真夜中の逢瀬
両親が明日まで帰らない――ということで、私とレオンハルトさまだけで食事を摂り、当たり障りのないことを話して、解散。荷造りの続きをしたり、お風呂に入ったりしたら、あっという間に深夜に近い時間になり、慌てたようにベッドに潜り込んで目を閉じた。
が、まったく眠くない。いつもなら睡魔が襲ってくるのに。このままでは寝付けないわね、と起き上がり、クローゼットから上着を取り出してちょっと散歩に。外の空気を吸いたくなって、中庭まで歩いた。
ちょっと暗いけれど、ううん、暗いから? 昼間よりも濃厚な花の香りがするような気がする。
「甘い香り……」
ぽつり、と小さく言葉を呟く。花に近付いて匂いを堪能していると、足音が聞こえた。驚いて振り返ると――
「……エリカ嬢」
「レオンハルトさま?」
レオンハルトさまがラフな格好で立っていた。驚いているように見える。
「こんな時間にどうしたのですか?」
「それは、オレのセリフです。ひとりで歩いているのが見えて、追いかけてきました」
「そうだったのですね。すみません、なんだか寝付けなくて」
頬に手を添えて眉を下げる。レオンハルトさまは首を左右に振って、そっと私に手を差し出した。
「でしたら、このまま真夜中の逢瀬を楽しみませんか?」
きょとん、としてしまった。真夜中の逢瀬……なんて甘美な響きなのかしら? なんて考えてしまい、レオンハルトさまの手を取る。
「……はい、ぜひ」
私の言葉に、レオンハルトさまがうなずく。手を繋いで中庭を歩く。それだけで、どうしてこんなに満たされた気持ちになるのだろう。鼓動が早鐘を打つのを感じながら、こんなに大きな音、レオンハルトさまにも伝わるんじゃないかってちょっと恥ずかしくなった。
レオンハルトさまを見上げると、なにかを考えるように黙っていて、その表情も格好良いなぁなんて思ってしまう。満月だからか、彼の顔はハッキリと見えたしね。
アーチになっている部分を抜けて、足を止めるレオンハルトさま。私も足を止める。
「見事な月ですね」
「本当に。とても大きくて綺麗ですわ」
――月が綺麗ですね、なんて、きっと日本人にはわかるけれどこの世界では通用しない愛の言葉を口にしてみる。
レオンハルトさまはぎゅっと私の手を握ってくれた。その手が少し冷たい気がする。
互いに惹かれ合うように顔を向け、段々と距離が短くなる。
あと少しで唇が重なる――……というところで、我に返ったのかレオンハルトさまが顔をばっと遠ざけてしまった。
そのことに驚いて目を丸くしてしまう。今の流れ、キスする流れだったよね!?
「れ、レオンハルトさま……?」
「その、すみません。許可も得ていないのに、淑女(レディ)に口付けをしようとするなんて……」
ああ、この人……本当に真面目な方なんだわ。顔を真っ赤にさせるレオンハルトさまを見て、愛しさが溢れてくる。
「レオンハルトさま」
自分が思うよりも甘い声が出た。そのことに驚きながらも、私はそっと、自分の頬にレオンハルトさまの手を触れさせた。
驚いたようにこちらをみるレオンハルトさまに、微笑みかける。
「――私が嫌がっているように、見えますか……?」
じっと彼の目を見つめる。見つめ合うこと数秒。その数秒が、とても長く感じられた。レオンハルトさまは、ふっと表情を和らげて、もう一度顔を近付けさせる。近付いて来る彼の顔に、そっと目を閉じた。
唇に柔らかい感触がして、うっすらと目を開ける。バチっと彼の視線と交差した。繋いでいた手を解き、代わりに私の後頭部に手を回し、私も彼の首に手を回した。ちゅ、ちゅっと軽いリップ音を立てながら、何度も唇を重ねる。
触れる唇の感触に、頭の中が痺れたようにぼぅっとしてしまう。
――ああ、なんて――……なんて、甘美な口付け。
うっとりとその甘美な口付けを続けていると、段々と息が上がっていく。酸素を求めるように開いた口に気付いて、レオンハルトさまがもう一度唇を重ねてからゆっくりと顔を離した。
「……大丈夫ですか?」
「は、はい……なんとか……」
彼の首から手を離し、自分の唇を指でなぞる。キスだけで、こんな気持ちになるものなの――?
「すみません、その、止まらなくて……」
申し訳なさそうに眉を下げるレオンハルトさまに、私は勢いよく頭を左右に振る。
「い、いえっ、私こそ、すみません。不慣れで……」
「……あの、変なことを聞きますが、ダニエル殿下とは……」
「していませんっ、レオンハルトさまが、私のファーストキスの相手です!」
ダニエル殿下とそういう雰囲気になったこともなかったしね。そう言うと、レオンハルトさまはどこかホッとしたように表情を緩めた。……って、自分で初めてだと暴露してしまった。いや、本当に初めてだったんだけど……!
あわあわしている私を見て、レオンハルトさまは口元に弧を描いた。その表情がすっごくこう……『獣』のように見えて、ヒェッって心の中で叫んだ。だってあんまりにも格好良すぎるから!
こんなに心臓が早鐘を打っていて、私の身体は大丈夫なの!?
するり、と後頭部から頬に手が移動する。そして、もう一度。可愛らしくちゅっと軽いリップ音を立てて、レオンハルトさまの唇が重なった。そして、うっとりするくらいの甘い視線を受けて、ドキッと鼓動が跳ねる。
「――フォルクヴァルツにつくまで耐えられるかな……」
ぽつり、と呟くレオンハルトさまに首を傾げた。ハッとしたように口元を押さえて、それから誤魔化すように笑うのを見て、私も曖昧に微笑む。
ファーストキスが月夜の中庭って、なんだかロマンチックな気がしてきて、内心でヒャァアアと叫んだ。もちろん、言葉にはしない! しないけれど、いつか叫びそうで怖い!
せめて、彼の前では叫ばないように気をつけよう……! と心に決めた満月の夜だった。
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