ちょっと休憩
このままでは私の心臓がもたないわ! とにかく落ち着かないと!
……そっと自分の頬に両手を添える。真っ赤になっているだろう私の頬は、熱かった。
のろりと立ち上がり、鏡の前まで行ってみる。鏡に映る自分の姿に、さらに顔を赤らめた。あのまま唇が重なったら、きっと私の思考はショートしていたでしょうね……と他人事のように考えた。だって、他人事のように考えないと、それこそショートしそうだったから!
深呼吸、深呼吸。スーハースーハー。あれ、逆だっけ?
積極的なレオンハルトさまに
……いや、それは私の願望に過ぎないわね、うん。
しっかりしなさい、私。レオンハルトさまに三日あればと伝えたのだから、今から用意しなくては。お父さまとお母さま、びっくりしちゃうかもしれないけれど、一刻も早くこの王都からフォルクヴァルツに向かいたいという気持ちは嘘じゃない。
もう一度深呼吸。鏡の中の自分を見て、少しは赤面が良くなったかな? と思うタイミングでメイドたちを呼んで、荷造りを始めた。
「ダニエル殿下からの誕生日プレゼントはどうしますか?」
メイドのひとりが
「持っていかないわ。アクセサリーは、あちらでも買えるでしょうし」
「辺境から流行するとも言いますものね。どんなものが流行っているのか、教えてくださいませ」
「もちろんよ」
メイドたちとは結構仲が良いと思う。幼い頃から一緒に過ごしているからかな? 前世の記憶を取り戻してからは、さらに気を遣うようになった。だって、前世の私は平凡な人生を歩んでいたから。働いている人たちに感謝するのは当たり前だと思っていたのよ。
当初、私の接し方が変わったことに驚いていたけれど、すぐに受け入れてくれた。しかも、なぜか涙ぐんでいた。
そんなわけで、私たちは結構良い関係を築けたと思う。
フォルクヴァルツでも、そうなれたらいいのだけど……。
レオンハルトさまの家って、どんな感じなのかしら? 聞いてみたい気もするし、楽しみにとっておきたい気もする。
「エリカお嬢さま、本当に楽しみなんですね」
「え?」
「顔に出ていましたよ、フォルクヴァルツが楽しみって」
くすくすと楽しそうに笑うメイドたちに、私は両手で顔を隠した。
「……私、そんなにわかりやすい?」
「……実を言うと、ダニエル殿下と婚約していたときはそう思いませんでした。ですが、フォルクヴァルツ辺境伯と出会ってからのお嬢さまは、年相応に見えますわ」
両手の隙間から彼女たちを見ると、はにかんでいた。なんだか嬉しそうだ。
「年相応に見えるのが、嬉しいの?」
「お嬢さまはいつも、背伸びをしているように見えましたから。年相応の振る舞いが出来る方と巡り会えたことを、嬉しく思っているのです」
その言葉は、優しく私の心に沁み込んだ。
「私、あなたたちのこと大好きだわ……」
「あら、嬉しいですわ。私たちも、お嬢さまのことが大好きですよ」
ねえ? と同意を求めるように周りのメイドを見渡すのは、私と一番付き合いの長いメイドだ。他のメイドたちもうんうんとうなずいていた。
愛されてるなぁ、私。その事実がなんだかくすぐったい。
「だからこそ、お嬢さまには幸せになってもらいたいのです」
「――ありがとう。そこは絶対大丈夫な気がするわ」
だって、好きな人と結婚するのだもの。これを幸せじゃないとは言えないでしょう。
私の幸せを願ってくれる彼女たちに、感謝の気持ちでいっぱいだわ。
彼女たちはレームクール家と契約しているメイドたちだから、私と一緒にフォルクヴァルツに向かうことはないだろう。
「――あのね、あなたたちにお願いがあるの」
手を下ろして、真剣な表情を浮かべる。
メイドたちは荷造りの手を止めて、じっと私を見つめた。
「お父さまとお母さまのことを、よろしくお願いするわ。お父さまもお母さまも、私にとってかけがえのない人たちだから」
そう、かけがえのない人なのだ。私にとって、両親は。
エリカ・レームクールに、たくさんの愛情を注いでくれた。
あの日を境に、性格が変わった私のことを、受け入れてくれた。そんな両親に、たくさんの感謝を伝えたい。だからこそ、メイドたちにも両親のことをお願いしたかった。
「――もちろんですわ、お嬢さま。旦那さまたちは、私たちにとても良くしてくださいますもの」
穏やかな表情でそう言うメイドたちに、ほっと安堵の息を吐く。私が居なくても、両親たちは元気で過ごしてくれるだろう。ゲームのエンディングを思うと、胸がツキンと痛んだ。
あれほど可愛がっていた娘が、精神崩壊してしまって、両親はどれだけ嘆き悲しんだのだろう、と。……まぁ、精神を崩壊する予定は、今の私にはない。結局パレードの話も流れているみたいだから、実質的にもうゲームのシナリオとはかけ離れているということだ。
安心はまだできないかもしれないけれど、警戒しすぎることもないだろう。……きっと。
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