルクヴァルツに戻って、エリカ嬢を迎える準備を終えてから……なのでしょうが、エリカ嬢も一緒に行きましょう」


 にこりとそう言われて、「よろしいのですか?」とレオンハルトさまを見つめる。彼が「もちろんですよ」と笑うのを見て、ぱぁっと表情を明るくさせると、ほんの少し、レオンハルトさまの頬に朱が走った……気がする。


「……フォルクヴァルツに向かう道中はどうしましょうか?」

「どう、とは……?」

「急いでいくのか、ゆっくり行くのかでルートが違うんです」

「ちなみにレオンハルトさまは、ここまでどちらのルートで?」

「急ぎのルートですね。エリカ嬢の気持ちが変わる前に、と急いできました」


 後頭部に手を置いて、照れたようにはにかむ姿に胸が高鳴る。いやもう、ほんっとうにこういう表情好き! そして私の気持ちが変わるかもしれないと思って急いできてくれたことを知り、さらに胸がきゅんっとしちゃう!


「……では、ゆっくりのルートでもよろしいですか?」

「はい。オレもそちらのほうが良いと思います。急ぎのルートは女性には結構きついルートだと思うので」


 あ、一人称が『オレ』になっている。素を見ているようでなんだかこう……嬉しい、が近いかな。そんな気持ちになった。


「そんなルートを走って来てくださったのですね」

「……はい」


 レオンハルトさまの朱が、私にも移ったように思う。だって、顔が赤くなっている気がするもの。


「……そういえば、そちらのブローチは?」

「お母さまからいただいたんです。女性に代々受け継がれるみたいですわ」

「……、そ、うなのですね」


 一気に顔が真っ赤になった。耳まで赤く染めるレオンハルトさまに首を傾げると、その顔を隠すように片手で顔を覆う。


「レオンハルトさま……?」

「いえ、その、エリカ嬢との子どものことを想像して……」


 その言葉に、今度は私が顔を真っ赤にさせた。


 互いになんて言ったらいいのかわからず、黙ったままでいるとレオンハルトさまがこほんと咳払いをして言葉を紡ぐ。


「それでは、急ですが明日、出発しましょう」

「はい、お願いいたします」


 ――ついに明日、フォルクヴァルツに向かうのね。


 それにしても、この世界って本当にゲームの世界なのかしら? 今となってはどちらでも良いのだけど……。だって、私がこの世界で生きていることは、変わりないし。


 それに――ちらりとレオンハルトさまを見る。彼は私の視線に気付いて「どうしました?」と首を傾げた。


「フォルクヴァルツがどんなところなのか、楽しみですわ」

「きっと驚くと思いますよ」


 はは、と笑うレオンハルトさま。きっと本で読むだけではわからないことがたくさんあると思う。


「では、今日は早めに休まないといけませんね」


 名残惜しいけれど、これからはレオンハルトさまと一緒に居られるのだし……と考えてレオンハルトさまとの会話を終えた。そのタイミングで、お父さまに呼び止められた。お父さま、私たちの話が終わるタイミングを待っていたのかしら?


「エリカ、ちょっといいかい?」

「はい、お父さま」


 お父さまは「ついてきなさい」と言って歩き出す。お父さまが向かっているのは……倉庫?


 倉庫に入り、灯りをつけると迷うことなく目的のものを手にして、私に差し出した。


「お父さま、これは?」

「レームクールの風習だ。嫁ぐ娘に懐剣かいけんを渡すっていうね」

「懐剣……」


 こくり、とお父さまがうなずいた。


「これはエリカが生まれたときに作ってもらったんだ。この前メンテナンスしてもらったから、切れ味も最高だよ」


 私は両手を出して、懐剣を受け取る。……知らなかった、レームクール家に、そんな風習があったなんて。


「……フォルクヴァルツは国境だからね。危険なこともあるだろう。エリカはフォルクヴァルツ辺境伯の妻になるのだから、その覚悟はあるだろうとは考えている。でもやはり、娘には生きていてもらいたいからね」


 つまり、これで護身しろってことね。懐剣は思っていたよりも大きくもなく、軽かった。


「――ありがとうございます、お父さま」


 お父さまが私の身を案じてくれていることに、思わず笑みを浮かべる。ぎゅっと懐剣を握りしめてから、視線を落とし、「抜いてみても?」と聞くとお父さまは「それはお前のなんだから」と微笑んだ。


 鞘から抜いて、真っ直ぐにその刀を見つめる。……まさか、この世界で刀を見ることになるとは。西洋の剣なら何度か見たことあるけれど、東洋の刀はこの世界に来て初めて見た。


「……綺麗ですね」

「それがエリカのお守りになることを、願っているよ」

「大切にします、お父さま」


 鞘に戻し、お父さまにカーテシーをするとお父さまは「明日、行くのだろう?」と聞いてきた。小さくうなずくと、ぽんっと私の頭に手を乗せて、くしゃりと撫でる。


「――エリカ、なにかあったらお父さまたちを頼りなさい。でも、一番に頼るのはレオンハルトくんにするんだよ。男は惚れた相手に頼られると張り切っちゃうからね」


 悪戯っぽく笑うお父さまに、私はくすくすと笑う。そうね、なにかあったらまず、レオンハルトさまに相談しよう。


「わかりました」


 お父さまは部屋まで私を送ってくれた。明日はフォルクヴァルツへ出発する予定だから、早めに休まないと。この懐剣は手にしていたほうが良いのよね、きっと。


 ――両親からのプレゼントに、心が温かくなった。


 明日はフォルクヴァルツに向かうのだ。――このまま、なにも起こりませんようにと祈りながら、眠りに落ちた。

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